退院(2)

 退院して翌日。今日は朝から雲がないほどの青い空をしている。まるでこの日を待っていたと言わんばかりだ。

 今日は遥さんと二人で陽輔の家に行く予定になっている。本当は母さんもついて行きたかったらしいが、用事があって行けないと残念がっていた。その為、母さんから陽輔の母親である麗さんに渡してほしいと手土産を頼まれた。

 待ち合わせ場所の駅に顔を出すと、遥さんが立っていた。早い時間から待たせていたのかと考えると申し訳なさを感じる。

「優悟くん!」

 遥さんは俺に気付くと、見かけに寄らず大きな声で呼び掛ける。そんな大きな声を出されると周りに迷惑ではないかと思うし、何よりこの状況は気まずい。

 なぜなら、俺と遥さん、どこからどう見ても付き合いたての恋人に見られてしまう。

 俺は遥さんをそういう目で見たことはない。遥さんのほうは今でもきっと陽輔のことが好きなんだと思う。陽輔を交えて三人で話した記憶が蘇る。


「体調は大丈夫?」

「朝、薬を飲んできたから大丈夫。遥さ、」

「良かった」

 遥さんは言葉を耳にすると、安心した表情を浮かべる。遥さんこそ大丈夫かと聞きたかったが、言葉を遮られてしまった。

 恐らく、遥さんは陽輔の死でまだ落ち込んでいると俺は思う。あの時と取り繕い方が少し違う気がしたんだ。

 今も目的地である陽輔の家に行くまで遥さんは下を向いて歩いている。落ち込んでいる証拠だ。

 何かにぶつかると危ないから声を掛けながら歩くが、それでも遥さんの雰囲気はどこか暗い様子だ。



 目的地に着くと、家のベルを押す。陽輔は見舞いに来てくれていたが、両親に会ったことはない。だから、少しばかり緊張した。

 優しそうな声が対応してくれて、俺たちは招き入れられた。

 中に入ると、広い部屋が幾つもあり、小さい子どもが二人はしゃいでいた。

 そういえば、兄弟が多い家庭だったな。兄が亡くなってるのに元気なのは分かってないのかなと思う一方、理解はしているが、側にいる母親のためなのだろうか。

「今日は来てくれてありがとう。陽輔も喜んでいると思う。ゆっくりしていってね」

 笑った顔と優しいところが陽輔に似ているのはやっぱり親子なんだなとつくづく思った。


 その後、俺たちは仏壇のある部屋に案内された。そこで思いもよらないモノを目にすることになる。

 暗い部屋が突然明るくなり、部屋の奥に仏壇はあった。家の中は子どもの声や物音で騒がしいのに、この部屋だけ切り取られたようにしんと静まり返っている。まるで別の空間のようだ。部屋に一歩踏み出せば、違う世界に吸い込まれるような、そんな雰囲気を醸し出している。

 不意に子どもの泣き声が耳に届く。陽輔の母親が少し待っててと言葉を残して、ばたばたと駆けて行ってしまった。

 子どもたちの世話で大変な時に来たのが申し訳なりつつも陽輔の写真が置かれた仏壇に一歩ずつ近付いた。

 遥さんも無言で入ると、俺の横に並ぶ。

「陽輔くん、あの時はありがとう」

 遥さんは呟くような声音で言葉を発する。やっぱり、まだ陽輔のことが好きなんだと確信する。

 仏壇に向かって礼をし、鐘を鳴らそうと手を伸ばした、その時、気付いてしまう。

 ドナーカードと手紙らしき封筒があることを。封筒は見覚えがあった。これは偶然なのか、必然なのか。

 その瞬間、胸がどくんと大きく鳴った。

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