百年越しの因縁⑦


 ロバートは、強欲な父親に逆らって、魔物の軍勢に襲われた村に物資を届けようと馬車を走らせた日のことを思い出した。

 魔物の侵攻が進んだ土地を人間が進むというのは危険なことで、実際にロバートが空を舞う魔物に目をつけられるのはあっという間のことだった。

 空から舞い降りたグリフィンに馬を食われ、荷台を守って自分も同じ運命を辿るかと思ったとき、赤い炎が立ち上って、魔物の身体を断ち切った。

 それが、グロリアだった。

 巨大な魔物を一閃し、平原の赤い夕暮れの光を背負って立つグロリアは、後から聞いた勇者という噂も納得の神々しさで、ロバートの目を強く焼いた。

 こんなにも、強くて美しい存在の役に立ちたい。

 その一心でロバートは旅の同行を申し入れ、彼女に置いていかれないように必死についていった――。


 放たれる、神聖なる光の一振り。

 圧倒的な光の放出に、黒いドラゴンの巨体ごと呑み込まれたとき、ロバートはなぜか過去のことを思い出していた。

 光を溢れさせる彼女は、あのとき見た姿に酷似していたからだ。


「うっ、うわああああああーーーーッッッ!!!」


 跨るドラゴンの身体がなくなり、ロバートは叫び声をあげる。

 光に触れられた瞬間からドラゴンの身体は消失し、ほんのわずかな粒子に至るまですべて焼き尽くされる。

 再生も回復も、意味をなくすほどの破壊。

 支えをなくしたロバートの身体は落下し、神殿の屋根に叩きつけられる――と思いきや、力強い両腕が背中から落ちる身体を持って支えてくれた。


「大丈夫ですか、ロバート」


 グロリアだ。

 間近に彼女の顔を見て、動揺する。

 はねのけるようにしてグロリアの両腕から逃れると、怯えた光を持った目で睨みつける。


「ロバート……」


「触るんじゃねぇッ! 俺に、触れるなぁッ!」

 

「これでまだ勝機があるというのなら教えてほしいものだな」


 翼で降り立ったザカリアスが、冷たい一瞥をよこす。

 勝ち目など、あるはずもない。

 すべてを悟ったロバートは崩れ落ち、拳で石の屋根を叩く。

 

「クソッ、クソッ………! おしまいだ……!!」


「言うほど終わってはいないだろう。お前にはまだ勇者ロバートの栄光も残ってる。この小さな王都を焼いたところで、それは簡単には覆らんだろうさ」


 そう言ってザカリアスはうずくまるロバートの襟首を掴み、ずるずると引きずって、神殿の屋根の縁にまで連れていく。


「ザカリアス! 乱暴なことは……」


「わかっている。殺しはせん。ただ、灸をすえてやるだけ・・・・・・・・・だ」


「離せッ! 離せつってんだろ、ドアホ!!」

 

 暴れるロバートをつまらなさそうに見下ろすと、ザカリアスはその身体を思いきり下に投げ捨てる。


「い"ッッッ!!?」


 落下していく感覚に驚くロバートだったが、その身体は浮遊の魔術に包まれて、ふわりと穏やかに王都の広場に着地した。

 そこに、ザカリアスは自らも飛び込んでいく。着地するかどうかの瞬間、眩い光が彼を包んだ。

 あまりの眩さにロバートは思わず目を閉じる。ゆっくり収束していった光になんとか目を開けると、そこにいたのは、金色の眼光を持つ、一体の巨大な漆黒のドラゴンだった――。


「でえええぇぇぇぇッッッ!!!??」

 

 その巨大さは、グロリアに滅ぼされたドラゴンなど及びもつかない。

 黒い鋼のごとき鱗は一枚一枚が強靭で、全身が凶悪な覇気に満ちみちている。

 その凶悪なドラゴンは、ぐるるる……と凶暴な唸り声をあげて、ロバートを睨みつけていた。

 あまりの巨大さと邪悪さにすっかり腰を抜かすロバート。

 甲冑の鳴る音がやってくる。

 あまりの巨大な影に気が付いた王都の騎士団が、大挙してやってきたのだ。


 天を見据え、暗黒の竜は咆哮する。

 

『――我は、魔王。魔王、ザカリアス!』


 《念話テレパス》に似た魔術で、ザカリアスはロバートを含めた王都じゅうの人間にそう呼びかける。

 その発言で、王都はしんと異様な静けさに包まれ、そして、混乱が爆発した。

 あちこちで邪竜の復活を知った者たちのざわめきが起きる。

 ザカリアスは、少し間を置いてから言った。

 

『百年もの眠りから解き放たれ、我はようやく現世に降り立った! そうすれば、なんだ? 世間では我を倒したとされるのは“勇者ロバート”だという……そんな名前など、我は知らぬ。百年前、我に敗北の膝をつかせたのは、まったく別の人間だ――!!』 


 またもや、混乱。

 ロバートは顔面蒼白、わなわなと肩を震わせ始めた。


「こいつがっ……本物の魔王……!!?」

 

『おまけに、偽りの英雄としての栄光を欲し続け、百年も若い身体でそれを享受していたとは恐れ入る――魔族の長たる我が認めるほどの邪悪の化身よ!』


「あの竜……何を……?」


 騎士団の中から、ザカリアスがロバートと対峙している様子に気が付いた者がいた。

 その中には、ロバートを勇者の曾孫ロブとして認知している者も数多くいた。

 彼らは今、ザカリアスが言ったことの意味を懸命に考えていることだろう。


『王都に混ぜものの悪しき魔物を呼び、新たな勇者ロブとして生まれ変わる算段を立てたはいいが、ここに我がいたのが不幸だったな、偽りの勇者よ。我の死を利用し百年もの間、富と栄光に浴した罪、高くつくぞ――!!』


「ひっ……ひぃぃいいい!!!」


 ロバートは尻餅をついたまま後ずさった。

 すべての罪を世間に周知され、もう完全に後がないと逃げ出そうとする。

 その瞬間、ザカリアスは口からブレスを吐き出し、ロバートを闇の炎で包んでしまった。


「ぎゃあああああああああッ!!!」


 一気に身体に炎が広がり、恐怖に絶叫するロバート。

 だが、闇の炎はロバートの身を焼くことはなく、その身が纏う服だけを焼き払った。

 炎から出てきたロバートは、生まれたままの姿だ。


「! あの方、まっぱだか――」


「見てはいけません。」

 

 何を考えるよりも早く、グロリアはフィリアナの両目を両手で覆う。

 同じく見ていたニコラは青ざめた顔で呆れかえり、ルカは真っ赤になって自分の顔を隠し、ニーナは腹を抱えて笑っていた。

 

「うわああああああーーーーー!!! テメェ何しやがんだ!!!」


『すべてが偽りに満ちた貴様への皮肉の罰よ。生まれたままの姿で己の罪を悔いるがいい』


 公衆で辱められ、涙目で顔を真っ赤にしたロバートは大事なところを隠してザカリアスに抗議するが、返ってくるのは冷たい視線と言葉だけ。

 騎士団だけではなく、様子を見に集まってきた住民たちにもばっちり醜態を見られ、四方八方から迫る視線にロバートは悶絶する。

 それを始終冷たいまなざしで見ていたザカリアスは、満足がいったように鼻を鳴らすと、大きく翼を広げた。


『我は魔王ザカリアス! 死より甦りし邪竜! 偽りの勇者を崇める人間どもよ、我の復活に怯え、そして震えるがいい――! 今再び、魔族の時代がやってきたのだ!!』

 

 そう叫ぶと、再びザカリアスの身体は強い光を発し、一瞬後には姿ごと消えてなくなっていた。

 誰もが唐突な邪竜の復活と宣言に動揺する中、そろりそろりと逃げ出そうとしていたロバートを見つけた騎士団がそれを囲む。


「貴様はこっちに来てもらうぞッ! 早く歩け!!」


「その前に誰か……誰か、着るものを………」


 悲愴な声を発しながら連行されてゆくロバート。

 その様子を見ていたグロリアは呆気に取られていたが、どこからかニャーニャーと鳴く声に気付き、視線を下げる。

 「グロリア!」とフィリアナも反応するので、グロリアはフィリアナを抱き上げ、飛行呪文でともに市街に降り立つ。

 そこで道の角から鳴き声とともに姿を現したのは、一匹の黒い猫だった。


「マオちゃんっ!!」 


「にゃ~」


 フィリアナは喜びの声をあげ、走り寄ってくるザカリアスを受け止める。


「マオちゃんも心配して来てくれたんですのね! ありがとう、マオちゃん……っ!」


 抱き上げて頬ずりしてくるフィリアナに、ザカリアスは盛んに鳴いて応える。 

 その姿を微笑んで見つめるグロリアだったが、《念話テレパス》で話しかける声に気が付く。


『今のでなけなしの魔力を使い切ってしまったのニャ。やれやれ、また猫で出直しだニャ』


『その姿も似合ってますよ』 

 

『うむ……我も少しそう思う』

 

「それにしても、魔王が復活だなんてもう、どひゃーっ! って感じですわね!」


『『あ』』 


 フィリアナは愛猫を抱きながら急に不安そうな声を出す。


「グロリアも私も無事でよかったと思ったところに、こんなビッグニュースが流れてくるなんて……!」

「ええと、そうですね……」

「グロリアが本当の勇者で驚いていたところに、本物の魔王まで現れるなんて、本当に今日は大変な一日ですわ……!」


『我のパフォーマンスが過ぎたニャ』 

『完全復活宣言までしてましたからね』

『あ、あの身体は久しぶりで、ちょっと調子に乗ってしまったニャ……!』


 《念話テレパス》でちょっとした反省会にまでなっていたところに、騒がしい声が届く。

 ニーナたちだ。


「グロリアさーん! まだ街中に魔物が残ってるみたいだから、ボクたちと回ろうよーっ!」

「ライデンさんたちが先に大きな魔物から倒してくれてるけど、まだ小さいのがけっこう残ってるみたいなのっ!」

俺ら・・にもまだもうひと働き残ってるぜ、グロリアさん!」 


 彼らは振り返ったグロリアをわっと取り囲み、口々にそう言った。

 この賑やかさがまた自分に戻ってきたことに、グロリアは少し目を細める。

 この賑やかさこそ、グロリアにとっての仲間だ。

 普段無表情のグロリアが、自分たちに微笑んでいることに気付いたニーナたちは、「うわぁっ」とどよめく。


「グロリアさん笑ってるー!」

「は、はは、反則だよ……っ、はぅ!」


 仲間とともに笑い合う声。

 それがどれだけ得難いものかすでに理解しているグロリアは、心からの笑顔で彼らを見つめる。

 

「グロリア、困っている人たちのもとへ行ってあげてくださいませ」


 ザカリアスを抱くフィリアナもそう言う。

 グロリアは力強くうなずいて、ニーナたちとともに街へ駆け出した。



蒼穹の燕ブルー・スワロー、出動だぁー!!」 


 

 今、光射す方向に向かって、グロリアは進む。


 仲間たちとともに。


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