ゲーム8:うぃずらぶクッキング選手権③

 キーンコーンカーンコーン……キーンコーンカーンコーン……

 どこからか、高校のチャイムのような音が聞こえてくる。

「はい、お待たせしました! 全員揃ったね?」

 その正体は、階段から優雅に下りてくる伊織のスマートフォンだった。

「お、全員いるじゃん。さすがは、愛する者を手に入れようとする紳士じゃん」

「いや、そんなことはないんですけど……」

 弘人がどこか照れたように言う。

「まあ、分かりました。じゃあ、早速始めていきましょー、第一回、うぃずらぶクッキング選手権ーはくしゅーっ!」

 パチパチパチパチ、と一人で効果音を流す先輩が、健吾からすれば何だか虚しい。

「いや、そこはしっかりノらないと、ね? こういうところよ。まあいいけどさ」

 フンフンフンフフーン♪ と鼻歌を鳴らしながら伊織は割りばし四本を手に取った。

「はい、じゃあ引いてくださーい」

「じゃあ、俺から」

 勝太が一歩前に出て、割り箸を引く。そこから、一樹、俺、弘人と続いた。

「じゃあ、一斉にオープン!」

「お、俺一番だ」

 勝太が割りばしを掲げた。

「あーあ、ちょっとヤバいんじゃないんすか? 一番って」

 一樹がニヤニヤしながら言った。

「なんでだよ」

「だって、冷めるじゃないっすか。せっかくの料理が。ま、僕四番なんですけどー」

 四番か。俺三番なんですけど。

 冷めたら少しもったいない料理ではあるから、健吾が一番危惧しているのは、一樹が意図的に調理時間を延ばすことがないか、ということだ。

「……ま、運も実力のうち。じゃ、早速勝太君からお願いしまーす。あ、ちゃんと調理工程動画で撮ってるからねー」

 伊織は高々と、スマホの付いたキラキラしたピンクの自撮り棒を掲げた。




 十時十分となり、最初の挑戦者の調理が始まった。ちなみに、調理する勝太以外の人間は二階で待機していることになっている。

「勝太くぅーん、一番ですけど、何作るんですかぁ?」

「オムライスですね」

 私の問いに、勝太は冷静に答える。

 ――いや、冷静を装ってるだけ、かな?

「オムライス! また至極簡単な料理じゃないの。なんでオムライスをチョイスしたわけ?」

「え、あの俺が小さい時、誕生日に母親がでっけぇオムライスに『たんじょうびおめでとう』とかケチャップでメッセージ書いてくれたんすよ。それで、もうこれがベストかなぁって思ってこれにしました」

 私の簡単な煽りにも、勝太は表情を変えないようにして答える。もっとも、一瞬眉間にしわを寄せていたが。

「なるほど、オムライスねぇー。じゃあ、まずチキンライス作ってからってことになるよね。勝太君はこれまで料理経験は?」

「家庭科の授業以外でいうと、無し、ですね。ほぼ完全に無しです。なんか、野外学習のイベントに参加して、それでカレーみんなで作ったり、なんてことはあったにはあったんすけど、そういうの以外で個人的に作ったのはありませんね」

「おーっと、全くの初心者じゃないですか。大丈夫ですか? 自身、あ・り・ま・す・か?」

「……まあ、大事なのは愛を伝えることですからね」

 今度は露骨に嫌そうな表情をして答えた。

 ――あー楽しっ、恋に必死な人を煽るの、たーのしっ。


 チキンライスは、取り合えず出来たにはできている。パッと見、見かけは良いが、恐らくベチャベチャなチキンライスとなっているのだろうということは良く見ると見抜くことができる。

「ここまでの出来はいかがですか?」

「……まあ、俺にしては、上出来なんじゃないっすかね?」

 ――料理初心者にしては、まあ確かに上出来ですね、はい。

 伊織はなるべく勝太に見えるようにクスクスと笑って見せる。

「やめてくださいよ、そんな露骨に笑うの」

 卵を焼きながら勝太は言う。

「あ、ごめんごめーん。なんか一生懸命なんが可愛いなーって思ってさぁ」

「……」

 今、私は確実に、勝太の頭の温度が、みるみる端っこが茶色くなっていく卵の倍高いのだろうなぁと想像した。




「勝太君的に、出来は良いのでしょうか? ここまでかなりの高得点をマークしていますが、ここでも力を見せつけ、王者へと昇り詰めることはできるのか?」

 伊織先輩がキャッキャキャッキャと動画に向けて語っている。

「あの先輩、ついに頭いかれたかもしれん。だいぶ煽ってくるから気をつけろよ? 多分、ある一人を勝たせたがってるんだと思うから」

 ある一人というのが気になるが、ひとまずそれなりの心の覚悟をして、弘人は思いレジ袋をグッと持ち上げる。

「さぁさぁさぁさぁ、続いての挑戦者です。ここまで一度のペナルティーもあって大きな後れを取っている、大平弘人君だぁーっ!!」

 ――それ言うなよ、おい!

 確かに、確実に伊織先輩がヒートアップしているのが想像できた。これは、どれだけ自分を冷静にさせることができるかの勝負になる。

 一例をして、僕は木が多く使われたキッチンのガスコンロの前に立ち、レジ袋から食材を出し始めた。

「おっと、この材料どっかで見たことがある感じの材料じゃないですか? 弘人君、あなたが作るのは何でしょうか?」

「牛丼ですね」

「ぎゅーどん!! またまた、さっきの勝太君に連なって、料理初心者は簡単な料理をスマホ片手にえっちらおっちらしながら作っていくようです!」

 ――落ち着け、落ち着け自分。

 肩を大きく上げ下げしながら、弘人はまず、調味料を調合する作業に入った。

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