第6話 ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド

「あー! もー! つまんなーい! 飽きたー!」


 イの一番に根を上げたのは、やはり優紀だった。


「ちょっと休憩しよ」


「いや、休憩したら寝落ちできないだろ」


「えー、ホントにこんなんで異世界行こうとしてるの? 荻窪田ってホント、バカだよね」


「お前に言われたくない」


 実は、優紀は勉強が大嫌いで、俺よりも成績は悪い。頭の回転は決して鈍くはないので、勉強はやってできないことはないと思うのだが、とにかくじッとしていられない性格なのである。だから勉強と読書は優紀の最も嫌いな行為なのである。ただ、マンガはその限りではない。


「じゃ、そろそろゲームやろうか?」


 綺羅星は同意した。優等生だから余裕があるのだろう。


「えー、もうちょっと粘ろうよ」


 異世界転移したい俺はもちろん反対だ。


「大丈夫。夜はまだ長いよ」


 俺はハタと思った。そうだ、ゲームで寝落ちすればいいんだ。そもそも今日の目的は異世界転移である。勉強なぞ口実に過ぎん。


「そうだな。じゃ、休憩しようか」


「ねぇ、ピザ取ろうよ、ピザ! 今日美吉ンち行くって言ったら、お母さんから夜食代っつってお小遣いもらっちゃったんだあー」


「休むと決まったら急に元気出てきたな」


「うるっさい。じゃあ、荻窪田にはあげない」


「いやむしろ、もらってやらんこともない」


「何ソレ? ホントに荻窪田バカだよね」


「君らはホントに仲がいいなぁ」


「そうかね?」


「アンタ、どこ見て言ってンの?」



「毎度どうもー」


「ありがとうございましたー」


 バイトのお兄さんからピザを受け取り、それを持って二階へ上がる。


「ピザ届いたよぉ」


「待ってましたぁー!」


 出前のピザが届いたので、一旦ゲームは休憩。ピザの支払いは優紀で、泊めてもらう家は綺羅星、ということで、当然使いッパしりは俺が買って出た。もちろん、母ちゃんに持たされたお菓子は渡したが、それはそれだ。


「いやぁ、狩ったねぇ」


「テンション上がって、寝落ちどころじゃないなぁ」


「ホント、荻窪田ってバカだよね」


「うるさいよ」


「でも何でトロールなの? もっと龍とかモンスターとかじゃなくて」


「そこがいいんだよ」


「優紀クンはトロハン初めてなんだ?」


「うん」


「トロールって言っても色んなのがいるから面白いだろ?」


「首が三つの奴もいたよ」


「あれは首というより瘤なんだ」


「コブ? でも吠えてたよ」


「そういう瘤なんだよ」


「ふーん。キモいね」


「バッサリだな」


 心配していた綺羅星との仲は、一緒にゲームをやっているうち、徐々に改善されていったようだ。現状、普通に会話するようにはなっている。


「ゲーム機でゲームするの久しぶりだなぁ」


「サッカーで忙しいの?」


「それもあるけど、今は専らスマホかな。ちょっと空いた時間にできるからね」


「なるほど」


「ゲーム機と言えばサァ、昔あれやったよね、ローエナ」


「あー! やったやった! ローエナかぁ、懐かしいなぁ」


 ローエナとは、俺たちが小学生の時に流行った遊びのことである。


 小五の時に「ロード・トゥ・ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド」というテレビゲームが発売されたのだが、RPGのくせに舞台が一つの町のみで行われるという、ホラーゲームのような閉じられた設定だった。そのため、RPGの醍醐味の一つである未知の世界への大冒険に出ることもない。当然の如く話題にもならず売れもせず、シリーズ化されることもなく終わったゲームだ。


 しかし、我々が住む廻中町えなかちょうの子供たちには絶大な人気を誇っていた。


 というのも、このゲームの舞台となる架空の町「ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド」の作りが、ほぼほぼこの廻中町と同じだったのだ。


 町の道もほぼほぼ実際の道と同じだし、二つの池があることも共通してるし、位置関係もほぼ同じである。そして、この町一番の特徴である黒廻川こくえがわ白廻川はくえがわという二つの川に囲まれている、というのがそもそも共通している。この偶然性は一体何を意味するものなのだろうか?


 単純に地図データをそのまま拝借しただけの話なのだろう。確かに二つの川に囲まれた町というのは極めて珍しいと思うし、場所の設定としてはうってつけだ。ただそれを何のひねりもなく使うというのはさすがに芸がない。今思えば制作会社は割と弱小ゲーム会社なので、予算も時間もなかったのだろう。蓋を開ければなんて事はない話だが、当時小学生だった俺たちにとっては一大事だった。


 ゲームの世界が現実に展開されている。


 子供にとってはこれほど胸踊る状況もないというものだ。大人からすれば時間節約のためのちょっとした手抜きだったのだろうが(ちょっとしてないな、やっぱり)、そこに住む子供にとってはとんでもないプレゼントになることもある。


 そして小学生ならではの噂が広まった。曰く、このゲームと廻中町はリンクしている。


 アイテムの隠し場所をゲームで発見すれば廻中町のそれに当たるところに行き、湖にモンスターが出現すれば池に行ってみる。もちろん、行ったところでなにがあるわけでもないのだが、画面の中の場所が目の前にあるというだけでロマンがあった。そこには子供の目にしか見えない風景があった。何の変哲も無い景色にモンスターをまざまざと思い浮かべることができるのが子供の目である。


 このなんてことない遊びが当時の廻中町の小学生の間で流行ったのである。それを称して我々小学生はロード・トゥ・ジ・エナカチョウ、略してローエナと呼んだのだ。


「思い出したけどサー、あれ最後までやってたの荻窪田だったよね? ホーント、荻窪田って小っちゃい頃からバカだったんだね」


「うるさい。俺に言わせればみんなが飽きるのが早いんだ」


「あー、いるよね。周りの方がおかしいって言いたがる変な人」


「俺は変じゃない」


「そうだった。バカだよね」


「バカでもない」


「そーだ、オギクボタだった」


「フザけん……、そうだよ! 俺は荻窪田だよ! 人の苗字を悪口みたいに言うな!」

 横で聞いてた綺羅星が大笑いした。



 小鳥の囀りやカラスの鳴き声が聞こえ、カーテンはぼんやりと輝いているようだ。気付けば朝になっていた。そう、我々はオールしてしまったのである。


「結局、異世界転移どころか、寝落ちすらしなかったじゃん」


「そうだな」


「ホント、荻窪田ってバカだよね」


 ただでさえ友達の家に宿泊するというイベントに加え、深夜ハイが重なってしまった。おまけに久々にやったトロハンが殊の外面白かった。


「ゲームに夢中になりすぎだよ」


「一番楽しんでいたのは明らかにお前だ」


「……だって、面白かったんだもん」


 初めてやったらしく、意外にもハマッてしまったようだ。「キャー、キモーイ!」だの「うわっ! 来るな! 寄るな!」だの「許さねぇーぞー!」だの「オラオラオラオラオラオラ(以下略)」だの、ワンアクションにつきワンボイスのうるささであった。おまけに体育会系特有の張りのあるデカい声だ。それがほぼ一晩続いたのである。寝れるはずもなかろう。


「あー、そろそろ行かなくちゃな」


 それでもオールは体育会系の体力オバケである優紀のHPをごっそり削ったものと思われる。だるそうに立ち上がりながら、そう呟いた。


「帰るの?」


「いや、朝練」


「朝練? ……え! ひょっとして朝練って、サッカー部の?」

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