第三十三話:勇者に剣を、魔法少女には星の輝きを②
道化師は知っている。
少女の輝きを。
魂の美しさを。
ただの新たな餌場としてやってきた辺境の星。
そこで唯一立ちふさがった少女の物語を道化師は覚えている。
確かに憎きハッピースター星人の力を借りているのは事実。
だが、彼らの介入は初めでではなくイビルスター星人はそんな干渉をはねのけて何度となく星を滅ぼしてきた。
だからこそ、今度もそうなるのだろうと考えていた。
それなのに……。
負けた。
負けてしまった。
それもただの負けではない。
完膚なきまでの敗北だった。
ただ力で負けただけならよかった。
それなら言い訳の余地もあった、だが心を折ろうとして全てが終わりハッピースター星人がこの星を去る時、魔法少女の異形を誰もが忘れるだろうという真実を突き付けても彼女は折れなかった。
全てを知っていて戦っていたからだ。
それでもいいと人知れずに戦うことを選び続けていたからだ。
その事実を知った時から……負けるような気はしていたのだ。
長きに渡る戦いに末、魔法少女は勝利した。
道化師は何の因果か生き残った。
とはいえ、もはや新たに戦う気力も起きず、これ以上はただの蛇足になるとこの世界に溶け込むことを道化師は良しとした。
最初はそれでよかったのだ。
魔法少女が守った世界をただ眺める……それだけの生活。
だが、道化師に次第に募っていったのは苛立ちだった。
魔法少女のことを知らない、魔法少女のことを覚えていない、魔法少女の偉業を、魔法少女の雄姿を。
それが消えた世界がどうしようもなく苛立ってしまった。
もう関わるまいと決めた魔法少女を見つけ出し、そしてその落ちぶれた姿に苛立ちは加速した。
魔法少女であることを恥じるかのように様子が道化師には堪らなく嫌だったのだ。
だからこそ、改めて世界を壊そうと思ったのだ。
光り輝く魂を持っていた魔法少女。
そんな彼女が落ちぶれていく様を見るくらいなら、この星が魔法少女を無かったことにするのなら。
ああ、だけれども、
◆
魔人は知っている。
男の刃を。
信念の強さを。
魔王軍にとって侵略とは全てであった。
魔界が崩壊を始めている以上、魔族の生存圏を広げるのは急務。
そして、人と魔族は根本からして相容れぬ存在。
個の強さこそを誇り、弱肉強食の摂理に生きる魔族にとって奪うという選択を取ったのは至極当然の結果だった。
侵攻を開始し、全ては順調だった。
いくつもの国家を滅ぼし、魔王様の下での人界統一も朧気ながら見えてきた……そんな頃合いに男はやってきた。
異なる世界から呼びつけられ、女神の祝福と言う呪いを与えられた哀れな存在。
戦いの運命を背負わされた者――勇者。
その登場の報告を聞いた時、魔人には何の関心も浮かばなかった。
何故なら勇者など何人も既に倒している。
それまでに滅ぼした国家群も魔王軍に対して慌てて勇者を召喚し、ぶつけてきたがその全てを叩き潰してきた。
中にはこちらの甘言に乗っかり鞍替えをした存在だっていたのだ。
だからこそ、今更に勇者が増えたとしても多少の手間が増えただけだとしか考えなかった。
それなのに……。
負けた。
負けてしまった。
それもただの負けではない。
徹底的な敗北だった。
この勇者には容赦というものが欠片もなかった。
闇夜に乗じて毒を盛り、火計を仕掛け、罠を張り、不意打ち奇襲騙し討ち、あらゆる手段を使って正しく徹底的という言葉が相応しいほどに魔王軍と敵対した。
魔人が任されていた前線基地は見るも無残な混沌に陥り、憤怒して出撃しようとしたその瞬間を入り込んでいた勇者の聖剣の一撃が襲い、這う這うの体で逃げ出したのが初めての出会いだった。
あの時、容赦なく斬り飛ばされた腕の痛みはまだ残っている。
その後も勇者はありとあらゆる手段を使い魔王軍が占拠した地域で暴れまわり、魔王軍を機能不全にさせ人間側の準備が出来るまでの時間を稼ぎ、人類軍が魔王軍へと決戦を挑むのと同時に魔王様を討ち取りに行った。
当然、魔人を含む七天王も……結果はこの様だ。
魔王様は討たれ、勇者は勝利。
魔人は魔王様を守れず、死にそこない生き残った。
恨みはあった、憎しみはあった。
だが、負けてしまったという事実がそれを呑み込ませた。
魔族は強さを尊ぶ。
戦いに勝ったものが正しい。
勝者こそが正しいのだ。
だからこそ、見苦しくも生き延びた魔人は勇者を探した。
勇者の手で終わらせてほしかった、キチンと敗者にして欲しかった。
帰還魔法によってフィンガイアを去ろうとする勇者を追って、時空の歪みに飛び込んだのはそのためだ。
あの怒り、憎しみも籠っていない純然たる勇者の一閃。
ただそれで終わりたかった。
だというのに異世界へと渡って見た勇者は勇者ではなかった。
誰とも知れない凡夫に頭を下げ、死んだような目をしながら労働に励む。
そこには強大なる魔王軍と対峙した勇者の姿などどこにもなかった。
魔人は思った。
元の世界に帰ってしまったが故に、勇者は落ちぶれてしまったのだと。
勇者の称号を捨ててしまったのだと。
この世界は間違っている。
勇者でないものが勇者の名を語り、勇者であるはずの勇者が、ヒエラルキーの下層に居る。
全てを壊してしまおう。
そう考えた。
魔王軍の再起などはただの名分だ。
だが、勇者が勇者を捨てただの凡俗へと成り下がっているというのなら。
ああ、だけれども、
◆
「勇者よ!」
「魔法少女よ!」
「フハハハ、貴様らは貴様らのままであったのだな!」
「何ら欠けることもなくゥ! 在り続けていたァ!! ああ、何と素晴らしいィ!!」
「何なんだコイツら……」
「田中困惑」
アズールとアレハンドロの合体技。
それは真正面から撃ち破られ、両者はともにぼろぼろの姿だった。
だというのに彼らの哄笑はやまない。
全身で歓喜を表現している。
そのことにただただ田中とラピズは困惑していた。
なお、その光景をを下で眺めていた玲は、
「あれが厄介ファンってやつなのかな……」
などと呟いていたがその言葉は風音にかき消されてしまった。
「しかし、まだだァ。まだ終わっていませんよォ」
「フハハ、その通りだ。儀式魔法は依然として進行中……この私の持つ宝玉が術式のコアだ! これを破壊しない限り、私たちの野望は止められないぞ」
「ならばさっさと終わらせる」
田中は聖剣をアズールは突きつけ、そして静かに構えを取った。
「全くね。今度こそ、終わりにしようじゃない」
ラピズはエクセリオンを構え、砲撃の体勢に入った。
二人の構えに対するようにアズールもアレハンドロも構えを取った。
四人ともに――最後のぶつかり合いになる、その予感があったからだ。
その瞬間に全ての力を出し切れるよう、緊張感が場を支配していく。
そんな中、アズールは不意に口を開いた。
「最後に言いたいことがある」
「なんだ」
「魔法淑女はない」
「は?」
「まあ、無いですねェ」
「無いな」
「無い」
「は? いや、ちょっと待ちなさい。しれっと同意してるんじゃないわよ田中ァ!!」
「そもそもレディって感じじゃないですよねェ?」
「淑女でもない」
「淑女って柄では無いな」
「「「ないわ」」」
「最後の言葉はそれでいいんだな? 田中を含めて」
最後の戦いはこうしてラピズの号砲で始まった。
四人は夜空を踊る様に舞い、
入り乱れ、
星のような煌めきを天に描き、
そして――
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