第51話 やりすぎたよ、お前

「悪王に伝えろ! 逆賊仮面が来たと!」


 城前に出向くと、例によって飛龍に乗った逆賊仮面が吠えていた。


「騒ぐな逆賊! ……来てやったぞ。ありがたく思え」


「フン。待ちくたびれたぞ。私に恐れをなして逃げたのかと……」


「バカを言うな。貴様如きに恐れる王ではな……。なんだ?」


 逆賊仮面が俺の顔を不思議そうに(仮面で表情はわからないが、なんとなくそんな雰囲気で)見ている。


「お前……、嬉しそうだな」


 奴はそんなことを言いやがった。


「……嬉しいわけないだろ」


「陛下……。恐れながら、笑顔でございます」


 クイルクが小声で告げる。


「何ィ? ……そうか?」


「恐れながら……」


「……フン。武者震いならぬ、武者笑顔である。これも貴様に対する優位性の現れだ。つまり、余裕がそうさせるのだな」


「抜かせ。攻撃が一つも通じなかったくせに、王の名が聞いてあきれる」


「……何用だ? 人の朝食を邪魔するくらいなのだから、余程面白いことを聞かせてくれるのだろうな?」


「次の新月の日に、我々反乱軍は、この城に総攻撃をかける!」


「何ィ!」


 そう叫んだのはクイルクだった。


「機は熟した。兵の頭数も揃った。我々は貴様と違い、正々堂々勝負する! これはその宣戦布告だ! 力が使えぬお前など恐れるに足らず! 次の新月が貴様の命日だ!」


「正々堂々と言いつつ、朕が力の使えぬ日を選ぶとは……」


「正々堂々と策を弄するは別の話。絶対に負けられない戦いというものはある!」


「いや、別に責めてはいない。いいぞいいぞ、嫌いではない。我々は存外、気が合うかもしれんな」


「そう言われて喜ぶと思ったか?」


「いや、思わん。そうかそうか、なるほどな……。しかし、一足遅かったな」


「……どういうことだ?」


「今、捕えている囚人。その全員を三十日月みそかづきの日、つまり新月の一日前に処刑することになっておる」


「なっ……!」


 逆賊仮面も驚いたが、クイルクも驚いた顔で俺を見た。


「……そうなのでございますか?」


「今決めた」


「……! 御意……」


「囚人の中には貴様らの仲間も多くいよう」


「卑劣な……! どこまで腐れば気が済むのだ悪王!」


「そう思うのなら、攻め込めば良かろう。正々堂々が好きなのだろう?」


「く……ッ!」


 逆賊仮面は飛龍を刑務所の方へと向かせた。


「もう一つ! ……良いことを教えてやろう。刑務所にいた囚人は全て、城の牢屋に移送した。貴様らが脱獄させてくれたおかげで、城の牢屋に収まるくらいまで囚人が減ったからな。もう、刑務所は用なしだ」


 逆賊仮面が不服そうに飛龍を俺の方へと向ける。


「更にもう一つ! これは貴様も知っているだろうが、城にはこの王がいる。何よりも鉄壁な守りだ。この守りを貴様は破れるかな?」


 逆賊仮面がいきなり雷撃を、次いで飛龍が火球を城に向かって放ってきた。


「吹雪吹雪氷の世界! 不思議の海ブルーウォーター!」


 俺はその二つの攻撃をそれぞれ迎撃してやった。


「チッ……!」


 逆賊仮面は舌打ちすることしかできない。飛龍もどことなく悔しそうな咆哮を上げた。


「貴様らが朕の攻撃を防ぐことができるということは、逆もまた然りだ。朕も貴様らの攻撃を防ぐことができる。どうするね? こんなことは文字通り朝飯前だが?」


「……覚えてやがれ!」


 逆賊仮面は飛龍を促し、空の彼方へと消えていった。そのザコっぽい捨て台詞は何とかして欲しかった。



「宰相! 宰相!」


 食堂に戻るなり、俺はショボクレを呼びつけた。


「ハッ!」


「次の三十日月みそかづきの日に、囚人全てを処刑する。そのように取り計らえ」


「え! それはまた……、急ですが、如何なされましたか……?」


「二度は言わん」


「ハッ……!」


「それから、堰堤えんていの工事を急がせろ。三十日月みそかづきの日までに何としても完成させるのだ」


「ハッ……。しかし、そうするには人員が足りませんが……」


「旧獣人の地区からいくらでも連れてこい。そのための資金に糸目をつけるな。金がなければ税を上げろ」


「なぜ……、そのようにお急ぎになるのでしょうか……?」


「朕の威光をあまねく世に知らしめるためだ。堰堤の完成式は盛大に行う。囚人の処刑はそのための余興だ」


「余興で……、囚人とはいえ、人の命を奪うので……?」


「なんだ? 意見するか?」


 俺は掌の上で、バチバチと音を立てて、氷が弾ける。ショボクレは頭を下げ、一歩下がった。


「全領土から人を集めろ! この国の王は誰なのか? お前らの主は誰なのか? しかとその目に焼き付けさせるのだ! 当日は盛大にやるぞ。祝祭の開演だ!」


「祝祭ですか……。仰せの通りに」


 その後、俺は朝食を盛大に食い、自室に戻った後、盛大に吐いた。


 毒ではない。精神的なものだろう。人の精神が肉体に如何に影響を及ぼすか、初めて知った。


 しかし、じきに終わる。全ての完成までは、あと少しだ。



 夜。


 俺は逃げている。幾つ目かの角を曲がり、廊下を突っ切る。相変わらずこのネグリジェは走りにくい。まるで夢の中で走っているようだ。むしろ、これが夢であったら、と思う。パンツが見えそうなくらい裾を上げて走っても尚、走りにくい。


 案の定、反乱軍が俺の寝首を掻こうと襲ってきた。やはり、夜襲くらいしか俺には勝てないってことなんだろう。


 角を左へ飛び込む。すると前から、反乱軍が大挙して押し寄せてきた。


「いたぞぉ!」


「悪王だ!」


 元帝国人、元獣人、揃いも揃って俺に憎悪を剥き出しにしてきやがる。


「吹けよ風! 呼べよ嵐!」



 ……何も出ない。



 小型の台風を起こしてやろうと思ったのだが、どうしたことだ?


 窓の外を見ると、薄っすい針のような月が、かろうじて、という感じで空に浮かんでいた。おかしい。今日は新月の前日。三十日月のはずだ。かろうじて力を使える日のはずだ。それがなぜ……。


 踵を返して逃げると、大柄な男が向かってきた。


「クイルク!」


 帝国最強とも謳われる戦士。


「悪王! 天誅!」


 壁を蹴って刀を振り上げる。お前もかクイルク……。やられる! そう覚悟した瞬間だった。


「ぐわあぁッ!」


 クイルクは白い光に包まれ、空中で一瞬停止したかと思うと、力無く落下した。


 見ると、逆賊仮面が立っていた。その後ろにはショボクレが控えている。俺を見るその目に表情はない。


「ぐえッ」


 わざわざクイルクを踏んづけて、逆賊仮面が俺に歩み寄る。


「お前……」


 思わず声が出る。しかし、奴は刀を剥き身で握っている。


「やりすぎたよ、お前」


 そう言って、逆賊仮面は上段に刀を構えた。


「え?」


 俺は、一刀の元に斬り捨てられた。



「痛ってェええええ!」


 激痛に目を覚ましたら、床の上に転がっていた。椅子から転げ落ちた。打ちつけた右肩が痛む。


「マジかよ……」


 今夜は寝ずにいようと決めていたが、溜まった寝不足と疲れのせいで、寝落ちしてしまったようだ。どうせなら寝落ちで逆異世界転移して、元の世界に帰りたかった。とも少し思ったが、そんなことはできない。


 いやー、でも夢で良かった。窓が少し明るい。そろそろ白み始めてきたか。


 いよいよだ。


 俺は、少し早いが、冷たい水で顔を洗った。

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