すれ違い(2)

 俺は運がいいらしい。発作が起きたのに、まだ生きている。だが、ぼーとする意識の中、身体に管を繋がれながら、必死に生き続けていた。まるでどこかぽっかりと心に穴が空いているような感覚だ。

 その中である声を耳にする。

「じゃあな」

 たったそれだけの言葉を発して友人はその場を後にした。

 俺は何も応えることが出来ない。正確には言葉を発することも出来ないくらいの空気が漂っていた。

 その理由は陽輔と遥さんの間のすれ違い。遥さんから聞いた陽輔と別れたとの言葉。

 一方、陽輔は彼女に酷い言葉を言ってしまったと反省し嘆いていた。お互いの気持ちはどうしたものかと考えるも俺はどうすることも出来ない。

 二人の問題だから俺が割って入ってもと思い、一歩踏み出せないでいた。

 そんな時、ふと声がした。

「優悟くん、大丈夫かい? 苦しくはないかい?」

 声がした方へと振り向くと、三ツ橋先生が扉のほうに立って俺の様子を眺めるように見ていた。

 正直、身体も心も苦しい。限界に近かった。それなのに、言葉は出てこない。ふと充を思い出す。充もこんなふうに苦しかったんだろうか。

 前から考えていたとしても、実際に同じ立場になって改めて感じる。

「大丈夫。優悟くんは強い。きっと、ドナーが見つかる」

 手に何かが触れ、顔を上げると三ツ橋先生が目の前に立ち、俺の手を握って励ますように優しい言葉を口にしていた。泣いては駄目だと分かっている。泣くなと必死に耐える。

 涙が出てしまうかと思ったが、心のどこかでこれが運命だと受け入れているのか、涙は出てこなかった。

 三ツ橋先生の手が肩に触れる。大丈夫だと何度も励ますように。俺は三ツ橋先生に笑いかけた。


 **


「優悟。外に出てくるけど、なにかあったら看護師を呼ぶのよ」

 母さんが言葉を残して病室を出ていった。俺は何も出来ない。

 出来るのは窓から見える空を眺めることだけだ。何度見ただろうか。今日の天気は青い空が見えない白い曇が漂っている。雨が降りそうな予感がする。

 ずっと眺めているのも飽きてくる。少し眠ってしまおうかと思い、目を閉じた。


 目が覚めると、雨の滴る音を耳にする。予感が当たった。

 横になったまま、首を動かし窓の外に顔を向ける。よく見ると、陽が落ちそうな時間のようだ。

「優悟、起きたのね。今、身体起こしてあげるね」

 母さんが外から戻ってきていた。それよりも時間がかなり経っている。それほどまでに俺は眠っていたらしい。

 ベッドがゆっくりと傾くのを感じた。俺は一人では起き辛くなっている。病気が悪化している証拠だ。いつ死ぬかも分からない状態だ。

 発作は何回か起きているが、俺の心臓はまだ動いている。まだ生きていたい気持ちが動かしているのかもしれない。不意に胸に手を当てる。どくんどくんと手に伝わってくる脈打つ鼓動。

 まだ大丈夫だと言い聞かせた。

「胸痛い? 先生呼ぶ?」

 俺の様子に母さんが心配の声を掛けている。大丈夫だということを伝えても心配する顔は崩れない。こんな管ばかりが繋がれた身体じゃ、無理をしていると思われても仕方がないだろう。

 移植手術が受けられるまで頑張らないといけない。

 俺は母さんに今までにないくらいの顔で笑ってみせた。

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