手紙(2)

 俺は一人ぽつんと部屋にいた。

 前日、ある事実を知ってしまったのにも関わらず、食欲はなくならなかった。あれほど食べる気にもならなかったのが嘘のように腹の音が鳴るほど腹が空いた。

 だが、俺は病気の頃と変わらない制限された食事のままだ。少しだけというのもあったが、食べられるのが限られているため腹は満腹にならない。まだ何か食べたいとさえ思ってしまう。

「優悟、薬は飲んだ?」

 不意に母さんの声が俺を呼び止めた。俺は飲んでいないしいらないと言葉を返し、椅子から腰を上げる。

 母さんは心配する顔を向けて何かあったのかと言葉を続けたが、無視をした。俺のことはもう放っておいてほしい、そんな気持ちだった。

 俺は母さんを睨みつけて部屋へと足を向けた。決して悪気はない。

 頭では分かってはいた。それでも今は、誰かを犠牲にして生きたかったとは思えなかった。こんなことなら移植を受けなきゃ良かったと後悔する。今更だって分かってる、つもりだ。


 部屋に着いて少し経った頃、壁に拳を打ちつける。負の感情の連鎖に悔しさが募った。俺はどうすることも出来ないのに。

 ベッドに横になり、少し休もうとしたその時、直ぐに扉を叩く音がする。

『何かあったの?』

 心配する声が扉越しに聞こえた。正直なところ、うざったい。もう俺のことは心配しないでくれ。そう思った瞬間、予想外の言葉を耳にする。

「遥ちゃん来てるわよ。リビングで待ってもらっているから」

 思ってもいない言葉に驚いた。昨日のことをとっさに思い出した。俺は遥さんを残したまま、陽輔の家を去った。

 悪いことをしたと罪悪感が今になって募る。そう思うといてもたってもいられなくなり、部屋を飛び出しリビングへと足を向けた。

 リビングのテーブル席に遥さんは座っている。俺の姿を目にすると、安堵した溜め息を零す。

「優悟くん、大丈夫? 昨日は何も気付けなくてごめんなさい。辛かったんだよね。あんなに仲が良かったから、」

「いや、謝らなくていい。俺が悪かった。途中で逃げ出したのは俺だから」

 遥さんに謝られて咄嗟に否定する。真実を知ってしまったとはいえ、逃げ出したのは俺だ。謝る立場が逆だ。遥さんには本当に悪いことをしたと反省する。

 彼女は本当の理由を知らないんだろう。陽輔が死んだ後のことを。

「実はね、陽輔くんのお母さんから手紙を預かって渡しに来ただけなの」

 そう言って俺の目の前に手紙が差し出された。真っ白な封筒の中央に片仮名で格好つけたように『マイフレンド 優悟へ』の文字が書かれていた。

 俺は手紙を受け取ると、母さんと遥さんを交互に見る。二人は何も言わず見返しているが、遥さんが不意に口を開く。

「読んでほしい。陽輔くんが何を思ってたのか分かるはずだから。私は何も知らないけど、きっと優悟くんなら陽輔くんの気持ちが分かると思うんだ」

 真実を知った俺が陽輔の気持ちが分かるだろうか。読んでみないと分からないが、どうしても読む気になれない。

「今は無理しなくていいのよ。読める時でね」

「うん、今じゃなくていいよ。辛いと思うから。急かすようなこと言ってごめん」

 二人は俺の気持ちを察してくれたのか、言葉を口にする。今じゃなくていい。その言葉が気持ちを急かせる。

「今、読みたい。辛くなったら何をするか分からない。さっきだって壁に当たってたから。だから、二人がいる場所で読む」

 二人は驚いた表情を見せたが、俺の言葉に耳を傾けて、笑って応えてくれた。

 それぞれ、リビングテーブルの席に腰を掛け、俺は静かに封筒から手紙を取り出し読み始めた。

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