JKとワンルームと〜家賃5,000円のボロアパートに色白JKが付いてきた〜

@サブまる

第1話 家賃一万円のオンボロアパートで

「初めまして、おじさん?」


 古いアパートの一室。

 古びた重たい鉄の扉を開けると、いわゆるワンルームの景色が広がっていた。

 そこに、玄関に入ることなく俺は立ちすくんでいる。

 幻聴か? と思ったが違う。幻覚か? と思ったけど違う。


 キラキラと美しい髪をなびかせ、首を捻り後ろ背にイタズラっぽく八重歯を見せて、扇風機の前にへたり込んでいる。


 一旦扉を閉めて部屋番号を確認してみる。


『072……』


 間違いはないらしい。

 もう一度開けてみる。


「あ、戻ってきた」


 胸元をパタパタと仰ぎつつ振り返る。

 高級ホテルに置かれたコンビニのパン、イクラの中に紛れたキャビア、木の剣の中に置かれた聖剣……

 これから田舎で暮らす社畜の部屋には、全くもって不釣り合いな制服姿の女子高生が、そこには居た。



 それは少し前の話である。


「ごめんね〜、滅多に人が入らないものだから、手違いで二人が一つの部屋で生活することになっちゃった」


 話があると大家さんに呼び出され、部屋に入る前にすぐ隣にある大家さん宅に寄っていた時のことだ。


「………え?」

「うん。」

「え?! どういうことですか!?」

「他の部屋は準備できてなくてねぇ、まあたった一ヶ月半のことだし、我慢してね!」

「いやですよ! 知らないおっさんと二人で、しかも1kの部屋で過ごすなんて!!」

「そうはいわれてもね……」

「わかりました。準備できてない部屋でもいいので!! そこに俺が移動します!」


 それはノーと言わんばかりにビシッと人差し指を立てた。


「それはノー!」


 本当に言った。


「それは私のポリシーに反するわ! ね? いいでしょ? この通りだから、ね! わかったわ! 家賃を半額にしてあげる! ほらこれならどう!」


 浮かぬ顔で沈黙を貫いていると、ちょっと美味しい条件を出してくれたのを聞いて、顔が緩んだのか、そのまま勢いで押し切られ、ここに歩いてきたのがつい先の出来事だ。


「相手はどんな人ですか」

「それは内緒よ」


 と言われ、扉を開けてみればJ Kがいたのだから驚いて硬直してしまっても無理はないだろう。しかも超美形。


「あ、おばあちゃん! この人がそう?」

「そうよ〜、仲良くしてあげてね。ほら、入った入った。あ、この子はうちの親戚の子のゆずちゃん、それでこっちが、」


 言いつつ俺の背中を押して部屋へと押し込む。


「今日から一緒に住むことになる赤土くんね。それじゃ! 困ったことがあったらなんでも言ってね!」

「ちょっと待ってください。今、困ってます」


 敷居の向こう側でニコッと笑った後、ものすごい速さで扉を閉めようとしたのを止める。


「いま……困ってるって……言ってる……てか力つよ?!」

「男に二言はなしよ!」


 バタン!


「待ってください、待って………待てええ!!」


 重たい扉を全身使って急いで開けてみてみれば、手すりを華麗に飛び越え家までダッシュしている大家さんの姿があった。さながら忍者である。ここ2階だぞ……すっげえ婆さんだな。つかこの扉も片手で閉じてたし。


 この調子じゃ、万が一本当にトラブルがあった時も期待はできなさそうだ。まあいい。一ヶ月くらいならトラブルは起きないか。

 どうせここは寝るだけ。飯は外で食うし、洗濯も一週間分まとめてコインランドリーだ。冷蔵庫は……そんなすぐ壊れるようなもんでもねえ。エアコンも完備つってたし、余裕だな。さてと、


「おじさん、そこに立ってないで早く上がりなよ」


 一瞬忘れかけていたトラブルを、たった今思い出した。


「そういやいるんだった………」

「まあまあまあ、」


 俺の手から荷物を奪いつつ、


「うち料理できるし洗濯もできるし、家事完璧JKだよ? そんな嫌がんないでいいじゃん?」

「あ、ありがとう……てか、その……そっちは大丈夫なんで……すか?」

「ゆず」

「………ゆずは大丈夫なんですか」

「タメ口」

「………ゆずは大丈夫なのか」


 ようやく満足してくれたらしい。若くピュアな笑みを浮かべると、荷物を部屋の角に寄せて再び扇風機の前に腰を下ろした。

 物置に置かないのは、いろいろ準備があるから気を利かせて出したままにしておいてくれているからに違いない。部屋に収納らしき収納はなかったがそう思いたい。


「全然平気だけど? おじさん変な人じゃないって聞いてるし」

「いやでも、親御さんとか」

「親いない」

「………ごめん」

「謝んないで」


 重い………めっちゃ重い………というか大丈夫なのかこれ。俺捕まんないよな。親のいないJKと一緒に住むとか犯罪臭しかしないんだが。


「ていうかおじさん、このクソ暑い時にスーツとか超ウケる。社畜じゃん!」

「社畜で悪いな……」

「返事つまんな!」


 扇風機で宇宙人声を発しつつキャッキャと笑う。


「何してんの?」

「へ? なにってなに?」

「扇風機で遊ぶの好きなの?」

「別に?」


 ………最近のJKはよくわからない。


「あ、暑いなぁ」

「だからそのスーツのせいだって言ってんじゃん。おじさん頭茹であがっちゃった?」

「まだおじさんという歳でもないし茹であがってもない。……わかった脱ぐ。服かけるとこ、」

「ないよ」

「じゃ、じゃあ、ハンガー、」

「ない」

「押し入れに、」

「ないってば」


 おっと困ったな。これじゃ聞いてた話と


「全然違うじゃねええかあああ!!!」

「おじさんやっぱ頭沸いてるわ!」


 思わず発狂してしまったが、これ大丈夫か?! 入居前に調べた条件と全然違うんだが!? おかしいと思ったんだよ、収納ないとかマジで言ってんの!? とりあえず部屋中を点検しまくる。


「風呂はないのは当たり前だとして……水道は、」

「ないよ」

「は? ないわけな……あるじゃん。ひねれば出るんだろ? さすがに騙され、」


 出ないな。


「おじさんウケる」

「流石に収納はあるはずだろ」


 流石に田舎でも家賃一万で光熱費タダとか怪しいと思ったんだよ! いや、今回の件で家賃は額になったわけだが………。


「だからないって言ってるじゃん? おじさんって結構アレな人?」

「アレとかいうな」


 あたふたしながら部屋をぐるぐる回る俺を、扇風機の前で座ってみていた彼女は、首だけをコチラに向けると、


「まぁでも、これからよろしくね。おじさん」


 と言ってニカっと笑った。どことなく、初恋の人に似ていた。


「よ………」

「よ?」

「………よろしくしない。」


 冗談じゃない。変な目で見られるのはこっちなんだぞ。


「えーひどーい! じゃあ、おじさんがよろしくしてくれるように、うち頑張るわ!」

「好きにしろ」


 こうして、俺の一ヶ月半の夏季出張は、田舎、オンボロアパート、契約とはまるで違う条件、そして謎の住人、とまあ幸先の悪い形で幕を開けたのだった。


 アレもこれも、全部会社……いや、あの女が家賃補助を渋ったせいだ。


「頑張りますっ!」


とサムズアップを決める彼女を見ながら、そう思った。

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