嘘だろ?



 それから検査も含めて一週間は入院して、本日退院と相成った。


 で、帰る家なのだが何故か既に引き払われてて、お金持ちの豪邸まで送り迎え付きで移動……、いや護送された。


「…………? あれ、ごめんこれ、俺の事なのに何一つ分からないんだけど」


「お兄ちゃんは分からなくて良いの。分かったら無茶するんだもん」


 ふむ、とりあえず妹からの信用が地の底まで落ちたのは理解出来た。


 おかしいな、こうならない為に頑張ったと言うのに。


 いくらぎ込まれてるのか、想像すら出来ないくらいに『ザ・高級車』といった雰囲気の車両に乗って移動する最中、最愛の妹からずっとジト目を貰ってる。


 住んでた場所を勝手に引き払うとか、絶対マトモな方法じゃ無理だと思うんだけど、いったいどれだけの権力を持ってたらそんな事が可能なのか。


 そうして向かうのは勿論、入院費を全額負担してくれた花田ファミリーのお宅だ。


 俺が入院してる間もルミはずっとお世話になってるそうなので、そこに俺も加わる形だ。


「お兄ちゃんは今回、頭の怪我も治して貰ったからもう無茶もしないと思うけど、無茶した事実は無くならないんだからね」


「…………ん?」


 全身ボロボロだったから、そりゃ頭にも怪我くらいしてたとは思うけど。でも無茶した事に頭の怪我が関係するのか? 無茶したから怪我したのに? 前後関係おかしくない?


 まぁ良いか。とにかく妹からの信頼はド底辺らしいので、これから頑張って回復して行こうと思う。さしあたって仕事への素早い復帰が喫緊だ。


 仕事道具は全部失ったし、カードもほぼ全部失った。めちゃくちゃ辛いのがスライムボックスを失った事だ。どこ行った俺のスライムボックス……!?


 俺の稼ぎに於いてアレが一番重要なのに、グリフォンとの戦闘で紛失したらしい。


「……装備品どうすっかなぁ」


「ッ!? お、お兄ちゃん、もうお仕事するつもりなのっ!?」


「ふぇ……? いや、そりゃ当たり前だろ? 貯金なんて無いんだし、稼がないと……」


「お兄ちゃんのバカー!」


 何故だ、何故に怒られる。貧乏には休んでる暇なんて無いというのに。強いて言うなら貧困が悪いのであって、俺が悪い訳じゃない。


「えーと、ハジメくん? 流石にもう暫くは休んだ方が良いと思うよ? 心身共にしっかり回復するまで、ウチでゆっくりしてくれて良いから」


「でも、入院費に治療費に、掛かったお金を全部出して貰ったのに、そこまで甘える訳には…………」


 それじゃ完全にヒモである。ヒモは妹に胸を張れないだろう?


「いやいやいや、君にして貰った事を思えば、まだ全然恩を返し終えて無いくらいだよ。むしろそんなに早く出て行かれたら、恩返しのチャンスが無くなっちゃうじゃないか」


「でも…………」


「でもじゃないの! お兄ちゃんは休むの!」


 味方が居ない。俺は休まざるを得ないそうだ。


「お兄ちゃんが働くって言うなら、ルミもついてくからね!」


「は? いや、ルミは学校があるだろ? ちゃんと勉強しないと……」


「お兄ちゃんだって、ルミのせいで学校なんか行けなかったもん! ルミだけ学校行くのおかしいもん!」


 そりゃ、誰かがお金を稼がないと生きていけないんだし、仕方ないだろ。流石に学業に意識を割く余裕なんて無かった。


 人は生きてるだけで金を使う。住む場所は家賃を取られる。水が欲しければ水道代が掛かり、火が欲しければガス代も、家電を使って便利に生きるなら電気代も必要だ。


 何も無くても税金は発生するし、明日も変わらず生きるなら食費が掛かるし、最低限でも人間で居たいなら衣服を買って肌を隠す必要もあり、それを洗うのならば洗剤等を買う雑費が発生する。


 本当に、人とは呼吸をするだけでも夥しい程の金が掛かる生き物だ。


 そんな中で、妹が明日も呼吸を続ける為のお金を誰かが稼がなくてはならない。誰が稼ぐのか? 俺しか居ない。


 学校なんて行ってる暇は無かった。百円の計算を覚える前に百円を稼ぐ方法を覚えなくては生きられない。


 十歳からそれなので、実は俺の最終学歴は『小卒』である。中学すら行けてない。


「なぁルミ? これはもう、誰が悪いとかって話じゃないんだよ。雨が降ったら傘を差す。服が汚れたら洗濯する。お金が無いなら稼ぐしかない。そういう当たり前の話で…………」


「…………やだもん。もう、お兄ちゃんが辛いのは、やだもんっ」


 いや、別に辛く無いよ? 自分の稼いだお金でルミに美味しいものを食べさせるって、控え目に言って世界一楽しい事だからね?


「ハジメくんは、学校に行けてないのかい?」


「え? 八年前にワールドブレイクが起きてからこっち、行政はもう経済的弱者を助けてはくれませんからね。両親を失った孤児は死ぬほど働くしか生きていく方法が無いもので……」


 と言うか、別に俺だけの話じゃない。ワールドブレイクで両親を失った子供なんて、それこそ本当に山のように居る。なんの比喩でも無く、掃いて捨てても一切減らないほどに。


 俺が特別不幸なんて事は一切無い。俺と全く同じ状況に居る奴を五人は知ってる。ワールドブレイクで両親を失って、当時二歳前後の妹や弟を養う為に十歳前後の年齢から働き出して家族を養う三番区住みの孤児。そんな条件を絞っても俺の知るだけで五人だぞ?


 条件を絞らなかったらそれこそ本当にどれだけの人数がそうなのか、検討も付かない。


「なら、今更でも通ってみるかい? 八年前からって言うと、今から高校や大学は無茶だろうから、子供に交じって中学校って事になるけども」


 え、いや、別に要らな────


「それ! それ良い! お兄ちゃん、学校にいこっ!?」


 断ろうかと思ったらルミが凄く乗り気になってしまった。


 え、嘘だろ? 十八歳の俺が今更、中学校に通うの? 悪夢か?


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