メイド、働きます③


「それでは改めて紹介します、我らが蒼穹の燕ブルー・スワローの新メンバー! メイドの……あれ?」

「グロリアと申します」


 グロリアは彼らの前で初めて自己紹介した。


「おい、ニーナ……お前、名前も聞いてない人をパーティーに呼び込んだのかよ」

「だって急いでたんだよ~、それに込み入った挨拶は馬車の中でできると思って」


 バッグパックの中からザカリアスも「にゃ~」と鳴く。


「おい、猫までいるぞ、どうなってんだこの人………」

「これはお屋敷のペットのマオちゃんです。勝手についてきたので置いていくわけにもいかず……」


「あの、メイドさんは本当にメイドさんなんですか?」

「はい、伯爵家にお仕えしています」


「どうして冒険者を……?」


「それは……」


 グロリアは口を開きかけるが、その先は青年が待ったをかける。


「いや、それは今聞くことじゃない。悪いけど、アンタがずっとウチのパーティーにいるとは限らないんだ。今回限りの付き合いかもしれないのに、身の上話なんてされてもこっちが困る」


 彼はぶっきらぼうにそう言う。


「水臭いこと言うなよー! 仲間は仲間じゃないか」


「お友達ごっこじゃねーだろ、冒険者ってのは」


 確かに一見冷たい言い草だが、グロリア的にはその話を避けられてありがたかった。

 200万ゴールドの借金のために働きに出たなんて申し出たら変な同情を買ってしまいそうだし、ドレミー家やフィリアナに余計な風聞がつくのも避けたい。

 だからか、青年の言葉はむしろ優しさだったようにも感じる。

 ぶっきらぼうな物言いや、不機嫌そうな表情で多少損はしているようだが。


「じゃあ、とりあえず自己紹介、ルカからかな!」


「う、うん、えっと、私はルカ。魔導士ウィザードをやってます、一応……」


 ふんわりしたボブヘアの少女は、なぜか自信なさげにそう名乗る。

 よく見ると、ルカはスタッフ以外にも荷物が多い。バッグパック以外にもポーチ等の身に着ける収納具が彼らの中で一番多く、グロリアには不思議だったが、今の段階で訊ける感じでもない。


「ニーナちゃんとは同じ教会で育ってて、家族みたいなものかな……。そっちのニコラは猟師さんの子だけど、よくお父さんと教会に来てくれてたから、ニーナちゃんと三人でよく遊んでた幼馴染みなの」

「そうなんですか」


 幼馴染みだけのパーティーとは。生憎とグロリアにはそれが珍しいのかそうでないのかわからなかったが、彼らの仲が良いことは伝わった。

 定員に満たない三人で、なぜクエストに出発ギリギリまでいたのかわからないが……。

 ルカは斜向かいで黙っている青年に目配せした。

 彼は視線に気付き、「ああ……」と面倒くさそうに頬をかく。


「俺はニコラだ。さっきルカにほとんど言われちまったが、元猟師だ。パーティーでは弓使いアーチャーをやってて、遠距離に対応してるが、ナイフも装備してるから一応近距離もいける。んで、二人とは確かに幼馴染みだ。自己紹介といったら、これぐらいかな……」


「いえ、非常に参考になります。ありがとうございます」


 グロリアが生真面目に頷くと、ニコラはやや呆れたように息をつく。


「チョーシ狂うぜ……ったく」


「というわけでっ、最後はこのボクだね! ボクはニーナ。この蒼穹の燕ブルー・スワローのリーダーで、拳闘士ファイターをやってるんだっ、あ、ちなみに対戦相手は常に募集中だから、グロリアさんも興味があったらヨロシク!」


 満を持してといったようにニーナが声を発する。


 グロリアは少し考えて「いずれ気が向けば……」と最後の話題を曖昧に濁した。

 バッグパックの中で、退屈そうにザカリアスがあくびをする。


「ははっ、マオちゃんもヨロシクだってさ」

「言ってねーよ、絶対」

「猫ちゃんも、パーティーの仲間……だねっ」


 和気藹々と自己紹介は終わった。

 ザカリアスが耳打ちしてくる。


(こいつら、緊張感まるでないニャ)


(主にニーナさんが原因の気がしますけど、初心者冒険パーティーという雰囲気も同時に伝わりますね)


 彼らは若く、ルカに至ってはまだ成人して間もないという。

 駆け出しの初心者パーティーといった雰囲気は微笑ましいが、クエストに対してそれがどこまで通用するかはわからない。

 勇者グロリアにとって冒険は常に命がけだったからだ。

 グロリアは今回の依頼について訊ねた。


「王都からそこまで離れてないナタン村ってところでね、大きな畑を持ってるリーヴさんって人がいるんだけど、その人の畑がゴブリンの集団に荒らされてて、それをなんとかしてほしいってことなんだ」


 ニーナは依頼された内容を説明してくれた。


「ゴブリンはよくブロンズ・ランクの仕事に登場するねっ、ボクたち駆け出し冒険者パーティーにとっては、好敵手ってこと!」


「山猿に毛生えた程度だと誤解する冒険者も多いが、あれは舐めない方がいい。武器を持たせりゃ厄介だし、ゴブリン・キングみたいな統率者が現れると劇的に強くなってシルバー、ゴールド・ランクあたりの案件に昇格しちまうんだ」


「はわ……大丈夫かな、今回のクエスト……」


「そしたらボク、ゴブリン・キングと一対一で決闘してみたいなー」


「バカ! 決闘なんか応じる相手かよ」


「夢見るだけならいいじゃないか! ボクの夢は、冒険しながら世界の色んな強い奴と戦うことだからさっ!」


「………脳筋バカ。」


「………ふふっ、ニーナちゃんらしいね」


(……こいつらホントに能天気だニャ~)


 ザカリアスがついぽろっと本音をこぼす。

 ニーナはどかっと荷馬車に座り直すと、太陽を仰いで、広がる青空をどこまでも眺める。


「ナタン村までもうちょっとかな~っ、それにしてもいい天気!

新メンバーもいるし、なんかこう、ボクたちの新しい門出を祝ってるような空だね!」


 ニーナはそう言って、大きく背伸びし、気持ちよさそうな声を出す。


「初心者パーティーに幸あれ~っ」


 祈りのような願掛けのような何かを口走ったニーナに、ルカは笑い、ニコラは呆れる。

 そしてグロリアは………、


(元・魔王がいる、初心者パーティー……ですか)

(そーいうお前も元・勇者だニャ)


 などとザカリアスからツッコミを受けながら、ルカ、ニコラとじゃれだすニーナたちを見つめるグロリアだった。

 荷馬車はナタン村に近づきつつある。



 一方、その頃。


 ドレミー家。



「お塩加減は……ちょっと足りませんわね。ぱらぱらっと……」


 キッチンに立ったフィリアナは、ぐらぐら煮立つ鍋の前で格闘していた。


「あれっ!? 今度はしょっぱすぎますの! お砂糖、お砂糖……! きゃああっ!!」


 砂糖つぼに手を伸ばそうとしたら、戸棚の中身がどさどさどさっと倒れ込んでくる。

 砂糖は床にぶちまけられ、他の調理用品と一緒に無残な状態。加えて鍋は地獄のように沸き立っている。


「きゃーーーっ! 火! 火を消さなくては!」


 調理台の火を消すため身を屈めようとする。その瞬間、瓶からこぼれたハチミツ溜まりを思いっきり踏んづけ、フィリアナは見事に転倒。床の惨状はまた一段と悪化してしまった。


「いたた……酷いですの、こんなドジばっかり……」


 よろよろと老人のような動作で火を消す。覗き込んだ鍋は、黒く焦げっぽい。

 フィリアナは大きなため息をついた。

 メイドのグロリアが働きに出ている以上、彼女が普段やってくれていることは自分が肩代わりするしかない。そう決意したフィリアナは、意気揚々と食事の準備に乗り出した。


 だが、結果はこの惨状。

 じわ……と涙が滲みかける。しかし、何度も頭を振ってフィリアナはそれを止める。


「グロリアが頑張ってくれてるのに、私だけ安穏と過ごすわけにはいきませんわ……!

グロリアが帰ったときに美味しい食事で労ってあげられるように……!

わたくし、ファイヤー!!」


 キッチンから威勢の良い掛け声があがる。

 そして、フィリアナは床掃除から気合いを入れ直すのだった。


 お嬢様は頑張っている。


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