第48話 逆賊仮面

 背筋を天に向かって真っ直ぐに伸ばしたその者は、仮面を被っていた。見たとこ猫系の旧獣人のようだ。


「飛龍は人間には絶対に懐かないはずではなかったのか?」


「そのはずなのですが……」


 その人物は、右手を、眼下の者たちを制するように前に突き出した。


「聞いてくれ! 皆の者!」


「吹雪吹雪氷の世界!」


 俺は、間髪入れず、仮面の者にブリザードを放った。しかしそれは、飛龍の炎によってかき消された。よく飼いならされてるじゃあないか。


「話くらい聞け!」


 仮面の者が怒鳴る。


「うるせー! 俺が乗れなかった飛龍で登場するとはどういう了見だコノヤロー!」


「はァ? 何言ってんだ、おまえ?」


 仮面の者が少々あきれた声を出す。


「テメェ! そんな空飛ぶトカゲ手なずけたからってなぁ、俺に勝ったと思うなよ! 降りてこいコラあ! お前らまとめて相手してやるよオラあ! お前らより俺の方がなぁ、何倍も……」


「陛下、陛下! 帝国民の前でございます! などと……」


「え? ……あぁ」


 俺の腕を押さえ、止めに入ったクイルクの一言で我に返った。見回すと大勢の帝国民が集まっていた。


 商業街と農村街の間という立地からか、双方の区域の住人、旧帝国民と旧獣人入り乱れごった返し、果ては貴族街から来たと思しき者までいる。


 俺はひとつ冷静になった。


「悔しくなんかないぞ。これっぽっちもな。話くらいは聞いてやろうじゃないか。王の度量だ」


「は、ハァ……」


 こうした余裕が俺である。しかしどうしたわけか、クイルクは釈然としない顔で頷いた。


「フフン……」


 仮面の者は俺を見てハナで笑いやがった。俺の真似をして余裕をカマして大物感を漂わせようとしているのだろう。全く情けない野郎だ。しかし、俺が見せた余裕とは質が違う。


「聞いてくれ! 皆の者!」


 どうやら奴は屋根の上をステージ代わりにして、一席ぶつようだ。お手並み拝見といこうか。


「……いや、話すより見てもらった方が早いか。見てくれ! 皆の者! 今から奇跡を見せよう……電気ビリビリ!」


 そう言うが早いか、仮面の者は俺に向かって雷撃を放った。


「吹雪吹雪氷の世界!」


 俺もすぐさま氷属性攻撃で迎え討つ。しかし、飛龍が俺の攻撃を火球で無効化しやがった。雷が俺の全身を包む。


 緊急事態だったので軍服に着替えることなく、俺は朝食時に着ていたドレスのままで駆けつけた。そのドレスが、見るも無残に引き裂かれた。布の代わりに焦げ臭い匂いに包まれた俺は、ほぼ半裸になっていた。


 ただ、それだけだ。全ての属性を持つ俺に、属性攻撃など効きはしない。


不思議の海ブルーウォーター!」


 お返しに俺は飛龍に向かって水属性攻撃を放つ。しかし結果はわかっていた。


「電気ビリビリ!」


 仮面の者が当然のように雷属性で俺の攻撃を防いだ。どうも、「電気ビリビリ」というのが、奴の技を出すときのかけ声らしい。まぁ、よい。


 観衆は、俺が攻撃を食らい、そして攻撃を当てられなかったことに、驚きの声を上げた。


 先程と同じことを繰り返しただけだったが、むしろ何度も同じことを目の当たりにし、観衆は仮面の者の優位性を刷り込まれたようだった。


 その様子を満足げに見渡し、仮面の者は演説を続けた。


「私は強い。悪王にも負けない」


 そこで、今度は先ほどとは明らかに違う歓声が上がった。それは、何かの確信に満ちた声だった。


「しかし、私一人では、負けもしないが、勝てもしない」


 視線が俺に集中する。服は引き裂かれ、半裸になってはいるが、俺自身には傷ひとつついていない。慌ててクイルクが、俺に上着をかける。


「悪王に勝つには、皆の力が必要だ! ここにいる皆が、いや、世界にいる皆が力を結集すれば、我等は勝てる!」


「おい、」


 俺は視線を屋根の上に向けたまま、クイルクに声をかける。


「ハッ!」


「さっきから、あ奴が言ってる「悪王」というのは誰のことだ?」


「ハ……。あの、畏れ多いながら……」


「構わん」


「陛下のことかと……」


「世間では朕はそう呼ばれておるのか?」


はばかりながら……」


「もう少し、ひねって欲しいものだな」


 屋根の上の仮面の演説はクライマックスを迎えていた。


「そして、今がその時だ! 今が世界が一つになる時だ! 我等が一つになれば、世界を救うことは容易い!」


 聴衆は静まり返っているが、それは軍、そしてこの俺が目の前にいるからだろう。まだ恐怖が勝っている。声を上げることができないのだ。しかし、何か、熱のようなものが、肌にまとわりつくように周囲から伝わって来る。


「言いたいことはそれだけか、逆賊!」


 俺は、あらん限りの声で屋根に向かって叫んだ。


「逆賊? 貴様が逆賊と呼ぶのならば、私は喜んでその呼び名を受け入れよう。そう、私は逆賊だ。悪王! そして皆の者! この名を覚えておけ! 私の名だ! 今決めた! 逆賊仮面! 私の名前は逆賊仮面! 悪の王に抗う、叛逆の戦士だ!」


 そう叫ぶと、逆賊仮面は飛龍に飛び乗る。それを合図に飛龍は大きく羽ばたいて飛び上がった。飛龍は火で、逆賊仮面は雷で、円を描くようにして塀を破壊した。もう、ほとんど塀は残っていない。犯罪者たちが壊れた塀から逃げていく。


「逃がすな! 捕まえろ!」


 クイルクが叫んだが、その対象は逆賊仮面ではない。奴は既に大空の彼方だ。衛兵たちが追ったのは脱獄した政治犯であった。


 俺は小さくなっていく飛龍を見上げていた。


「逆賊仮面か……。もうちょっとひねれよ……」



「蜂起の数が増えております」


 ショボクレと二人、聖堂にいる。部屋の中央にテーブルと椅子を置いて向かい合って座っている。他の椅子やテーブルなどは全て撤去され、閑散とした空気が漂っている。


 もう枢密院もいないので、専ら俺とショボクレとの会議室となっている。だから余計なものは撤去させた。だだっ広い聖堂が、余計に広く見える。天気も曇っており、昼間なのに薄暗く、なんというか、うすら広いとでも言おうか、そんな風に感じられる。


 それにしても、こうして面と向かうと、ショボクレの撒き散らす臭いをまともに浴びることになる。俺は斜に構えて座っているが、そんなものは何の役にも立たない。


「逆賊仮面の影響だと思うか?」


 俺は完全に横向きに座り直しながら尋ねた。鼻呼吸はしていないので、誰かのモノマネみたいな声になった。誰かはわからないが。刑務所急襲事件から一週間が経った。


「そのように解釈するのが妥当かと思われます」


「ええい、クソぉ!」


「陛下。もう少しその……、お言葉を……。私以外に人がいないと申しましても、その……」


「わかっておる。……、それにしても忌々しい。あいつ、飛龍を飼いならしおって……。朕も乗りたかったのに……」


「え?」


「え?」


「そこをお怒りですか?」


「……大事なことだ」


「確かに……極めて厄介ではあります。互いの属性の弱点を互いに補うとは……。しかも飛龍。自然界では最強とも目されている生物です。それを飼いならすとは、女だてらにやるもんですな」


「逆賊仮面は女なのか?」


「え? ……あぁ、その……、はい。ご存じではなかったのですか?」


「いや、軍が探っているが、未だ謎に包まれているとの報告を受けたが。お前から」


「あ、私から?」


「お前から」


「あー、なるほど……。これは……大変申し訳ございません。報告しようと思っておりましたが、遅れておりました。いや、先に申し上げるべきでしたな。性別の方は、判明したそうです。今申し上げました通り、女である、と。しかし、どの部族に属しているか、など他の情報は未だ謎に包まれております」


「ほう……。逆賊仮面は女であったか……」


 俺は、ショボクレが淹れたお茶の入ったカップを手にし、ゆっくりと円を描くように揺らした。中で茶花が揺れ、崩れていく。

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