異世界闇落チート編

第43話 俺という「恐怖」

「ちょちょちょちょー! 何いきなり脱いでンだよ!」


「? 何って、服着たまま風呂入れってか? 常識を考えろ」


「いや、そうだけどさー、お前、一応女の子だろ!」


「? 女だけど、それがどうした?」


「いや、もうちょっと恥じらいというものをだな……」


 あ、そうか。俺も女だ。どうも、まだ自分が女であることに慣れていない。いや、いい加減慣れた部分もあるのだが、こういったちょっとした意識の上ではまだまだ俺は男なのかもしれない。


 だから、こんなガサツな女でも、脱がれるとちょっと……、あ、そうか。こいつは獣人だから、服脱いでも毛皮が……。


 いや、そういうわけでもなかった。確かに毛皮に包まれてはいる。包まれてはいるのだが……。何と言うか、まぁ、詳しくは割愛させてもらうが、なんか、こう、艶めかしいのである。


 レティエヌが足を湯船に入れると、「熱っつ!」と言ってすぐ引っ込めた。


「おい、お前」


「え?」


「火属性でお湯熱くしたろ」


「あぁ」


「ぬるくしろ」


「え?」


「私はこんな熱い湯、入れない」


「いや、だって、俺は……」


「いいから、冷やせ」


 多分ケンカになればこっちの方が強いのだが、こちらは居候の身なので、あまり強くは出れない。俺は渋々ぬるくした。えーっと、火が弱いのは水だから……水属性だな。湯船がどんどん冷めていく。


「あー、こんな感じだ」


 レティエヌは満足げだ。まぁ、良い。


「ありがとう、くらい言えよ」


「よくやった」


「お前、そんなんだから友達できねぇんだよ」


「何だと! うらあ!」


 いきなり、ヘッドロックをかましてきやがった。


「痛い痛い痛い……ふん!」


「あ! 外しやがった」


「ふん。これくらいはできるんだよ」


「生意気だ……」


 このやり取り、どこかで身に覚えが……あ! そうだ、優紀だ……。


 思い出した。なんだか、懐かしいなぁ。やっぱ、こいつ、優紀なんだなぁ。


 いや、ひょっとしたら、優紀にレティエヌの要素が表面化していたのかもしれない。そういやあいつも野性の勘が鋭かった。


 お互い、気を取り直して、風呂に浸かる。


「やっぱウチの風呂が一番だなー」


 レティエヌが気持ち良さそうに呟く。


「ウチかぁ……。お前の家族、仲良いのな」


「なんだ? 羨ましいのか?」


「……あぁ、羨ましいよ」


 レティエヌが「まずい」という顔をした。そして、黙ってしまった。


 それからしばらく二人黙って湯に浸かっていたが、ややあって、


「ごめん」


 と、レティエヌが言った。言った、というか、呟いた、と表現した方が正確なくらい小さい声だったが。なんだか意外だった。意外すぎて驚いた。


 思えば、ここに来てからのレティエヌは、急に子供になったような気がする。テンションも微妙に高い。表情も明るい。


 この家が近くなったら、もう待ちきれない、というように速足になって行ってしまった。それはつまり、レティエヌはこの家が大好きなのだ。家族が大好きなのだ。


 逆に言うと、レティエヌにとって、外の世界(変な言い方だが、しっくりくる)はあまり良い場所ではないのかもしれない。


 それも多分、彼女が半獣人であるからだろう。ひょっとしたら、世界でレティエヌただ一人かもしれない。帝妃とは違う孤独の中で生きているのかもしれない。


 そんな彼女にとって、この家は世界で唯一、心から安らげる場所なのだろう。


 そしてまた、レティエヌは自分の母親が帝妃であることも知っているはずだ。自分と同じ母親に、自分と同じ孤独を見い出し、すがるように生きているのかもしれない。


「わっ!」


 レティエヌが驚きの声を上げた。気付いたら、俺はレティエヌを抱きしめていたからだ。


「突然どうした?」


 そう言いつつ、レティエヌは抱きしめ返してくる。


「ん、ん、ん!」


 俺は、三回、レティエヌの背中をやさしく叩いた。そして、レティエヌを引きはがし、両肩を掴んで言った。


「俺がなんでこの世界に戻って来たのか、その理由を思い出した。多分、間違いない」


「……な、何だよ、それ?」


「このクソみてぇな世界を終わらせるためだ」



「吹けよ風! 呼べよ嵐!」


 屈強な獣人たちが、吸い込まれるように空高く舞い上がり、どこへともなく落下していく。


 どいつもこいつも帝国人である俺を見るなり、親の仇ででもあるかのように俺に向かってきやがる(まぁ実際、彼らにしてみれば帝国人は本当に親の仇かもしれないけど)。しかし俺は容赦なく、次々と返り討ちにしてあげている。


 それは戦いなどではない。ほとんど「作業」である。それほど、俺と彼らでは力の差がある。


 そろそろ空に黒い雲が集まって来た。頃合いである。


風雲昇り龍サンダーストーム!」


 俺は片っ端から家屋にいかづちを落とした。引火し、次々と火事が起こる。この「一人進軍」の最中に、大分力の使い方を覚えた。いや、


 そう、俺は今、たった一人で進軍している。


 たった一人と言っても俺である。この世界中の兵力をかき集めたよりも大きな戦力である。


 目指すは帝国。その途中にある獣人の村々は、全て滅ぼす所存である。


 なぜか。


 進軍するのに邪魔だからだ。そして、俺という「恐怖」を植え付けるためだ。骨の髄までなあ!


 そしてなぜ、俺は帝国を目指すか。


 この世界を手中に収めるためだ。


 なんだかんだで、この異世界の中心は帝国だと思う。そこを抑えるということは、すなわち、この世界を手中に収めるということだ。


 しかし元々は俺のものだったので、返してもらう、と言った方が正確だろう。帝国奪還である。


 火の手は方々の家を飲みこんでいく。村全体を焼き払うのも時間の問題だろう。


「た、助けて……。お願いです……」


 村の長老らしき、水牛のような獣人が俺の足元に泣きながらひざまずいた。ひざまずいても俺よりデカいのだが。


「……情けだ」


 一言、俺はそう言い捨てると、空に両手をかざした。


「雨雨降れ降れ! もっと降れ!」


 俺が叫ぶと、バケツをひっくり返したような雨が降り注いだ。雨というよりは滝である。当然、火は全部消えた。


「どうだ? 満足か?」


「うわあああああ! 畑が……、畑があああ! 作物が……、流れて……」


「あ、悪魔……、悪魔……!」


「と、ととと、隣の村に、知らせろォー!」


 長老(多分)がそう叫ぶと、足の速そうな若い猛牛獣人が駆けていった。滝のような雨なので、水槽を通して見ているようで、いかんせん見にくい(俺のせいだが)。遠ざかる若い獣人の影が揺れていた。


「手伝ってやるよ。……仮面貴族スカイ・ハイ!」


 揺れる影が雨雲へと吸い込まれ、隣村がある方角(多分)へと消えていった。



 それから幾つくらい獣人の村を潰したろうか。

 鳴き叫ぶ獣人どもを尻目に、俺は一人進軍を続けていった。



 大体ひと月が経った。新月の翌日に出発したからそれくらいだろう。昨日は新月だったので、森の中で一日中、誰にも見つからないように隠れていた。今日から無敵の帝妃様の復活である。


 川向うには、ずらりと帝国軍が並んでいる。上流から下流まで、見渡す限りの兵士や砲台で埋め尽くされている。その列の端が見えないほどだ。おそらく、全戦力をここに投入したのだろう。


 どうしたわけか、俺の「一人進軍」の情報を帝国はつかんでいたようである。まぁそりゃそうか。これだけ派手に制圧していったら、獣人と交流がなくても噂ぐらいは耳に入るものなのだろう。

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