決勝の舞台③
「決勝は
対するは
司会の声が響く中、両陣営の出場者たちが向き合った。
晴天の陽射しを磨き上げられた頭で跳ね返しながら、ヒューゴは不敵に笑う。
「メイドの姉ちゃんは十分予想できたが、まさかもう片方が“そっち”とはたまげたな」
「あの《
高い声で笑うもう一人は小柄な
フードを被った姿は盗賊か何かにしか見えないが、小さなワンドを装備している。
さっそく煽り攻撃の標的になったルカは一瞬萎縮しかけた。だが、
「そ、そんなに気になるなら、見せてあげるからっ!」
「ヒャハハハ! 楽しみだぜぇー!!」
言い返した。声はうわずっていたが、今までになく強気の反応。
グロリアは、ルカがなぜ決勝に出るまでの自信を持ったのかわからなかった。
だが、今の彼女はどこか違う。ニーナの期待に応えられないと泣いていたルカと、今のルカは別人だ。
そのわけをグロリアは訊くことはしなかったが――多分、ルカにとって大切なことがあったのだと思う。
「ルカさん。頑張りましょう。サポートが必要ならいつでも言って下さい」
「は、はい……頑張ります!」
ルカは少し気負い気味に返事した。
初めての試合が決勝の大舞台というのもあり、プレッシャーは絶大だろう。
だが、今の彼女にグロリアがしてやれることは、ルカとともに決勝の戦場に立つことだけだ。
四人が再び向き合うとき――熱狂する会場にもどこかピリついた緊張感が走った。
銅鑼が大きく打ち鳴らされ、試合開始の宣言。
戦いが始まる。
「カミロぉ! 俺はメイドだ! “そっち”は任せたぜ!」
「ヒャハハァ! いいぜぇ~ヒューゴぉ~!!」
ヒューゴは叫ぶと、グロリアに狙いを定めた。
やはり、そうくるか、とグロリアは想定通りの動きに納得しながら双剣を抜く。
「オラァッ!!」と気合いを込めて叫びながらヒューゴはタワーシールドを前に戦車のごとく突撃してくる。
それにグロリアは退くどころか、自分もヒューゴに向かって駆け出した。
直進してくる巨岩のようなタワーシールドを前に、グロリアは高く跳躍。盾はおろか、ヒューゴの頭部さえ軽々と飛び越えて着地する。
ヒューゴの突撃で客席の舞台が崩れ、そこにいた観客たちが悲鳴をあげて逃げていく。
「へへ……やっぱそう簡単にはいかねぇか」
崩れた木片で頭部をかすかに切ったらしく、流れる血をぺろりと舐める。
それ以外では彼にダメージなど一切見えなかった。
今度はグロリアが駆け出し、目にもとまらぬ早さで双剣を繰り出す。
ガキィンッ!!
シールドと短剣たちがすさまじい衝突音を放つ。
ヒューゴの幅広の盾の守備範囲は広く、グロリアが狙いをつけた場所はすべてカバーされてしまう。
そして、これだけ間合いに入れば当然――、
「うォらアッ!!」
モーニングスターの迎撃だ。
打ち出されたモーニングスターを魔剣で止めてしまったグロリアは、思わず(しまった)と思った。
片手が使えなくなった今、ヒューゴが狙うのは――、
盾で圧倒してしまうこと。
あの突進を思わす勢いで盾が突っ込んできて、グロリアは大きく体勢を崩されたばかりか、後ろに吹き飛ばされる。
が、宙で身体を捩り、地面に自ら着地。
今ので砂埃が身体につくところだった。
グロリアの一瞬の油断を突いたヒューゴ。
すでに達人の域に達している相手とも戦ってきたが、ヒューゴも間違いなく今大会トップクラスだ。
それを認めたグロリアは、再び双剣を手に、突撃――。
ガキン、と、盾と短剣たちがまたぶつかった。
「ヒャ~ッハッハッハ! 《
カミロは多彩な魔法を乱舞し、ルカを逃げ惑わせていた。
カミロは覚えている術の範囲は広いが、あまり深く習熟できてないのか、どれも初心者から中級者ぐらいの低位呪文だ。特にわかりやすく直線的な攻撃範囲のものが多い。
だが、魔法で身を守るすべを持たないルカにとっては十分脅威だ。
攻撃するタイミングに恵まれないまま、カミロの術連打に翻弄される。
そんな中でも、腰のポーチから調合アイテムを取り出し、必死に投げつけていく。
松ヤニ玉。パフパフの実パウダー。ドクニガヨモギ団子。サハギンの胆嚢から採れたオイル瓶。
しかし、
(あ、当たらない……!)
アイテムはことごとく狙いを外して、会場の地べたに転がった。
小さな隙でもできればと思ったが、これでは先にルカが消耗してしまう。
グロリアは恐らく彼よりも強いヒューゴにかかりきりで、助けに来てもらうどころではない――、一瞬でも彼女に頼ることを想像してしまったルカは、自分を戒めた。
(助けられてばっかりじゃなくて……! 私にもできるってことを……!)
ルカは、変わりたいとずっと願っていた。
冒険者としてのお荷物のような自分。バカにされても言い返せない自分。ちっぽけな魔法しか使えない自分――。
そんな自分を、変えられるものなら変えたいとずっと思っていた。
だが、いくら修行しても効果がなかったように、人はそう簡単には変われない。
絶望ばかりが積もった。
もう、何もかもが無理なんだ、そう思ったとき。
(マオちゃんは言ってくれた……)
――頭に思い浮かんだものに呑まれるニャ。魔法は心で思い描くもの。
難しくて、ちゃんと自分で意味が掴めているかはわからないけれど、その言葉はルカの心に深く根付いた。
魔法を使おうとするときに、必ず忍び寄ってくる負のイメージがあった。
失敗する未来。笑われる未来。落胆する未来。
そして実現したものを見て、ほらやっぱりね、と納得して落ち込む。
今までそんなことの繰り返しだった。
でも、もしかしたら。
“それ”が、間違っているのだとしたら……。
強い不安が元で自分に呪いをかけているようなものだとしたら、それさえ払えれば、上手くいくのかもしれない……!
あの言葉には、そんな希望を抱かずにはいられなかった。
大事なのは強く思うこと。
期待と不安を同時に抱えながら、ルカは機会を伺う。
「っ、はぁはぁ……! いけねぇ、つい調子に乗って……っ」
ちょうどカミロは膝を折り、ぜーぜーと呼吸している。
術の連打で気力体力を消耗したらしい。
ルカはチャンスを逃すまいと杖を構える。
そして、イメージを膨らませ――唱える。
「『落ちよ最初の炎、降らせよ火炎の礫』!」
もう何百、何千と唱えてきた呪文。
それで成功したことは一度たりとない。
だけど、――今度こそは!
「《
無音。
一瞬、背中がひやりとして、ルカは目を開く。
カミロの視線が上を向いていることに気付いた。
ルカの頭上には、今にも消え入りそうな火の粉がぽっと舞っている。
そんな………。
「ヒャーハッハッハッハァ! 何度見てもウケるぜそいつぁ! よーし笑ってすっきりしたし、攻撃再開だァ~!!」
「そ、そんなぁ~!!」
絶望に打ちひしがれる間もないまま、ルカはカミロの連続魔法攻撃になすすべもなく逃げ回る。
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