第19話【鏡視点】

「鏡よ鏡、白雪はどこ?」


「寝てるぜ。この部屋の周辺には誰もいない。けど、明日は朝から騒がしくなるだろうな」


「なんでよ」


「アンタの夫がこっちに向かおうとしてる。多分朝イチで来るぜ」


「えー……わたくしを捕まえようとしてるとか?」


「最初はそうだったけど、騎士団長が自分の地位を捨てて出て行く事で目が覚めたらしい。アンタと白雪姫に謝りたいってよ」


「騎士団長、出て行っちゃったの?!」


「ああ、もう国境近くの街まで移動してる。どうする? 連れ戻すか?」


「やめておきましょう。慰留しても聞いてくれるとは思えない。彼は強いからどこでも生きて……あ、ああああ……!」


「どうした?」


「鏡! 騎士団長のお給金って払ってあるの?!」


「毎月ちゃんと出てたぞ」


「そ、そうよね。いや、そうじゃなくて! た、退職金は?!」


「なんだそれ?」


「あの馬鹿国王めぇ……! 騎士団長は長年勤めてたのに、退職金を渡さず辞めさせるなんて……! 長年勤めた者には特別な給金を渡すでしょう?」


「ああ、そんなのあるな。けど、そんなの主人の気分次第だろ? 騎士団長は自分から辞めたんだ。そんなもん貰える訳ねぇだろ。騎士団長も貰えると思ってねぇよ」


「そうだけど! 辞めたのはあの男が情けなかったからでしょう?!」


「ま、そうだな」


「わたくしの持ち物で退職金代わりになりそうな物は……! あったわ! 鏡、騎士団長の居場所を教えなさい!」


「分かった。俺も一緒に行くから案内してやる」


「ありがとう、鏡!」


前世の記憶とやらを取り戻してから、俺のご主人様はやたらとお礼を言うようになった。以前は俺が質問に答えても当然だとしか思ってなかったのに、今では何を答えても毎回お礼を言ってくれる。


その顔が、とっても可愛いんだ。


世界一美しいのは白雪姫だけど、ご主人様は世界一可愛い。


……ま、こんなの絶対教えてやらねぇけどな。いつも美しい人は誰か? としか聞かないから大丈夫だ。それに最近はそれすら聞かなくなった。白雪姫を守ろうとする質問ばかりだ。あの人は本当に甘い。俺はあの人のモノなのに、ご主人様って呼ぶのは恥ずかしくてテキトーにアンタって呼ぶ。でも彼女は怒らない。冷酷な魔女になりきれない、優しくて可愛い俺のご主人様。


彼女を放っておいた男も、そろそろ逃した魚の大きさに気がつくだろう。


なんだかんだで優しいご主人様は、あの男を受け入れるんだろうか。……それは、少し気に食わない。


「やっぱり鏡は頼りになるわ!」


俺はご主人様に嘘は吐けない。そう作られたからな。だからなのか、ご主人様は無条件で俺を信じてくれる。あの白雪姫だって、初対面の時はもう少し俺を警戒したってのに。


ご主人様は、白雪姫を純粋で可哀想な子どもだと思ってるけど違う。あの子は結構腹黒い。ご主人様に初めて会った時だって、味方を作ろうとしてご主人様に擦り寄って来たし、今回だって父親やご主人様が自分の言う事を聞いてくれると分かっててこんな大それた事をしでかした。


仕組んだのは俺だとご主人様は思ってるけど、違うからな! 俺は白雪姫の質問に答えただけだ。家庭教師の間は嘘をつかないってご主人様と契約しちまったし、白雪姫にも嘘は言えない。


タチの悪い家庭教師ばかりついてたんじゃ性格が歪むのもしょうがねぇよな。元々は優しい子だったんだろうけど、白雪姫は人の機嫌を読むのが上手く子どもらしくない。


2年間相手にしてたのは極悪家庭教師ばっかりだった事もあって、ご主人様が無条件で愛情を注いでくれる事に戸惑ってやがった。ちょいちょい我儘を言って甘えてはご主人様に受け入れられて戸惑いながらも喜ぶ。そしてまた不安になり無茶を言う。ご主人様は今回の騒ぎが初めての白雪姫の我儘だと思ってるけど、結構白雪姫は我儘を言ってたんだよな。


ご主人様はそれらを全て試し行動とかいう俺の知らないモンだと思ってて我儘とは思ってない。だから、今回の騒ぎを初めての我儘だって言えた。


うちのご主人様はお人好しなんだ。悪ぶってるけど、本当に悪い事は出来ない。おかげで、白雪姫も本来の自分を取り戻しつつある。今じゃすっかりご主人様を本当の母親だと信頼しているもんな。


すっかり父親が置いてきぼりだけどありゃ自業自得だ。反省はしたみたいだが、白雪姫は簡単には許さないだろう。むしろ、そんな状況すら都合が良いと思ってそうだ。


「鏡、どうしたの? 早く騎士団長のところに行きましょう。それとも、わたくしひとりで行く?」


「そんな訳にいくか。女王様が深夜にひとりで男を訪ねるなんて大問題だ。しかも、相手は国を出て行く元騎士団長。万が一にでも見られたらどうすんだよ。俺なら、誰にも見られないように案内してやれる」


「そっか。そうよね。ならお願い。魔法を使うから、何処に行けば良いか教えて」


「分かったよ。ホラ、さっさと行こうぜ」


「ええ、ありがとう。鏡」


ご主人様が気にしている人間は多い。騎士団長、宰相や使用人……大量の人間のプロフィールを把握していて、困っている者達はさりげなく助けてやっている。


俺に聞けば、情報を集めるのは簡単だ。けど、量が膨大過ぎる。それなのに、ちゃんと使用人の顔を覚えて話しかけるんだからすげぇ。頭の中どうなってんだ。


「……なぁ、なんで騎士団長の事を気にするんだ?」


「そんなの当然でしょ? 彼は白雪を大事にしてくれていた忠臣よ。このままなにもお礼をせず出て行かせるなんて嫌よ。わたくしが白雪を守るから、大丈夫よって伝えないと。本当は残ってほしいけど……きっと無理よね」


「無理だな」


「やっぱりそうよね。あの時、嫌な予感はしてたの」


騎士団長が辞めると決めたのは、国王がご主人様を処刑しろなんて馬鹿な命令をしたせいだ。けど、この事は聞かれてないから教えてやらねぇ。万が一にでも、ご主人様が騎士団長に惚れたら嫌だしな。

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