決勝の舞台③


「決勝は蒼穹の燕ブルー・スワローから侍女メイドのグロリア、魔導士ウィザードのルカ!

対するは鋼の栄光メタル・グロウから重装鎧ヘビーアーマーのヒューゴ、魔導士ウィザードのカミロ!」


 司会の声が響く中、両陣営の出場者たちが向き合った。

 鋼の栄光メタル・グロウのリーダー、ヒューゴ。分厚いプレートアーマーで頭部以外を鉄壁の守りとし、さらに片手には巨大な鋼鉄のタワーシールド。もう片手には禍々しいトゲのついたモーニングスターを装備している。

 晴天の陽射しを磨き上げられた頭で跳ね返しながら、ヒューゴは不敵に笑う。


「メイドの姉ちゃんは十分予想できたが、まさかもう片方が“そっち”とはたまげたな」

「あの《火球ファイアボール》は大きく育ちまちたかぁ? ヒャハハ!」


 高い声で笑うもう一人は小柄な魔導士ウィザード

 フードを被った姿は盗賊か何かにしか見えないが、小さなワンドを装備している。

 さっそく煽り攻撃の標的になったルカは一瞬萎縮しかけた。だが、


「そ、そんなに気になるなら、見せてあげるからっ!」

「ヒャハハハ! 楽しみだぜぇー!!」


 言い返した。声はうわずっていたが、今までになく強気の反応。

 グロリアは、ルカがなぜ決勝に出るまでの自信を持ったのかわからなかった。

 だが、今の彼女はどこか違う。ニーナの期待に応えられないと泣いていたルカと、今のルカは別人だ。

 そのわけをグロリアは訊くことはしなかったが――多分、ルカにとって大切なことがあったのだと思う。


「ルカさん。頑張りましょう。サポートが必要ならいつでも言って下さい」

「は、はい……頑張ります!」


 ルカは少し気負い気味に返事した。

 初めての試合が決勝の大舞台というのもあり、プレッシャーは絶大だろう。

 だが、今の彼女にグロリアがしてやれることは、ルカとともに決勝の戦場に立つことだけだ。

 四人が再び向き合うとき――熱狂する会場にもどこかピリついた緊張感が走った。

 銅鑼が大きく打ち鳴らされ、試合開始の宣言。

 戦いが始まる。


「カミロぉ! 俺はメイドだ! “そっち”は任せたぜ!」

「ヒャハハァ! いいぜぇ~ヒューゴぉ~!!」


 ヒューゴは叫ぶと、グロリアに狙いを定めた。

 やはり、そうくるか、とグロリアは想定通りの動きに納得しながら双剣を抜く。

「オラァッ!!」と気合いを込めて叫びながらヒューゴはタワーシールドを前に戦車のごとく突撃してくる。

 それにグロリアは退くどころか、自分もヒューゴに向かって駆け出した。

 直進してくる巨岩のようなタワーシールドを前に、グロリアは高く跳躍。盾はおろか、ヒューゴの頭部さえ軽々と飛び越えて着地する。

 ヒューゴの突撃で客席の舞台が崩れ、そこにいた観客たちが悲鳴をあげて逃げていく。


「へへ……やっぱそう簡単にはいかねぇか」


 崩れた木片で頭部をかすかに切ったらしく、流れる血をぺろりと舐める。

 それ以外では彼にダメージなど一切見えなかった。

 今度はグロリアが駆け出し、目にもとまらぬ早さで双剣を繰り出す。

 ガキィンッ!!

 シールドと短剣たちがすさまじい衝突音を放つ。

 ヒューゴの幅広の盾の守備範囲は広く、グロリアが狙いをつけた場所はすべてカバーされてしまう。

 そして、これだけ間合いに入れば当然――、


「うォらアッ!!」


 モーニングスターの迎撃だ。

 打ち出されたモーニングスターを魔剣で止めてしまったグロリアは、思わず(しまった)と思った。

 片手が使えなくなった今、ヒューゴが狙うのは――、

 盾で圧倒してしまうこと。

 あの突進を思わす勢いで盾が突っ込んできて、グロリアは大きく体勢を崩されたばかりか、後ろに吹き飛ばされる。

 が、宙で身体を捩り、地面に自ら着地。

 今ので砂埃が身体につくところだった。

 グロリアの一瞬の油断を突いたヒューゴ。

 すでに達人の域に達している相手とも戦ってきたが、ヒューゴも間違いなく今大会トップクラスだ。

 それを認めたグロリアは、再び双剣を手に、突撃――。

 ガキン、と、盾と短剣たちがまたぶつかった。


「ヒャ~ッハッハッハ! 《雷撃ライトニング》! 《氷雪弾アイスボルト》! 《地轟衝アーススパイク》ぅ!」


 カミロは多彩な魔法を乱舞し、ルカを逃げ惑わせていた。

 カミロは覚えている術の範囲は広いが、あまり深く習熟できてないのか、どれも初心者から中級者ぐらいの低位呪文だ。特にわかりやすく直線的な攻撃範囲のものが多い。

 だが、魔法で身を守るすべを持たないルカにとっては十分脅威だ。

 攻撃するタイミングに恵まれないまま、カミロの術連打に翻弄される。

 そんな中でも、腰のポーチから調合アイテムを取り出し、必死に投げつけていく。

 松ヤニ玉。パフパフの実パウダー。ドクニガヨモギ団子。サハギンの胆嚢から採れたオイル瓶。

 しかし、


(あ、当たらない……!)


 アイテムはことごとく狙いを外して、会場の地べたに転がった。

 小さな隙でもできればと思ったが、これでは先にルカが消耗してしまう。

 グロリアは恐らく彼よりも強いヒューゴにかかりきりで、助けに来てもらうどころではない――、一瞬でも彼女に頼ることを想像してしまったルカは、自分を戒めた。


(助けられてばっかりじゃなくて……! 私にもできるってことを……!)


 ルカは、変わりたいとずっと願っていた。

 冒険者としてのお荷物のような自分。バカにされても言い返せない自分。ちっぽけな魔法しか使えない自分――。

 そんな自分を、変えられるものなら変えたいとずっと思っていた。

 だが、いくら修行しても効果がなかったように、人はそう簡単には変われない。

 絶望ばかりが積もった。

 もう、何もかもが無理なんだ、そう思ったとき。


(マオちゃんは言ってくれた……)


 ――頭に思い浮かんだものに呑まれるニャ。魔法は心で思い描くもの。


 難しくて、ちゃんと自分で意味が掴めているかはわからないけれど、その言葉はルカの心に深く根付いた。

 魔法を使おうとするときに、必ず忍び寄ってくる負のイメージがあった。

 失敗する未来。笑われる未来。落胆する未来。

 そして実現したものを見て、ほらやっぱりね、と納得して落ち込む。

 今までそんなことの繰り返しだった。

 でも、もしかしたら。

 “それ”が、間違っているのだとしたら……。

 強い不安が元で自分に呪いをかけているようなものだとしたら、それさえ払えれば、上手くいくのかもしれない……!

 あの言葉には、そんな希望を抱かずにはいられなかった。

 大事なのは強く思うこと。

 期待と不安を同時に抱えながら、ルカは機会を伺う。


「っ、はぁはぁ……! いけねぇ、つい調子に乗って……っ」


 ちょうどカミロは膝を折り、ぜーぜーと呼吸している。

 術の連打で気力体力を消耗したらしい。

 ルカはチャンスを逃すまいと杖を構える。

 そして、イメージを膨らませ――唱える。


「『落ちよ最初の炎、降らせよ火炎の礫』!」


 もう何百、何千と唱えてきた呪文。

 それで成功したことは一度たりとない。

 だけど、――今度こそは!


「《火球ファイアボール》!」


 無音。

 一瞬、背中がひやりとして、ルカは目を開く。

 カミロの視線が上を向いていることに気付いた。

 ルカの頭上には、今にも消え入りそうな火の粉がぽっと舞っている。

 そんな………。


「ヒャーハッハッハッハァ! 何度見てもウケるぜそいつぁ! よーし笑ってすっきりしたし、攻撃再開だァ~!!」


「そ、そんなぁ~!!」


 絶望に打ちひしがれる間もないまま、ルカはカミロの連続魔法攻撃になすすべもなく逃げ回る。

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