ep.2-3 私たちの恋は、お金になるじゃないですか(七海視点)
――上矢組はいつも賑やかだね~
――寧々子も上矢組に取り込んだんだ。よく捕まったね。いつも、気づいたら一人でどっかいっちゃう子なのに
昼休みが終わり、わたし達が教室に入ったところで実花と夕莉から声がかかる。
エタ・サンでの繋がりではあるけれど、知らないクラスメートから見ると変な集まりに見えるのかも。
てか、上矢組って――、にいさん筆頭なんだ。
まー、実際にいさんを中心に集まってるんだろうけど。
里桜も、音子も――わたしも。
「あのバカねこ……じゃなくて、寧々子って一年のときから変な子なの?」
「うーん、変っていうか孤高の存在? 特定のだれともつるんでるところ見たことないし。だいたい昼に食堂で見かけるくらいかなーって」
「ふーん」
「なんか、一人が好きなタイプなんじゃないかって夕莉ともよく話してたんだよね。教室でも基本ずっとイヤホンつけてるから中々話しかけづらくってさ」
『一人が好き』な、『孤高の存在』……?
そういう風に見えるのか、わたしにとったらだいぶ迷惑なかまってちゃんに見えたんだけど……。
実際、朝の出来事以降は食堂にもちょこちょことついてきたし。
「ありがと、なんか懐いちゃったみたいだから、当分上矢組で面倒みるね」
「あはは。なにそれ。七海やっぱりおもしろいわー」
どうしてわたしが、わざわざクラスメートの源寧々子のことを調べているか、というと。彼女、水無瀬音子がにいさんの筆頭攻略対象だから。
里桜のイベントスコアがリセットされたことで、実質にいさんの告白イベント対象者は音子に絞られていて、だからこそわたしのアソシエイトとしての仕事上、彼女とのイベントを成功させる責務があったりする。
――なんか、複雑だけど。
わたしは里桜のにいさんへの気持ちを知ってるし、できれば私情でいえば……ふたりの恋愛を応援したいって気持ちもあって。
(それでさえ、どこかもやもやしたりもしてるんだけど……ね)
もちろんアソシエイトにプレイヤー同士の自由恋愛を阻止する権限なんてない。
だから、にいさんが彼女を好きで、イベントを進めるのであればそれは、それで……なんだけど。
――アソシエイト
当の本人である、水無瀬音子からそんな呼び出しを食らっちゃってるんだよね。
***
『いつも、気づいたら一人でどっかいっちゃう子』
その通り、放課後教室内で探したときにはもう、彼女はいなかった。
仕方ないので呼び出し先の屋上に向かう。
「……ああああ、なんで開いてないのぉ! なに、屋上ってだいたい開放されてるもんじゃないの? アニメとか漫画じゃだいたいここで話してるじゃない!」
「あー、もぅ。こういうときどうすればいいんだっけ、職員室? 担任に言えばいいの? あ……でも理由聞かれちゃうかな。うーん……決闘したいから開けたい! 言えるか~~~!!」
4Fから屋上に向かう階段の上、扉の前でがちゃがちゃとドアノブを回しながらノリツッコミをしている生徒がいた。
うん、こんなバカほかにいない。
水無瀬音子だ。
「――なにやってんの?」
「あ……ああああ。アソシエイト007もう来たの!? はやくない? ……仕方ないですね」
「急に真面目な顔して”仕方ないですね”じゃないわよ。いまどきどこの学校も屋上なんて開放してないでしょ、危ないんだから」
「あ……あぅ」
音子ちゃんは右手はドアノブだったが、左手になにかを持っているのがきになった。
「ねえ、そのジュース、なに?」
「……一緒に飲もうかと」
「さっき決闘とか、言ってなかった?」
「……いや、でも、だいたいこういう秘密のお話をするときとかって、アニメとかだと、なんかバーとかでグラスを合わせてるし……とか思っちゃいまして」
「いや、ここバーじゃないし。まぁ屋上にすら行けてない踊り場なんだけど。ま、いいや。何買ってきたの?」
「んー、コーラとアイスコーヒー。アソシエイト007がどっち好きかわかんなかったし」
「いや、待ってそのまえにそのアソシエイトなんとかって呼ぶのやめよ? なんか聞いててすごく恥ずかしい。朝、七海ちゃん大好き~って言ってたじゃん」
「あれは! 先輩のまえだから……、敵を欺くためには大事なことでして」
要するに、この子はわたしを恋敵としてマークしていたってわけね。
「わたしはどっちも飲めるんだけど、音子ちゃんはブラック飲めるの?」
「あ……飲めないです」
「じゃあコーヒーのほうをもらうね、もう屋上は諦めて、ここで座って話そ?」
「……うん」
上ってきた階段のもっとも上の段に腰をおろして、足をしたに伸ばす。
わたしのほうが二段ほど先まで足先が伸びてる。
「足長いっすね」
「体格差の問題でしょ」
「うらやましーっす……」
「で、話って何? さっき秘密の話とか言ってたけど」
左に座る音子ちゃんの表情は複雑だった。
不機嫌そうでもあったけど、どこか楽しそうにもみえる。
コロコロと表情をかえる子だとは、にいさんのデート中の映像で知っていたけど。リアルでもそれは変わらない。
ゆえに、本心が見えない子でもあるのだけど。
「アソシエイトが動いたってことは、そろそろ先輩もBAN対象っすか……?」
(そう来たか~。いきなり核心、これはそういった噂を払拭できていない運営のせいだけどね)
エタ・サンのプレイヤーは恋愛シミュレーションを攻略するゲームを楽しむ権利がある。それと同時に、恋愛を進めることを強要されるルールもある。
あまりにも長くログインしないプレイヤーや、告白イベントを進めないプレイヤーにはペナルティがあり、恋をすすめるように促される。
先日の里桜とのイベントステのリセットなどもその一つだ。
BANまでされるっていうのは明記されていないんだけどね。
それも、事実だったりする。
「んー、そういう噂あるよね」
「噂じゃ、ないんじゃないですか!? 私、先輩がいないエタ・サンの世界なんて嫌です」
「どうして、そう思うの」
「だって、私たちの恋は、お金になるじゃないですか」
そう、それは利用規約にも明記されている。
エタ・サンでの恋愛は、そのシナリオの二次使用を想定されたものだ。
その会話はログとして開示され、外部からログを見るときにはアフィリエイト広告が入る。
それだけではない。
ノベライズ、コミカライズ、アニメ化なども視野に入れたゲームとしてプレイヤーを募った経緯がある。
だから、恋を進めることは、ある意味ではプレイヤーの義務。
「……あなたの、アソシエイトとしての動きはさすがと思ったっすよ。あの教室でのキスは先輩にむけたものじゃなくて……里桜さんへの当てつけだったんですよね。思惑通り、里桜さんは今日すごく可愛くなって登校してきてたわけで――」
「……」
「私も……悔しいっておもったっす」
彼女の言うように、あのキスにはそういう意味があった。
だからわたしは、アソシエイトとして大胆に動くことができた。
でも――
(だれも見ていない二度目のキスは……、あれは何の意味があってのことなんだろう)
「私……最初、先輩が何度もデートしてくれて、私と居るのを楽しんでくれてるって思ってたんです。でも……教室で話聞いたら、先輩はオンゲって知らなくて、純粋にゲームとしてエタ・サンをプレイしてたって知って」
「……うん」
「だから、イベントCGのコンプリートのためだったんだなーって思っちゃって……。私への恋愛感情とか……ないのかなって!!」
堰を切ったように言葉を放つ彼女に、わたしは相槌を打つことしかできなかった。
そもそもが、部外者であるアソシエイトが、そこに触れていいのかもわからないけど。
水無瀬音子というプレイヤーが、本気で恋をしているということは伝わってくる。
「私くやしいんです。このまま先輩がBANすることになったら、私が先輩に恋をさせてあげられなかったからじゃないっすか。そんなの……嫌なんです」
違う。それだけじゃない。
アソシエイトであるわたしの力不足だ。
「それは違うよ」
「どう、違うんですか」
「わたしのせい、わたしがうまく管理できていなかったから」
飲みなれないブラックのコーヒーは、やっぱり口に苦い。
それでも冷たさは心地よかった。
「……邪魔しないんですね」
意外な言葉を口にする音子ちゃん。
わたしは思わず彼女の瞳を見つめてしまった。
目一杯に涙を浮かべた彼女は、それでもその零れだす一歩手前で我慢しているようだった。
「私……最初、七海ちゃんが先輩との恋を邪魔してるかと思ってたんです。でも……里桜さんとの会話とか……今話してても、ちゃんと、アソシエイトしてるっていうか――だから驚いたっす」
わたしはその言葉を聞いて、少し考える。
個人的な感情に流されたりしないわけじゃない。わたしも、わたしの気持ちをわからなくなることもあるし。
だから、そんなにちゃんとしたアソシエイトじゃないのかもしれない。
「さっきね、音子ちゃんが言ったじゃん。”私たちの恋は、お金になる”って、ね?」
「はい……」
「それはちょっとだけ間違え。あなたたちプレイヤーの恋だけ、だよ」
「……もう一つの噂のことは?」
「それはほんとに噂。わたしはそういうの聞いてないし、キョーミなし! あ、そうそう。わたしね朝も言ったけど運営にちょーっと腹立ってんの。だから教えて、あ、げ、る! 夏まで、暦のうえでの7月までがにいさんの期限。それまでに、にいさんを惚れさせてあげて、恋をさせてあげてね。なんつって」
一瞬驚いた顔をした音子ちゃんは、蓋を開けずに手にしたままのコーラのペットボトルを額に押し当てて、少しだけ考えた様子だった。
「……七海ちゃん――、私がんばります」
そう最後に返してくれた。
もう一つの噂のことはそれ以上彼女は何も言わなかった。
シナリオをただ面白くするために、アソシエイトの恋愛イベント参加を運営が予定しているなんていう、そんなデマのことは。
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