第6話 変身魔法

 乗り合い魔導車に乗ってジャッケ市まで行く間は平穏無事で、ジャッケ市で観光とか買い物とかもすることはなく、『ポータル』の席の切符を買って(レオナールが冒険者割引を使って切符を買ってくれた)、新幹線並みに速度出ているんじゃないかってくらいに高速移動して。

 『ポータル』の終着駅、王都ラングレー市駅に到着した後、俺はたまらずトイレに駆け込んでゲロゲロしていた。


「うぇっ……」

「大丈夫かマコト、具合が悪そうだ」


 俺の背中を心配そうにさすりながらレオナールが言うのに、口元を手首でぬぐいながら俺は返す。


「だいじょぶ、っす……ちょっと、酔っただけ、っすから」

「そうか……まぁ、『ポータル』の速度に酔う者はたまにいる、初めて乗ったなら仕方ないだろう」


 俺の言葉にこくりとうなずきながら、もう一度レオナールが俺の背中をさする。

 実際、ジェットコースターでもこんなにブンブン振り回されることはないだろうってくらいの速度と加速度だったのだ。山の間を縫うようにぐねぐね動くし、丘を登っては落ちるように下っていくし、よくまぁこんなものを公共交通機関として運用しているものだと思う。

 でもまあ、椅子の並べられた円盤はドーム状の結界で覆われて風も入ってこなくて安全だったし、魔物に行く手を塞がれても超スピードで突っ込んで切り裂いて突き進んでいったから、安全性という面では間違いないんだろう。結界が鋭く尖って魔物を真っ二つにしていったのは爽快だった。

 ともあれ、何とか呼吸も酔いも落ち着いて。ようやく立ち上がった俺の目に飛び込んでくるのは、トイレの個室の窓から見えるラングレー市の風景だ。


「ともあれ。ここがガリ王国の王都、ひかりみやこラングレーだ」

「はー……」


 小さな窓だが、そこから見える風景はものすごく綺麗だった。

 今いるラングレー市駅からあちこちに伸びていく『ポータル』の線路、その線路の間に広がる石造りの平屋建ての建物、視界の端には一気に高層ビルみたいな建物が立ち並んでいる区画も見える。

 イーウィーヤは異世界と聞いていたから、もっとこう、中世ファンタジーみたいな街並みだったりするのかと思っていたけれど、ルノヴィノー村でさえ結構ちゃんとした町だったのだ。ここは当然のようにそれ以上である。


「めっちゃ、近代的っていうか、綺麗っていうか」

「そうだろう? 街全体に最新鋭の魔導建築が活用されている。夜になるともっと美しいぞ」


 俺がレオナールを振り返りながら言うと、レオナールが自信ありげに口角を持ち上げて笑った。やはり自分の活動場所をよく言われるのは、異世界の人であっても嬉しいらしい。

 曰く、魔法による発電が広く行われているそうで、普通に夜でも街の明かりは消えないのだそうだ。なかなかに近代的な世界である。

 はーっと息を吐いたところで、レオナールが俺の胸元に視線を向けつつ言う。


「とりあえず、まずはマコトの服と靴を仕立てに行くところからだな。だがさすがに、その恰好のままで街を歩かれると問題だ」


 きっぱりと「問題だ」と言われて、俺は小さく身を強張らせた。

 確かに今までの町でも、変な目で見られたりとかはあった。なんなら『ポータル』でレオナールの隣に座っている時も、妙な表情を向けられたりした。居心地が悪いなんてもんじゃない。しかし、それ以上だというのか。


「そんなにっすか」

「ああ、ひどい時には投獄・・もあり得る」


 だが、さらっとレオナールが吐き出した言葉に、俺は背筋がぞわっとした。

 投獄。つまり逮捕されるというのか。ただ服装がみすぼらしいというだけで。

 思わず俺はレオナールにすがりついた。折角こうして連れてきてもらったのに、牢獄行きとか笑い話にもならない。


「じゃあ、あの、どうすればいいんっすか。なんか手段があるからレオナールさん、俺をここに連れてきたんでしょ」


 軽く絶望しながら声を上げる俺に、レオナールは俺をそっと押し留めながら魔導書を持ち出した。


「もちろんだとも。マコトがポータル酔いして洗面所に駆け込んでくれたから都合がいい。じっとして」


 なにか魔法を使おうとしているらしい。言われるがままにレオナールの服から手を離してその場に立つと、魔導書の1ページを開いて詠唱文句を口にした。


「アル・バルス・ディルマンス! の者はの者にあらじ、一時のに、の者の姿を偽れ! 変身トランスフォーム!」


 魔導書から発せられた光が、俺の身体を包み込む。と、途端に俺の全身に激痛が走った。おまけに胃の奥からせり上がってくるような吐き気を覚える。


「う、ぐっ、ぅ!?」

「苦しいし気持ち悪いと思うがすぐ終わる、声を抑えて」


 思わずうめいてその場にうずくまる俺に、レオナールが声をかけてくる。そうこうする間に俺の身体に異変が起こった。

 骨格が変わっている・・・・・・・・・のだ。二足歩行に適した身体から四足歩行に適した身体へ。身体の大きさも小さくなり、なんか腰から生え始めている感じもある。

 落としていた視線の先、俺の両手を黒い毛が包み込んでいるのが見えた。その毛がどんどんと広がっていき、腕、肩、身体。おまけに鼻も伸びてきて、みるみるうちに俺は全身真っ黒毛皮の獣に姿を変えてしまった。


「う、ぇっ!?」

「よし、これでしばらくの間、君はどこからどう見てもだ」


 あまりの姿の変わり様に俺が声を上げると、魔導書をしまいながらレオナールが微笑んだ。どうやら俺は、犬に変身させられたらしい。しかし犬になっても普通に喋れるのは驚いた。

 遠くなったレオナールの顔を見上げながら、俺は戸惑いがちに問いかける。


「こ、これも、魔法っすか?」

「ああ、変身トランスフォームの魔法だ。自分や他人の姿を、好きなように偽ることが出来る。危険な魔法だから、時間制限は必須だがね」


 俺の言葉にレオナールがうなずく。こんな魔法も存在するとは、さすが異世界。魔導書から魔法を発動させたところを見ると、これも古代魔法のひとつなのだろう。

 トイレの個室の扉を開けながら、レオナールが口を開いた。


「マコトは服を仕立てないとこの街をまともに歩けない。しかし服屋に行くにしてもその為の服がない。ならば、服を必要としない動物の姿に変身させればいい、というわけだ」

「おお……」


 困惑しながらも、俺は足を一歩踏み出す。四足歩行なんて今までやったこともないわけだが、しかし随分すんなりと歩けている。

 服とスマートフォンをレオナールに渡して、連れられながら手を洗い、トイレを出て、駅の改札を出る。何か言われたりしないかと思ったが、問題なく通ることが出来た。

 ラングレー市の街に出ながら、しかし戸惑って俺はレオナールの顔を見上げる。


「で、でも、犬の姿のままでどうやって店の中に入れば」

「そこは心配要らない、私の馴染みの店だからね。さ、行こう」


 俺の背中をぽんと叩いて、ラングレーの中心街へと歩き始めるレオナール。置いていかれないように、はぐれないようについていく俺だが、しかし見れば見るほどに大都会だ。東京都心部とかと張り合えるくらいには整った街並みだ。

 そうこうしながら歩いていくこと10分程度。明らかに高級な店の立ち並ぶ区域に入って、レオナールは一軒の店の前で足を止めた。『エルヴィユ服飾店』という看板を見上げながら、レオナールが俺に言う。


「着いたよ」

「すげー……すんなり来れたっすね」


 あまりにもすんなりとここまでやってこれたことに驚きつつ、俺も店の看板を見上げる。本当に、拍子抜けするくらいにすんなりだ。

 しかしもう一度言う。ここは高級な店が立ち並ぶ区画だ。当然この『エルヴィユ服飾店』なる店も、見るからに高級服飾店である。もっとユニクロみたいなファストファッションの店で安く済ませるかと思っていたのに、これはこれで怖い。


「でも、こんな高そうな店に、いいんっすか、俺こんなんで」

「大丈夫。ほら、入ろう」


 怖気づく俺に、もう一度レオナールが俺の背中を叩く。どうやら犬の姿のままで 店の中に入れというらしい。いいのか。

 半ばやけっぱちになって店の扉をくぐると、店内は意外と広くなかった。並べられた布のサンプルと、棚の中にある巻かれた布地、受付カウンターの奥には初老の、身なりの良い男性。男性の頭には鱗に覆われた角が生えているのを見るに、爬虫類系の種族と見える。

 その角の生えた男性が、レオナールの顔を見るに目を見開いてお辞儀をした。


「いらっしゃいませ……おお、バルテレミー様。いつもありがとうございます」

「邪魔するよ、フェルナン。今日はちょっと急ぎで服の仕立てをお願いしたくてね」


 フェルナンなる男性に返事をしながら、気安く手を挙げるレオナール。本当に、随分親しい間柄のようだ。おそらく馴染みの店というのに嘘はないんだろう。

 俺がぽかんと口を開いていると、レオナールが俺を見下ろしながら手を差し出す。


「マコト、彼が服飾職人のフェルナンだ。私の顔馴染みで、ラングレーで一番の職人だよ」

「お、お願いしますっす」

「ほう……」


 犬の姿でいるままなことに恥ずかしさを覚えながら頭を下げると、フェルナンが俺の姿を見て目を見開いた。しばし俺を見つめてから、フェルナンは苦笑しつつレオナールに視線を移す。


変身トランスフォームを使ってまでここにお連れするとは、この御仁、相当ひどい風体ふうていでいらっしゃるのですな」

「ああ、すまないが彼の服を頼みたい。出来れば今日中に」


 フェルナンがそう言うと、レオナールが困ったように微笑みつつうなずいた。ひどい風体であることはもう、言い訳のしようもない。

 事態を把握したフェルナンは、うなずきつつカウンター横の扉を開いた。奥は工房になっているようで、ミシンや織り機が並んでいるのが見える。


「お任せください、すぐに仕立ててみせましょう。さ、そちらのお方。採寸いたしますのでどうぞ中へ。変身トランスフォームはそのままで結構ですので。入ってから解除いただきますから」

「あ、はい……」


 俺を中に案内するフェルナンの後をついて、俺は工房の中に入っていく。

 中に入って扉を閉め、部屋に通されるや変身トランスフォームを解除されて、裸体を晒すことになった俺は、もう恥ずかしさのあまり死にそうだった。裸のままで採寸されたのも本当につらかった。

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