22.贖罪

 カーラを馬に乗せ、エリザが王都に帰還したのは翌日の昼過ぎだった。

 あの場で自害でもしてしまいたい衝動に駆られたが、カーラをそのまま放置するわけにも行かず、恥を忍んで連れ戻ってきた。

 きっとアリーチェにも恨まれていることだろう。そう思うと、気持ちはさらに沈んだ。


 王都に着くと、ジアードの遺体を連れ帰ったときと同じく、バルナバが対応してくれる。

 バルナバの表情は変わらなかったが、きっと落胆しているに違いない。どれだけの人の期待を裏切ってしまったというのか。


 ……吐きそう……。


 いっそのこと、カーラを死なせた罪で処刑してほしい。

 この首を斬り落とされたなら、少しは楽になれるかもしれない、と。


「エリザ……疲れておるだろうが、着替えて謁見じゃ。陛下に事態の報告をしてくれ」


 エリザはこくんとうなずくしかなかった。

 カーラをバルナバに任せ、エリザは予備の騎士服に着替えると、いわれた通りに城に向かう。

 体がだるく重く、足がなかなか前に進んでくれない。晴れた昼間の日差しは明るいはずなのに、世界が真っ暗に見える。

 頭がなにも働かず、ぼうっとしているのが自分でもわかった。

 なんとか城に入ったところで、バルナバが迎えに来てくれた。どうやら気遣いの言葉をかけてくれているようだったが、一向に耳に入ってこない。

 ふらふらしてまともに歩けないエリザを、バルナバは支えてくれていた。


 エリザが連れていかれたのは王の間ではなく、先日使ったばかりの軍議室。そこで王と王妃が、肩を寄せ合いながらエリザの到着を待っていた。

 当初の計画ならば、この報告はカーラがしていたはずだ。カーラとエリザが囮となり、王女と王子をアリビに逃すことができたという、喜びの報告だけのはずだった。


 私が勝手に作戦を変えたから……


 最初から予定通りに作戦を決行していれば、カーラが死ぬことはなかっただろう。

 エリザが落馬してもすぐにカーラに助けてもらえたはずだし、ラゲンツの兵に手を掛けることもなかった。恨みを買わなければ、エリザたちをリオレインに追い返すだけで矢を放つことはしなかったはずだ。


 王と王妃の前まで足を進めると、エリザは膝を折って首を垂れた。


「申し訳……ございませんでした……私が至らぬばかりに、カーラ様を……っ」


 少しの沈黙のあと、王の声がエリザの頭上から降りてくる。


「ルフィーノとアリーチェは、無事アリビに行ったのだな?」

「はい。護衛騎士とともに入国できた模様です」

「そうか……」


 ほっと息を吐く音が伝わってきたかと思うと、王の足が視界に入った。

 ぎょっとして少し顔を上げてしまうと、王がゆっくりと足を折って視線をエリザに合わせてくる。


「陛下……!?」

「ご苦労だった。カーラのことは残念だが、死期が少し早まっただけのこと。私も王妃もカーラも、ルフィーノたちを逃してくれて感謝している」


 悲しくも優しい顔をしている王は、心の底からエリザを労ってくれているのがわかった。だからこそ、居た堪れなくなる。そんな言葉をもらう資格などないのだと、泣きそうになる。

 しかしエリザがなにかをいう前に立ち上がった王は、バルナバに向かって声を上げた。


「時間がない。カーラの埋葬の準備を急がせてくれ」

「っは」

「それと、この者も……な」

「心得ておりまする」


 バルナバが返事をしたかと思うと、立つように促されて退室する。

 入れ違いに別の騎士が中に入っていき、なにごとかを報告しているようだ。


「もしかして……事態は切迫しているんですか……?」

「ああ、再びラゲンツ軍がこちらに迫っているようじゃ。といっても、ほとんどが寝返ってしまった元はこちら側の人間だがの」


 またセノフォンテが……そしてシルヴィオとロベルトがやってくるかもしれない。この国を、滅ぼしに。

 今度は戦わなくてはならないだろう。もうジアードは、この世にいないのだから。誰も侵攻を止められる人は、いないのだから。


「エリザ……今ならまだ間に合う。会いたい人がおるなら、会いに行ってはどうかね」


 会いたい人といわれて真っ先に出てきたのがジアード、続いてシルヴィオとロベルトだった。


 会いたい……でも行けない、とエリザは首を横に振る。


 守るべき人を守れなかったどころか、自分のせいで死なせてしまったのだ。

 カーラがいなくなり、ここにとどまる理由がなくなったのは確かだが、これ幸いと自分が生き延びるために国を出ることはできない。否、したくなかった。

 ジアードが守りたいと思っていた人たちを守り抜く。つまりは、王族を。

 カーラの思いも同じだったことだろう。軍人であるカーラは、誰より身内を守りたいと思っていたはずだ。だからこそ、王子たちの亡命に積極的だったのだから。

 もしカーラが生きていれば、全力で王と王妃を最後の瞬間まで守っていたに違いない。


 私は、ジアード様とカーラ様のご意志を受け継ぐ……!


 それはエリザがカーラにできる、唯一の贖罪だ。

 自決や処刑を望んでいる場合ではない。

 ジアードとカーラがやろうとしていたことを、代わりにエリザがやる。

 二人のように強くはないから、すぐにやられてしまうだろうけど。

 それでも、最後まで……全力で。


「まだ、覚悟は決めんでええ。カーラの葬儀を夜に行うから、それまでゆっくり眠っておくんじゃ」


 燃えたぎってきたエリザの頭に、ポンとバルナバの手が置かれる。

 考えを正せ、といわれた気がした。時間いっぱい考えろと。

 それでも、結論が変わるとは思えなかったが。


 疲れていたエリザは、バルナバのいわれた通り王城に用意された一室でに向かった。シルヴィオに忍び込まれたときと同じ部屋だ。

 もう、さすがに彼らは来ないだろう。

 そうわかっているのに、なぜか期待をしてしまう。

 会いたい人はジアード……そしてカーラなのだ。けっしてシルヴィオやロベルトではない……そうエリザは自分にいい聞かせて、眠りに落ちた。

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