【第2話】海猫はネコ科じゃない

ep.2-1 にいさんへの告白ととれる発言は――

『――わかってますってば!』


 くぐもった声ではあるが、お隣さんが今日は朝からバタバタと騒がしい。

 まぁ、お隣さんってことは位置からして義妹なんだけど。


 バタン、バン――!

 勢いよく何かの扉を閉じる音であったり……。


『はい、はい、はい、はーい……!』


 誰かと通話をしているような声だったり。


(こんな朝から、誰と通話してんだ? 親御さんとかかな)


『だーかーらー、それは、ごめんなさいって言ってるじゃないですかぁー!』


 時間としてもそろそろ家を出なければ学校に遅れるといった時間で、まぁ、他所事といえば他所事なので俺は、気にせずに仕度をし、玄関の扉を開けた。


「はい、はい――わ、か、り、ま、し、たっ! がっこーあるんで切りますよっ。本業は女子高生なんですからね!! あー、もう。サイテー!」


 ちょうど同じタイミングで扉を開けたナナと鉢合わせることになったのだが。


「え? あれ。あー。まだ繋がってます……? あ、はい。はい。すみませんでした! って……えー、あー。タッチ反応悪ッ! うまく切れないじゃん。あ、切れた」


 水色のカバーをつけた可愛らしいスマホを、荒々しく扱う。

 何度かカチカチとネイルアートの施された指先を液晶にたたきつけるようにタッチし、ようやく通話が途切れたようだった。

 

 そして視線をやっと液晶から離したタイミングで、ナナは俺に気づいた。

 

「ナナ……おはよ」

「――あはは、にいさん……おはよう。聞いてた?」

「朝から粗ぶってんな。親御さんか?」

「……あー、うーん。ちょっと違うけど、似たようなもん」

「そっか。まぁあまりストレス溜めんなよ? 禿げるぞ」

「は……はげ!? え、え」


 ナナはつむじあたりを両手で押さえながら指さきで確認する。

 もちろん禿げてはいないから地肌は出ていない。

 それでも、心配そうに俺に、ちょっとみて、ちゃんと確認して! わたし、禿げてないよね!! なんて言ってくる。


「冗談だから、心配すんなって」

「ほんとー? にいさんの冗談は心臓に悪いんだけど」

「だから悪かったって」

「あ。悪いって言えば……昨日、にいさんが戻るまえに用事できちゃって会えなくてごめんね。一応DMだけじゃなくて直接言っておきたくて」

「いいって、珍しいなとは思ったけど。用事は済んだのか?」

「うん。もう大丈夫、もう平気」


 お互いにそれぞれ玄関扉に鍵をかけ、エレベーターに乗り込む。 

 6Fから1Fまで降りて、エントランスを抜ける。

 

「――んー、里桜ちゃんとはどうだった?」

「まぁ、まぁまぁだったんじゃないかな、一応クリアしたし」


 良いデートだったと、思う。

 ゲーム攻略として言えば、手ごたえがあった。

 実際にイベント後のAIによる評価値はA、無事にステップがあがり、次回はLv②のイベントが可能だと運営メールが届いていた。


 なにより……桜ちゃんの、本当の気持ちが聞けて。それが素直に嬉しかった。


――ほんとは、ヒロくんがほかの誰かとデートしてるってのも、嫌だなとか。寂しいなって思うこともあった――あったんだよ


 たぶん、こうやってナナと一緒にいることももしかしたら彼女を苦しめているのかもしれない。なんてことも思うくらいには。


(俺は……里桜のことを気にし始めているのかもしれない)


「んー、そういうゲーム進捗としてってよりは……心の問題っていうか。うーん。でも――聞かなくても、わかっちゃうね。その顔見るとさ」


 ほそぼそと口にするナナの言葉。

 そのすべてを聞き取れずに俺は聞き返した。


「ん?」

「なんでもないですよー! ところでまだMAXの子が残ってるのですが、どうするつもりですか? おにいさま」


 なんだよその言い方は……。

 もう一人か――


(水無瀬音子……音子ちゃんか。可愛い子だけど……積極的すぎてちょっと怖いんだよなぁ)


 俺がスマホでエタ・サンのアプリを眺めていると、ナナの視線が先の一点に向いているのがわかった。

 それは駄菓子屋の前の自販機。

 その、裏側に向いていた。


「どうか、したのか?」

「ふふーん……べつにー? あ。でもにいさん。里桜ちゃんに絞るんだったらーー、もう一人の子はよくない? 一回リジェクトしちゃってさー」


 リジェクト……拒否か。

 そういった判断にあまり口出しをしないナナからの言葉で気になったが。

 なによりナナの挑発的で楽し気なその言い方がより気になる。


 ザザ、ザザ。


 自販機の裏、

 雑草が生い茂るあたりで音がする。


 明らかにナナが気にしているのはそのあたりだ。


「たしかー。水無瀬音子って子じゃなかったかな~? ねー、にいさーん」


 ザザ、ザザ。

 ザザ、ザザ。

 

「たしかアプリからできちゃうよね、リジェクト」

「お……おぅ」


 そう言って俺のスマホを覗き込むナナ。

 その瞬間だった。


「だめ~~~~~!! 先輩と、音子の関係を消しちゃだめだってばー!!」


 自販機の裏から飛び出してきたのは、一人の女子高生だった。

 小柄で、くせ毛のショートボブの女の子。

 

「え……源さん? なんでこんなとこに……というか、今の言ってたのって……」


 その女の子の制服は、俺たちとおなじ海青のもので。

 誰なのかはすぐにわかった。

 なにより、一年間ともに同じ教室で授業を受けたクラスメートでもあるのだから。


 源寧々子みなもとねねこ

 あまり特定の誰かとつるんでいるところを見たことがない、不思議な子だった。


 俺が実際に彼女の存在を意識したのは、食堂でたまに見かけるからで。

 そのときもずっと一人で、常にイヤホンをつけているから声をかけるようなこともない、それくらい接点のない子だ。


 だから、まともに彼女の声を聴いたのも初めてだ。


「……うわぁぁぁ。出てきちゃったよ! 私のバカ! えぇ、どうしよ。私もしかして消されちゃう? BANされちゃう? どうしよ~、ああああー」

「落ち着きなさいってば……源さん。ううん、水無瀬音子ちゃん」

「……あぁぁぁぁ、やっぱりバレてる~~~だぁぁぁ。ごめんなさいぃぃ」


 俺はあまりのことに理解するのに時間がかかったが、どうやらこういうことらしい。

 クラスメートの源寧々子は、エタ・サンのプレイヤー、水無瀬音子。

 先日の七海とのこキスの騒動を見てから、居てもたってもいられずに、この二日間ずっと尾行をしていた、と。


「いつから気づいたんですか~~河野さん」

「七海でいいわよ、んー……食堂でちらちらこっち見てたし……じつはいるなーって思ったからラムネ買うついでに確認したりしてたわけ」

「そうだったんですね……、あの、ほんとに私、消されません?」

「ほんとだったらペナルティだけど、わたしも今日ちょーーーっと運営に腹立ってるから内緒にしてあげる」

「ほんとですか? ほんとですかー? 七海ちゃん大好きっす!! あ。先輩のことはもっともーっと大好きっすけど!!」


 通学路の途中、ほかの生徒も増えてきているなか大声で叫ぶ寧々子さん。

 声だけならまだしも、ナナへと抱き着いているものだから怪しい集団だと思われかねない。

 

(大好きっすって言われるのも、あまりにもデートの度にいわれるから、あまり響かないし。良い子なのはわかるけど。なぁ)

 

「あ。まって、いまのはだめ。にいさんへの告白ととれる発言は、運営がゆるそーが、神がゆるそーが、わたしが許さないので。ご理解願います」

「……はーい」

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