第12話 それがし

「私もやったぁー、ローエナ!」


「そうでしたか!」


「何で敬語使うの? 荻窪田くん、おもしろーい」


「いやはや……」


 いやはや。


「でもさぁ、今から考えると、みんなローエナやめるの早かったよねー。もっとやってたかったなー」


「自分は、おそらく最後の一人までやってた輩であった故、何とも言い難いところがあり……」


 何言ってんだ?俺。文法がおかしすぎる。


「そうだったよね、覚えてるよ」


 覚えてる……俺のことを……? 顔が熱い。熱が出てきたようだ。


「なー……、なぜ、葉月さんはやめてしまったの?」


 俺は心中を察せられるのを恐れ、苦し紛れに質問してみた。


「ほら、女の子は横の繋がりが大事だから。周りに合わせないとね」


 葉月さんはそう言った時、なんとなく寂しそうだった。葉月さんでもこんな顔をするのか、と思ったし、カーストトップでも周りのことを気にするのか、と不思議にも思った。


「私も荻窪田くんと一緒に続ければ良かったナ」


「なんと!」


「なに? その『なんと!』って? おもしろーい」


 葉月さんは俺の口真似をしつつ、ケタケタと笑った。


 いやいや、それはまさに「なんと!」でしょう! カーストトップと最下層の俺とがローエナしてたら、それはまさにスキャンダルだ。


「えー? 私とじゃ嫌、やっぱり」


「いや、そんなことは……」


 あるはずなかろーもん。


「でも、今でも荻窪田くんはローエナみたいなことしてるんでしょ?」


「え?」


「ほら、異世界に行くって」


「あぁ……」


 なるほど。言われてみれば、俺は延々、ローエナをやっているようなものなのかもしれない。


「何か、異世界への手がかりみたいのは、あった?」


 それから俺は、駅での上と四分の三番線事件のことや、ゲームで寝落ちしようとしたことなどを話した。


「うーん、なるほど」


 葉月さんは眉間にシワを寄せ、真剣な様子で目を閉じて腕を組んだ。その御姿もまた可愛らしい。そして、しばらく「うーん」と唸って何事かを考えているようだったが、


「もっと科学的に考えた方がいいと思う」


 と言った。


「科学ですか……?」


「うん。だって、今までやってきたことって、言い伝えだったり、根拠のないことでしょ?」


 文献にあったことです、と言いかけたが、やめた。


「やるからには、ちゃんと、科学的根拠に乗っ取った方法でやらないと、結局失敗を続けることになると思うの」


 なるほど、確かにそうかもしれない。しかしだ。


「いやぁ、そうは申されましても、それがしは勉学が殊の外不得手である故、科学的根拠に乗っ取るのはなかなかにして難しく……」


「大丈夫よ。私なんて勉強の成績だけで言ったら、学年最下位なんだから」


 え? そうなのか? とんでもない爆弾発言をさらりと言ったような気がするが、聞かなかったことにしよう。


「それに、こういう時はマッドサイエンティストに聞くのが定番でしょ?」


「マッドサイエンティスト?」


「まぁ、私に任せて」


 葉月さんが、そう笑顔で頷いた瞬間に、終業を告げるチャイムが鳴った。


「あ、もう終わっちゃった。でも楽しかった」


 最後の「楽しかった」の一言が、いつまでも心に響いた。


 葉月さんとは、放課後また待ち合わせることになった。何でも、マッドサイエンティストを紹介してくれるという。また、別れ際にこんなことを言われた。


「そういえば、『それがし』ってなぁに?」



   ◇   ◇   ◇



 聖堂へと到る細い橋を駆ける。城には塔が二つあり、そのうちの一つの最上部には私の部屋。そしてもう一つの塔の最上部に聖堂はある。


 聖堂の下には特に何の設備もなく、巨大な柱となっている。神聖な場所なので、他に設備を置いてはならない、ということらしい。つまり、今の状況では逃げ場はないということだ。


 橋には欄干はあるが屋根はなく、吹きさらしになっている。下から吹き上げてくる冷たい風に煽られ、そのまま吹き飛ばされるのではないかという恐怖にかられる。この服では尚更だ。しかも、月がないので暗く、足元がおぼつかない。


 賊はまだ追って来ない。ひょっとしたらクイルクが足止めをしてくれているのかもしれない。だったら右の道へ引き返せば良かったが、もう遅い。


 なんとか聖堂の扉まで辿り着いた。振り向くと、賊が橋をのが目に入った。化け物か……! 身軽なターク族であっても信じられない。この高さ、幅の狭さ、風を何とも思わないのか? みるみる奴の姿が大きくなる。私は扉を開け、中に転がり込んだ。



   ◇   ◇   ◇



 ホームルームが終わり、荷物をまとめてると、教室に俺を訪ねてくる者があった。葉月さん、ではなく、優紀だった。


「おぉ、優紀。どしたぁ?」


「授業中、葉月七瀬とどっか行ったでしょ」


「う、うん……。そうだけど、何で知ってんだよ?」


 何となく後ろめたい気がするのはなぜだろう? そのため、つい語気が強くなってしまった。


「廊下通ったのが見えた」


 確かに授業中だったが、自習だったし、特に課題も出ていない。それくらいのアウトローは認められてもいいような気がしないでもないが……。


「何してたの?」


 なぜか優紀は詰問してくる。


「えー、何でもいいだろ」


「言えないことなんだ」


「い、言えなかないけど……」


「じゃあ、言えばいいじゃん」


「……異世界転移の話」


 逡巡したが、結局優紀の圧に負けて答えた。


「ふぅーん……」


「な、何だよ、」


「荻窪田だけじゃなくて、あの子もバカだったんだ」


「うるせーよ! あの子は……」


 バカじゃねぇよ、と言おうとしたが、学年最下位というフレーズがプレイバックし、言えなかった。


「もういい。帰る」


 俺は優紀を押しのけ、帰ろうとした。


「じゃ、私も帰る」


「いや帰らない」


「どういうこと?」


 いかんいかん。ついカッと来て、忘れるところだったが、葉月さんと約束してたんだった。


「いや、ちょっと……」


「あの子とどっか行くの?」


 なぜわかった! エスパーか? いや、こいつの場合、野性の勘というやつだろう。


「そうと限った話ではない」


「あ、やっぱそうなんだ」


「限った話ではないと言うとろうに!」


「だって、の時は必ずそういう風に言うじゃん」


 こういう時、幼馴染は不便だ。


「私も行く」


「え! 何で!」


「いいの! 行くの!」


「行くって、お前、葉月さんと話したことあるのかよ」


 そういや、優紀と葉月さんが話しているのを見たことがない。


「大丈夫だよ」


 何が大丈夫なのか、多分根拠は全くないであろうが、とにかくこうなったらこいつは絶対ついてくる。もうダメである。



「滝澤さんも異世界に興味あるんだ!」


「まぁ、そんな感じ」


「嬉しい! よろしくね!」


 なんとなく極めて心配だった優紀と葉月さんだったが、それは杞憂に終わった。方や正統派美少女、方や体育会系実は美少女。水と油、陰と陽という印象を勝手に持っていたが、意外にも友好的だ。


 やはり、女子というのは平和的と言うか。女子同士ならすぐに仲良くなれる。前々から思っていたが、非常に不思議だ。


 と、思ったのは最初だけだった。

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