ゲーム10:鈴川早織への愛の誓い⑤

 ――まだか?

「藍川、おい、藍川、聞いてるか?」

「あ、は、はい」

 サッカー部の顧問が、やれやれという表情でコチラを見つめる。

 時々話を聞きそびれることはもちろんあるが、今はそんな問題じゃない。

 ――返答、まだか?

 明日には、とサオリンは弘人に伝えていた。みんな一緒じゃないのだろうか?

 俺の心の中は、ガクンガクンとシェイクされていた。

 唇がブルブルと動く。右手の指は、右足をカリカリと掻いていた。

 ピコン

 スマホの音が、カバンの中から聞こえる。

 ――俺のか?

「誰だ、スマホの通知を切ってない奴は。練習中は切れって言ってるの、知っているだろうな?」

 顧問が、眉をバキバキに割って凄んだ。

「俺じゃないっす」

「俺でもない」

「俺、真面目だし」

 みんな、口々に自分の潔白を主張する。その中で、俺はなかなか言い出すことが出来なかった。裏をチラリとみる。

 ――さては、お前もか。

 弘人の目は斜め上を剥き、両唇が内側に巻き込まれていた。

 ピコリン

 再び、着信音。

 ――今度こそ俺か?

「お前じゃねぇの?」

「いや、俺じゃねぇ」

 みんなが口々に言い合う。

「お前じゃねーの、健吾」

 一人がおちゃらけた声で言う。

「いや、俺は絶対に違う」

 俺の前にいる健吾が、誰よりも自信をありありと伺わせる声で言った。

 ――クソっ、健吾め。一人抜け駆けしやがって。

 恨みがましく、ジメジメしたねちっこい目線を送る俺の顔を見たのかは分からないが、健吾の横顔はニヤリと不敵に笑っていた。


 顧問に睨まれながら、無難に練習メニューをこなし、帰路に就く。

 まだ、心の中では渦巻きが起こっていて、それは時を刻むごとにどんどん大きくなっていった。

「いてっ」

 様々な人が入り混じる自転車置き場で、俺は顔をしかめた。

 試合形式の練習で、無理のある強引なスライディングで擦りむいた膝がズキズキと痛む。まるで、顧問やサッカー部員、マネージャー、神様、そして早織からの罰が集まったような、厳しい痛み。

「おっ、勝太。大丈夫か、怪我」

 俺がタックルした相手が、いかにも軽そうな笑みを浮かべて近寄ってきた。

「うわ、結構血、出てるじゃないか。ちょっと固まってはきてるけど……」

 わざとらしく、出血部にちょんと触ってくる。針で刺されたような痛みが神経を走った。

「いてっ。お前、なんで触るんだ。バカか」

「あーすまんすまん」

 何だか、見てるだけで恨めしくなってくる。いつもは見てるだけで楽しくなってくるような柔らかい顔だが。

「そういえばさ、勝太。お前、鈴川好きなんだよな?」

 少しだけ声を潜めて奴は言った。

「……なんだ」

「俺さ、昨日体育館での揉み合いで、鈴川に告っちゃってさ」

「は?!」

 突発的に大声が出て、慌てて口を押さえる。

「それでさ、鈴川からLINEが来てさ」

「はっ……」

 は、の子音で何とか俺は理性を取り戻し、声を押さえる。

「サオリ……鈴川のLINE、お前持ってんのか?」

「おう。元から時々話してるからな」

「マジか?」

 ――サオリンが、こんな奴とLINE。

 重たい事実が脳にずっしりとのしかかってきた。

「まあ、て言っても鈴川は元から結構色んな男子と話してるからな」

 よく考えて、男女問わず気のいい早織の性格からすれば不思議ではない。それでも、自分以外の男子とLINEを彼女が持っているということが、何だか悔しくて、屈辱だった。奴に気付かれないように、俺は上唇をぎゅっと噛む。

「で、どんなLINEが来たんだ?」

「『例の件、ちょっと考えさせて』って。すごくね? 勝太にはわりぃけど」

 脳内に、強い稲妻が走った。

 その後、どうやって帰ったかは覚えていない。

 唯一、記憶に残っているのは、奴の顔を潰してやろうと握った拳をすんでのところで押さえたこと。そして、グイグイと突き刺さる爪の感触と、汗でびっしょりとした握った拳の中の気色悪さくらいだった。




 全員に、改めて熟考中というLINEを送ってからの、彼らの反応は様々だった。一樹君はすぐに既読が付き、自分をアピールする文面が。勝太君と弘人君はまだ既読が付かず。そして、その他二人は、それぞれ返信が来ていた。

 ――んー。

 だんだんと秋、そして冬に向かっていることを感じさせる。今日は早めに日が沈んで、窓から見える景色は一面が暗闇だった。

「早織」

「うわっ!」

 突然の声に、私は椅子から大きく跳ねる。心臓が、一瞬止まったかと思った。

「ちょっと、ノックくらいしてよ」

「どうすんの? 早織。誰を選ぶのぉ?」

 全くこちらの言葉に応えることなく、自分の言いたいことをサラサラと姉は言う。

「……まだ決めてない」

「誰だっけ? 候補は。グループの三人と、サッカーの早田はやたと、バスケの岸本だったね」

「うん……。二人は、まあ無いと思うんだけど。勝太君と、早田君と、岸本君で迷ってる」

 一瞬、カチンとした表情を見せたが、すぐにまた、見かけだけ柔和な表情に戻った。

「そう。どうするの?」

「まだ決めてない」

「そっか。ま、早く決めてあげてね」

 姉はニッコリと笑って、部屋から出ていった。

「ちょっと、ドア閉めてよ!」




 可愛らしい乙女たちの会

 参加者 マナミ・愛・ゆい・ひーちゃん・YUKI・柴咲・片山優香・ゆかあんどゆめ・ハルカ・RIN・ゆあ・帆奈etc……


 ゆあ『ちょっと、岸本と早田が早織に告ったって言ってたじゃん』

 柴咲『あいつ、絶対あれだよね。名声集めだよね』

 RIN『なんかさ、岸本は、可愛いと思う女子みんなに告ってるらしいよ。今さ、二股とか三股とかしてるって言う噂なんだけど……』

 リナ『うわやっばっ。ひどっ』

 柴咲『早田はとにかくモテたい人間だからなぁ……』

 ゆあ『やっぱ、勝太君だけか』

 帆奈『岸本はともかく、早田って約束の五分後に必ず来るって言うし。中学の時付き合ってた子めっちゃ愚痴ってた』

 RIN『うっわ』

 リナ『やっぱ藍川君だね』

 柴咲『ですね』




 夜中にふっと目が覚めた。スマホを付けてみると夜中一時。

 ブルーライトの光が、目を焼き付ける。

 ――やっぱ、そうだよな。

 布団に入ってからしばらく考え事していて、さらにまた起きてしまうとは。

 ――天啓、ってことなのかな。

 緑色の画面が開いた。

 ――まず、二人にはごめんなさい、っと……。

 残り三人。

 ――岸本君には、かぐや姫じゃないけど、しっかり愛を確かめてもらわないといけない。

 これまでのことが嘘のように、私は冷静だった。

 ――早田君は、考えときますのままでいっか。

 そして、最後に回ってきたのが彼の名前だった。

 ――勝太君……。

 彼との思い出がフラッシュバックする。最初に出てくるのは、あの日のコーヒーカップだった。その後は、山で会ったこと、電話したこと、デートの相談したこと、そして、告白を受けたこと……。

 十分ほど、私は脳を空っぽにして、目を閉じていた。色々なことが頭をよぎる。

「決めた」

 勝太君とのトーク画面を開ける。

『他の子を不憫だと思わず、私だけを一番にしてくれるんだったら、一年後、またとよやま園でデートしよっ』

 三秒で既読が付き、

『オッケー! また行こうぜ』

 と、これからもお願いします、という芸人さんのスタンプと共に返答が返ってきた。

 どことなく、私の胸は、言葉に表せない、軽くて暖かいもので満タンになっていた。

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