第8話 研究所行

 「エルヴィユ服飾店」を出てから10分ほど歩いただろうか。高級店の立ち並ぶ区域を抜けて、高層ビルや大きな低層の建物が並ぶ地域にやってきた。

 その道を進んでいき、庭付きの塀に囲まれた3階建ての建物が見えてきた頃。建物の入口のところでこちらに手を振る人物が見えた。髪色と頭の三角耳に見覚えがある。シルヴィだ。隣にはエタンとウラリーもいる。


「レオナール! マコト!」

「遅いぞ」

「お疲れ様」


 エタンが軽く文句をつけると、レオナールが苦笑しながら俺の肩に手を置いた。そうしながら三人に言葉をかける。


「すまない、三人とも。少々マコトのことで時間を要してしまってね」

「す、すんません、俺のせいで」


 話に出されて、なんだか申し訳ない気分になる俺だ。頭を下げると、シルヴィが俺の姿を見て嬉しそうに話しかけてくる。


「あ、マコト、ちゃんと服を仕立ててもらったんだ。似合ってるよ」

「あざまっす……で、ここが、その?」


 褒めてくる彼に礼を言って、俺は視線を塀の向こう側に建つ建物に向けた。

 大きな建物だ。建物手前の庭には駐車場があるようで、何台かの魔導車が停められている。ウラリー、シルヴィ、エタンがルノヴィノー村を出る時に乗っていた魔導車も、あそこの中に停まっているらしい。

 つまり、この建物が彼ら「砂地の輝石ビジューサブレ」の本拠地にして勤務先、魔法研究所ということなんだろう。

 俺の問いかけにレオナールがうなずいた。そして建物の門を通りながら話す。


「そう、ガリ王国が誇る古代魔法の研究機関、魔法研究所だ。私たちはこの研究所に所属して、古代魔法の収集、解析、記録、実運用を行っている」


 そう話しながら、レオナールは庭に据えられていた石製の看板に手をかけた。そういえば今まであまり意識しなかったが、この世界の文字はひらがなでもカタカナでも漢字でもないのに、普通に読むことが出来ている。これも異世界転移のお約束というやつだ。

 看板に手をかけてよりかかりながら、レオナールがウインクしてくる。


「そして、今日から君の所属先・・・にもなる、というわけだ」

「ひえ……」


 その言葉に小さく震え上がる俺だ。確かに「砂地の輝石ビジューサブレ」の一員になるなら、魔法研究所所属になるのは当然の話だ。

 しかし俺は今までフリーター、定職に就くのもこれが初めてだ。何というか、心穏やかではいられない。

 そんな俺の心中を知ることなく、レオナールが俺を先導するように歩き出す。ウラリーやシルヴィ、エタンも一緒に歩く中、俺も置いていかれないように後をついていった。

 建物の前まで来ると、自動的にドアが開く。どうやら自動ドアになっているようだ。エントランスの受付カウンターに立っていた女性職員が、レオナールに頭を下げる。


「バルテレミー上級部員、お疲れ様です」

「お疲れ様です、フォレさん」


 レオナールに声をかけてきた女性職員へと、レオナールも礼を返す。残りの三人も女性に頭を下げる中、俺を前に出させるようにしてレオナールが言った。


「こちらの彼の入所手続きをしたい。入場許可を出してもらえるかな」

「はい……ふうん?」


 フォレと呼ばれた女性職員の目が、そのまま俺に向く。俺の頭の先から足の先までじっくりと見たフォレが、くちびるを舐めながらレオナールに声をかける。


「異世界人とは、珍しい方をお連れになりましたね」

「ルノヴィノー山の洞窟にどこかから飛ばされてきたみたいでね。うちにとって有用だと分かったから、私が面倒を見ようと思っているんだ」


 フォレの発言にレオナールもうなずいた。やはりというか、異世界から召喚された人間というのはそうそういるものでもないらしく。

 納得したらしいフォレが、俺の方を向いた。そしてカウンターの内側から薄い板を出してくる。

 いわゆるタブレットのような機械のようだ。エタンやシルヴィが度々口にしていた、魔法板マジックボードのようなもののようにも見える。その機械と、ペンをこちらに渡してくるフォレだ。


「承知しました。お客様、こちらにお名前をお書きください。お使いの文字で結構ですので」

「あ、は、はい」


 言われるがままに、俺はペンを手にとって機械に自分の名前を書いた。自分の使う文字でいい、と言われたから、気にせず漢字で名前を書く。

 書き終えてから機械とペンをフォレに返すと、彼女は書かれた俺の名前を見てまたもくちびるを舐めた。


「ふうん、エキゾチックな文字ですね。まあサインは読めないことが常ですので、問題はありません。バルテレミー上級部員、こちらの方のお名前と年齢は?」


 やはりサインから俺の名前を判別するのは無理だったらしい。再び声をかけられたレオナールが、フォレの問いかけに腕を組みながら口を開いた。


「名前はマコト・サイキ。年齢は……いくつだったかな?」

「あ、えーと24っす」


 と、そこでレオナールの視線が俺に向いた。たしかにそういえば、年齢の話は今まで彼らにしたことはなかった。俺が年齢を答えると、機械にさらさらとペンを走らせたフォレがうなずく。


「マコト・サイキ様ですね、了解です。入場者登録が完了しましたので、こちらのタグを首からお下げください」

「あ、あざまっす……」


 そう言いつつフォレが差し出してきたのは、ペンダント型の金属片だ。レオナールたちが持っている身分証明のタグと近い形をしている。どうやらこれが入館証らしい。

 ルノヴィノー村を出る時にエタンが魔導車の認証の話をしていたが、こうしたタグが魔法的な機構によって身分証明や認証、果ては会計までやってくれるらしい。電子マネー機能もついているとは恐れ入った。

 入館証を首から下げて、俺はレオナールの後をついて魔法研究所の中を歩く。階段を登り、廊下を歩き。あちこちきょろきょろ見回しながら、俺はしみじみとつぶやいた。


「魔法の研究をやってるって場所だからなのかもしんないっすけど……結構、ハイテクっすね」

「不思議に思ったかい?」


 俺の疑問に満ちた言葉に、レオナールが視線をこちらに向ける。すると足を止めた彼が、廊下に設置された窓ガラスに手を置きながら話してきた。


「魔法っていうのは、生活を豊かに便利にするためのもの、という考え方が一般的だからね。生活に関連する魔法は現在でも広く研究されているから、ガリ王国市民の生活は案外豊かなんだ」


 ガラス窓の向こうでは、たくさんの職員がテーブルに向かってあれこれ作業をしたり、魔法の実践をしたりしている。見るに、この部屋の彼らが研究しているのはそうした生活関連の魔法・・・・・・・らしい。

 地球における科学技術が、つまり魔法で代替されているようなものだ。魔法を使っていろんな形で、この世界の人々の生活は豊かになっているのだろう。


「もちろん、魔法の普及が進んでいない国なんかはある。そうした国々にも魔法を広め、人々の生活を豊かにしていくのが、私たちの役目だ」


 そう話しながら、レオナールは再び歩き出す。その後を追いかけながら、俺はなるほどと感心していた。

 魔法は生活を豊かにするためにあるもの。生活に直結するような、水を出したり料理をしたりする魔法はもちろんのこと、生活とは一見結びつかないような戦闘用の魔法も、ある意味で生きるためには必要なものだ。納得しながら俺は口を開く。


「じゃあ、古代魔法の研究をしているのも……?」

「そう。魔物に対抗する武器に出来るからね」


 俺の問いかけにレオナールがうなずいた。なるほど、そういうことなのか。

 そうこうするうちに3階の奥の方、廊下の突き当たりにある部屋までやってきた。ドアの上にかけられたプレートには「所長室」と書かれている。


「さあ、ここが所長室だ」

「おお……」


 その扉に俺は目を見開く。このドアも自動ドアだ。やはり何というか、随分とハイテクである。

 するとレオナールが、ドア横に設置されたインターホンを押した。ピンポーンというベル音の後に、レオナールがそれに呼びかける。


「所長。『砂地の輝石ビジューサブレ』、入ります」

「入れ」


 レオナールの言葉に、短く返ってくる返事。さっと手をかざして扉が開かれると、中は所長室。こちらを出迎えるのはレオナール同様、額に宝石のようなものが埋まった初老の男性だ。

 銀色の鋭い瞳をこちらに向けながら、男性が厳かな声で言う。


「フォレ主任部員から聞いている。異世界人を連れてきたと」

「はい。古代魔法の研究、解析に有用な能力をお持ちなので、所員として迎えるべくお連れした次第です」


 所長の男性に、レオナールが背筋を伸ばしながら話す。彼がこんなにかしこまっているのを初めて目にした。やはり、相当えらい人物らしい。貴族なのかもしれない。

 と、男性の視線が俺に向けられる。切れ長の鋭い眼差しを俺に向けながら、男性は声のトーンを変えずに言った。


「詳しく話を聞かせてもらえるか」

「はい、さ、マコト」

「う、うっす……」


 男性に言われ、レオナールに背中を押され、俺はもうのっぴきならない状況だ。

 本当なら今すぐに駆け出して逃げたいのだけれど、そうも行かない。俺はごくりと生唾を飲み込んだ。

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