第8話 過去

「あー、少し知りたいんだが黒岩は清水さんのいじめについて知ってるってこと?」


 石田さんの問いに、黒岩さんは重々しく口を開いて答えた。


「はい。・・・・・・さらに言ってしまいますと、私が清水さんをいじめていた者の父親です」


 黒岩さんはとても申し訳なさそうな視線をこちらに向けている。


 二度の黒岩さんのセリフがもたらした衝撃で、わたしたちはたっぷり五秒ほどフリーズし、どうにか今の情報を処理する。


 わたしたちが情報を理解した直後頃、石田さんは何かを思い出したように「あ」と言った。


「そういえば、確かにどっかでいじめっ子の父親って聞いてた気がする」


 石田さんが納得している様子で頷く。


 特に咎めず納得しているような石田さんとは対照的に、蒼空は冷たく鋭い視線で黒岩さんを睨みつける。


「あんたの子が、萌恵の・・・・・・従妹の声を・・・・・・」


 蒼空の視線は鉄のように鋭く冷たいが、言葉と蒼空の姿は怒りの炎で揺らいでいるように見える。


 ——ち、ちょっと落ち着いて。


 わたしが制止しようと蒼空の右手首を掴むと、蒼空は一瞬で反応し、わたしの手を振り払った。


「お前は黙っておけ。邪魔したら殴る」


 ——え? 今、わたしに言ったの?


 今までわたしに対して敵意も怒りも向けたことが無い——朝起きられなかったときは怒られたが——蒼空がわたしに「殴る」と発言したことが重い衝撃となってわたしの心にぶつかる。


 今にも黒岩さんを殴り付けそうな蒼空の姿にわたしが思考停止して固まっていると、石田さんが右手で蒼空を制した。


「一旦落ち着け」


「社長、子が一人の心を傷つけ、声を奪ってなお平然としているこんなやつををなぜ《MafiN》に入れたんですか?」


 今の蒼空はすべてのものに怒りを向けている。上司である石田さんの話すらも聞くつもりが無いらしい。


 石田さんはそんな蒼空の様子に呆れたように大きなため息を吐くと、蒼空をまっすぐと、静かに見据えた。


「・・・・・・命令だ。落ち着け。怒りを鎮めろ」


 石田さんは今までのどこか明るく、軽い感じを一切感じさせないほどの冷たさと鋭さを含んだ視線と言葉で蒼空に言い放つ。


 すると、蒼空はすぐにはっとしたような顔になり、直後、蒼空の怒りの雰囲気も一気に消え失せ、激怒で少し火照っていた顔も落ち着く。


 蒼空が深呼吸をして冷静になったのを確認した石田さんは、わたしと黒岩さんの方を向く。


「はぁ——黒岩、清水、変なとこ見せてごめんな。こいつ、清水のことになると過保護になるというか敏感になるというか・・・・・・」


「いえ、大丈夫です。彼の言う通りなので」


 黒岩さんはずっと取り乱しも言い訳もせず、ただただ申し訳なさそうにしている。

 実際、彼も「許してもらいたい」という自分第一のような考えではなく、わたしの人生を狂わせてしまってどう詫びたらいいのかと思っているのだろう。


 黒岩さんの姿はもう「申し訳なさそう」を通り越して「痛々しい」になってきている。


「清水さん、鈴木さん。その件は、本当に申し訳ありませんでした」


 黒岩さんは椅子から立ち上がり、深々と頭を下げてくる。


 正直ここまで年上の人から頭を下げられたことはないので、わたしは狼狽えてしまう。

 しかし蒼空はわたしと違って特に対応に困らず、無感情に黒岩さんを見ている。

 しばらく黒岩さんを見つめた後、蒼空ははあ、とため息を吐き、こちらに顔を向けずに言った。


「・・・・・・許すかどうかは萌恵が選べ。俺はお前の選択に干渉しない」


「——鈴木の言うとおりだ。僕らは一切口出ししないから、純粋に自分の感覚で判断してくれ」


 二人の言う通り、謝罪をされているのはわたしなのだから判断はわたしがするべきだ。

 しかし今までこのように謝られたことはないのでどうするべきかとても迷う。


 少し唸って迷っていると、ふと一つの疑問が浮かんでくる。


 ——あまり気にしてこなかったけど、犯人はあくまで黒岩さんの娘である柚香ゆうかちゃんだった。いくら監督不行き届きだからとはいえ、本人ではなく父親のみが謝るというのは、本人が反省していないから・・・・・・?


 ゆらりと現れた一つの仮定に、わたしはすぐに反論をする。


 ——でも、わたしが不登校になった直後頃から柚香ちゃんはずっと謝るため、数日間はずっと来てくれていた。数日間で来なくなったのは、わたしが柚香ちゃんを怖く感じたからだ。


 となると、どうして父親である方の黒岩さんが謝るのだろう。


 わたしはスマホに文字を打ち、黒岩さんとのDMに送信する。


『どうして本人ではなく、父親であるあなたがわたしに謝るのですか?』


 文字だとわたしが本人が謝りに来ないことに怒っているように受け取られるかもしれないと思って送信したが、案の定黒岩さんは少しだけ声を震えさせて答えた。


「決して娘が反省していないから私が代わりに、というわけではありません。・・・・・・私の独断で頼みたいことが一つあるからです」


 ——なるほど、そういうことか。


 柚香ちゃん本人は頼んでいないが黒岩さんが思いついたため、それをわたしに伝えたかったのだろう。


「だとしたら、黒岩さんは萌恵に何をしてほしいんだ?」


 蒼空がわたしの代わりに黒岩さんに尋ねる。


「・・・・・・今の許していただけるかどうか、と言うタイミングだと少し言いづらいのですが——」


「関係ない。言え」


 蒼空は簡潔に、無表情で言い放つ。


 黒岩さんは言うかどうか少し躊躇ってから、わたしに頼みたい内容を話した。


「・・・・・・分かりました。清水さんが合格した際には、私の娘である黒岩柚香をマネージャーとして置いて頂きたいと思っています」



——お知らせ——

 近況ノートを更新しました~。そこそこ大事だと思う情報を書きましたのでぜひ見てください。

 近況ノートにも書きましたが、タイトルを変えようかなーと思っています。今のところ私が「サイレント/ストリーマー」とかどうかなと思っていますが、この案への賛成や他のタイトルの提案があればこの話か近況ノートのコメントにお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る