第10話 異世界に行きます!

「じゃあ、大会とかはどうなるんだ?」


「んー、この感じだと、ちょっとどうなるかねぇ? 厳しい感じじゃないかな」


「そうか……、あれか? 高三だから、最後か……?」


「うん」


「そうか……。残念だな……」


 聞かなきゃ良かったかな。だけどやっぱり気になってしまう。高校最後の大会を取り上げられてしまったら、今まで何のために練習してきたのだろう?と思わないだろうか。


 スポーツに打ち込めるのは、多くの者にとって、高校生までだ。それを過ぎると、プロになるか、大学の部に入るか、或いは実業団か。いずれにしろ、選ばれた猛者たちだけが行ける道だ。趣味ではできるかもしれないが、真剣勝負となると、おそらく高校で最後になるのだろう。


「まぁ、大学の推薦には問題ないと思うけどね」


「大学?」


 失礼ながら、優紀と大学というのが結びつかなかったので、一瞬、虚を突かれてしまった。


「うん。幾つかの大学から、ウチの部に来ないか、って誘われてるからね。まぁ、夏の大会がダメでも、そっちで頑張ればいいか、って」


「え? そうなの?」


 猛者が案外近くにいた。


「そうだよ。言ってなかったっけ?」


「うん。聞いてない」


「あ、そうだったっけか。まぁ、そういうことなんだよ。むしろこれからが本番って感じかなー」


「本番?」


「そうだよ。ホントは高校の間に代表に選出されたかったんだけど、ちょっと甘かったかな。だから、大学では日本代表になれるように、頑張るんだ。これが最後のチャンスかもね」


「代表……。日本の……」


「だけどまぁ、今のウチの他の子たちには可哀そうかな。大抵の人にとっては、真剣勝負するのって、高校で最後になると思うからね。最後に燃え尽きさせてあげたかったかなぁ……」


「……」



「何やってんの、アンタ!」


「あッ!」


 味噌汁を口に含んだつもりがお椀が口にドッキングしていなかった。母ちゃんに言われて気付いた時には、貴重な植物性タンパク質がテーブルの上にこぼれてしまっていた。


「ボーッと食べてないで、しっかり口付けな」


 何だかえらい言われような気がするが、仕方がない。その通りだからだ。


 優紀と別れてから夕飯になるまで、自室のベッドに座ってボーッとしていた時からずっとボーッとしてしまっている。


 参ったナァ。綺羅星も優紀もちゃんと将来のことを考えていた。優紀に関しては、ある程度先まで、もう既に確固と決まっている。


 綺羅星にしろ、優紀にしろ、どこか下に見ていたところがある。その二人は俺よりも現実的に未来を見据えていた。


 いや、二人をのだろう。


 俺の数少ない、俺と親しく接してくれる二人だから、逆に俺よりも下であって欲しいと願っていたのだと思う。他の、俺とは関係のない奴らは上だろうが下だろうがどうでもいい。身近だからこそ、俺の方が上であろうと思いたかったのだ。そうやって心の平静を保ちたかったのだ。


 多分、そのことはずっとわかっていたのだろう。目をつぶっていただけだ。ただ今回のようなことがあって、それがきっかけとなって、目を開けただけにすぎん。


 いや、もっと言ってしまうと……。


「お前、」


「え?」


 父ちゃんが話しかけてきた。


「昨日のことは、ちょっとは考えたか?」


 またかよ。俺だって考えてはいるんだよ。


「まぁ、さすがに唐突だったからな。すぐには答えを出さなくていい。考えるだけ、考えてみてくれ」


「一応……、俺も大学は目指そうとは思う」


 父ちゃんの箸の動きが止まったのが、視界の端に見えた。


「そうか」


 見上げると、父ちゃんはそう言っただけだった。ただ、すごく嬉しそうな笑顔だった。父ちゃんのああいう笑顔を見るのは久しぶりのような気がする。



 それから数日後、期末の結果も出て(出来は聞くな)、夏休みを待つばかりとなった頃の放課後、先生に呼び出された。この時期になっても進路が決まっていない連中だけが呼び出されるのだ。


「どうだ、荻窪田。その後、考えたか?」


「はぁ、まぁ、一応……」


 俺は、なんとなく大学を受験しようかと思う。そして、公務員になる勉強をして、この町に戻ってくるのだ。大学、公務員。いずれにしろ簡単ではないと思うが、まぁ、頑張ってみる。


 綺羅星はフランス行くって言ってたな。優紀は日本代表か。


 思えば綺羅星は子供の頃からお人形さんみたいに綺麗な子で、頭も良くて、俺もあんな風に生まれたかったなぁって、いつも思ってたっけな。


 優紀は、あんなだけど、本当はすごく可愛くて、何よりスポーツやらせたら男よりも断然できて、何やっても一番だったな。小学生の頃は学校で断トツ一番で足速かったし。カッコ良かったなぁ。


「じゃあ、この用紙に希望進路を記入してくれ」


 ペラリと一枚、紙を机の上に置かれた。


 薄くて軽いなぁ。今の俺、どんな顔してんのかなぁ。そういや、随分長いこと鏡を見ようとしてないなぁ。小六のある朝だった。鏡に映る自分の顔を見て、俺、こんななのかぁ、こんなはずじゃなかったのになぁ、って、確かそんな感じに思った。以来、鏡を見るのが嫌になってしまった。


 俺だってなぁ、お前らみたいにカッコよくなりたかったんだ。ローエナやってた時は本気で勇者になれると思ってたんだ。だから最後まで、俺一人になってもやってたんだよ。


「どうした? 決めたんじゃなかったのか?」


 先生の言葉で、俺はシャーペンを握ったままだったことに気付いた。


「決まってます」


「お、そうか。でー、結局どうすんだ?」


「俺は……、俺は、異世界に行きます!」



   ◇   ◇   ◇



 後ろで、最後の一人であろう悲鳴が聞こえた。


 と同時に、床を跳躍する音。一気にけりを付けるつもりか。次の丁字路は目の前だ。そのどちらかに飛び込めれば僅かばかりは生き永らえることができるかもしれないが……。回廊の冷気のせいではない悪寒が背筋を走る。 


 その一方で、「まぁいいか」という思いも、ある。思えば下らない人生だった。で、あればいっそ……。


 その時、丁字路の右側から大柄な男が飛び出してきた。勢いで反対側の壁を蹴り、跳躍する。私の後ろ、いや真上と言うべきか、激しい金属音が鳴る。


「帝妃様! ご無事ですかっ」


「クイルク!」


 帝国最強とも謳われる戦士がまだ残っていた。


「遅いぞ」


 嬉しい気持ちとは裏腹に、そんな言葉がつい出てしまう。我ながら何とやら。


「ぐあ……、」


 呻き声の後、床に落ちる大きな音が聞こえた。声はクイルクのものだ。そういえばクイルクは雷属性が殊の外苦手だったな。


「ぐえッ」


 またしてもクイルクの声。おそらく踏まれたのだろう。


 雑魚のようにやられたが、丁字路を左へ飛び込む時間は作ってくれた。


 いや、左へ飛び込んで


 丁字路を右へ曲がれば城の奥へと到る階段がある。下へ逃げれば、まだ何とかなったはずだ。まだ衛兵も残っているだろうし、城の最深部へ行けば、構造を熟知している分、こちらに地の利がある。


 しかし、よりにもよって左側へと飛び込んでしまった。どうも一瞬迷った時、私は左に行く癖がある。思えば子供の頃からそうだった。その癖がこんな場面で凶と出てしまった。


 左には聖堂しかない。そこは行き止まりである。



   ◇   ◇   ◇

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