第26話 幕間 白雪姫

「鏡先生は、お母様が好きなんですか?」


「は?! そ、そりゃ好きだけど……いや……なんて言うか……」


真っ赤な顔をした鏡先生は美しい。


鏡先生の正体を知ってから、男性の姿になってダンスの練習をして下さるようになった。今もダンスの練習中だ。動揺しているのに、ステップが崩れないのはさすがだと思う。


最初は上手く踊れなかった。だって先生はかっこいい。ドキドキしてしまい、上手くステップが踏めなかった。だけど、連絡を重ねるうちに優雅に踊れるようになった。これで、どんな男性相手でも冷静に踊れる。


鏡先生は、家庭教師をしている時は嘘を言わないと聞いた。お母様と先生がそう言っているのをこっそり聞いたから間違いない。逆に言えば、授業以外では先生は嘘を吐く。お母様には嘘は言えないみたいだけど、わたくしやお父様には平気で嘘を吐くだろう。


だから、鏡先生に質問をする時は家庭教師をして頂いている時にしないといけない。


おかげでお母様の事を教えて貰えたし、叔母様に取られた物も取り返せた。鏡先生は渋い顔をしてたから、本当なら教えたくなかったんだと思う。けど、先生は質問されたら答えてしまう。


そういう風に、作られたんだろう。


いつも冷静で頭の良い鏡先生が動揺するのはお母様の事だけだ。やっぱり鏡先生は、お母様の事が……。


けど、お母様はお父様と結婚してるし、鏡先生は人間じゃない。正直、鏡先生の方がお母様にお似合いだし、お父様よりもお母様を大事にしてくれると思うんだけどな。


初めて鏡先生の姿を見た時は驚いた。

とても優雅で美しいご婦人だったから。


でも、お母様の方が美しい。そう思った。


鏡先生は出会った時から完璧だった。なんでも知っていたし、お母様が無条件で信頼していた。だから……先生は人間ではないと思っていた。お母様が魔女である事は最初から分かっていたから。お母様からは魔女が使う特殊な香の匂いがした。叔母様と同じだったわ。叔母様は作れなかったみたいだけど、優秀な魔女は魔法の鏡を作ると聞いた事がある。かなりの代償を支払うみたいだけど、自分に忠実でなんでも質問に答えてくれると本で読んだわ。だから、鏡先生はお母様の鏡だと最初から分かっていた。名前も分かりやすかったしね。


鏡先生はお母様が魔女である事を知ってるのは我が国では宰相様しか居ないと言った。けど、わたくしはお母様の正体に気が付いた。鏡先生はなんでも知ってるけど、人の心の中までは分からないんだと理解したわ。


わたくしはお母様が魔女だと気が付いても、誰にも言わなかった。鏡先生を問い詰めてお母様が魔女であると教えて貰った時は、これで堂々とお母様の話を出来ると思った。叔母様が魔女だったから、我が国は他国と比べて魔女への偏見は少ない。だからすぐにお母様が魔女である事をみんなにバラした。


予想通り、魔女だからとお母様の事を嫌う人は誰も居なかった。……お父様を除いて。


お父様は、お母様を処刑しようとしたそうだ。絶対に許さない。元々そんなに好きではなかったけど、今回の事でお父様はわたくしの敵になった。


カタリーナお母様はわたくしの大事な人。ミレーユお母様が亡くなってから出会った人はみんな怖かった。カタリーナお母様だけは、最初からずっと優しくて暖かかった。わたくしの事をご存知なかったのなら、わたくしを拒否して当然なのに笑顔で母になると言ってくれた。しかも、ミレーユお母様の事も大事にしなさいって言ってくれた。お母様が亡くなってから、みんな働かないお父様の心配ばかり。ミレーユお母様の事は忘れられていた。悲しかったし、寂しかった。


けど、カタリーナお母様は違った。ミレーユお母様の事も気にしてくれたし、急に現れたわたくしの母になると言って微笑んで下さった。安心しなさいって優しく抱きしめてくれた。


宰相様がわざとわたくしをお母様に会わせたのは分かっていた。お母様が意地悪をしたら、宰相様に助けを求めようと思っていたのに……お母様はとてもお優しかった。ポカンとしておられた宰相様のお顔を見て、気を張っていたのが恥ずかしくなった。


鏡先生も優しかったけど、それもお母様のおかげだ。


わたくしはお母様が大好き。お母様に危害を加える人は許さない。


お母様は優しいし、美しいからたくさんの人に好かれている。辞めてしまった騎士団長様だって、お母様に惹かれてた。だから、本気になる前にお母様から逃げてしまわれたのだ。


誰にも言ってないから先生もご存知ないけどね。先生は、お母様を処刑しろと命じたお父様に愛想を尽かして出て行かれたと仰っていたもの。


先生もお母様がお好きみたい。当然よね。わたくしが男性だったら絶対にお母様を口説くわ。お父様だって最近はお母様に夢中だもの。相手にされてないけど。


お父様は一番ダメ。今更お母様の魅力に気が付いても遅いわ。あんなに離婚だって大騒ぎしたんだから離婚しちゃえば良い。離婚してもわたくしの母でいられると知ったお母様は、明るく微笑んでおられた。つまり、お母様はお父様に未練はない。そりゃそうよね。あんな酷い夫、わたくしなら絶対に捨てる。要らないもの。けど、お母様は優しいから……お父様を見捨てられないと思う。


お父様が鏡先生に余計な事を言わないように、わたくしを介して話をするように誘導した。お父様が鏡先生の気持ちに気が付いたら、また先生をクビにするとか言いかねないもの。


鏡先生が居なくなるのは困る。お母様だって、先生が居ないと寂しいと仰っていた。わたくしとしてはお母様のお相手には鏡先生をお薦めするけど、お母様は鏡先生の事を男性として見てない。そりゃそうよね。ご自分が作られた魔法の鏡の精なんだから。


お父様は論外、鏡先生は対象外。お母様は、もっともっと幸せになるべきお方だ。絶対にわたくしがお母様に相応しい王子様を見つけるわ。鏡先生にバレてしまうから、誰にも言えないけど大丈夫。上手くやる。今までだって、上手くやってきた。家庭教師の先生だって、最初は暴力的だけど上手くやれば優しくなったもの。まぁ、優しくなったらすぐ別の人に変えられちゃってたけどね。お父様が調査して、歴代の家庭教師の先生は全員それなりな代償を支払ったらしいわ。でも元気に生きてるみたいだから良いわよね。以前のお父様なら、サクッと処刑してたのに。きっと、非道な事をしてお母様に嫌われたくなかったのね。


お母様は、わたくしの結婚相手を探している。もうすぐ11歳になるわたくしは、婚約者が居ても良い年齢だ。お母様には不思議な記憶があるらしくて、前世でわたくしが主人公の童話の話を読んだ事があると仰っていた。魔女の予知能力の一種かしらね。わたくしはお母様に城から追い出されて殺されそうになるけど、王子様が現れて助けて下さるそうだ。無いわ! 絶対無いわ! そんな物語は存在させないっ! だって、お母様が酷い目に遭うのは間違いないもの。お母様は言葉を濁しておられたから、言えないくらい酷い目に遭うんだわ! 童話は、主人公以外は酷い目に遭うのが定番でしょう?


童話ではわたくしを助ける王子様は国を追い出されたと聞いた。お母様や鏡先生が絶対に会ってはいけないと言うから、あまり良い人ではないのだろう。そうよね。童話と違ってお母様があんなに良い人なんだから、優しい王子様も酷い人かもしれないもの。わたくしだって、お母様が思ってるような良い子じゃない。


わたくしの結婚相手は優しくて立派な人を探すとお母様は意気込んでいる。けど、わたくしの結婚なんてどうでもいい。お父様が仕事をするようになって、お母様と一緒に過ごす時間が増えたのだから、もっとわたくしをかまってほしい。


少し甘えれば、お母様は一緒に居てくれる。でも、お母様は優しいから城の人達が困ればすぐに助けてしまう。


正直、使用人が邪魔だと思う時もある。言わないけどね。


……もっとゆっくりとお母様と過ごす方法はないか。最近はそればかり考えているわ。

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