鏡よ鏡、うちの白雪が世界一美しいわよね?!

みどり

第一章 うちの娘は、世界一美しいわ!

第1話

「鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだぁれ?」


「……」


「鏡、答えなさい。答えないなら割ってやるわよ」


「……はぁ、分かったよ。一番美しいのは、白雪姫だ。アンタの義理の娘だよ」


「は?」


昨日まで、わたくしが世界一美しいと言っていたじゃない。結婚してから一度も夫に相手にされないわたくしは、それだけが心の支えだったのに。


っていうか、白雪姫って誰?!

前妻との間に子どもが居たの?!


聞いてないけど!!!


足元がふらつく。なんとか踏ん張っていると、部屋をノックする音がした。いけない、わたくしは夫の代わりに国を運営する大事な仕事がある。もうすぐ宰相が来ると言っていた。倒れたりしたら、わたくしの権力を取り上げられかねない。


切り替えて、返事をする。


「どなた?」


「あ……あの、白雪です」


今?!

今は会いたくないわ。……いやでも、もうすぐ宰相が来る。もしかしたら、わざと白雪を部屋に行くように仕向けたのかもしれない。白雪を追い出した所を見られたら、女王としての資質を疑われかねない。


いずれあの宰相はクビにするつもりだけど、まだ早いわ。


「鍵はかかってないわ。お入りなさい」


そう言って、魔法を解除する。

わたくしは魔法が使える。鍵をかけなくても結界魔法を張れば音も漏れないし誰も入ってこられない。


魔法を使えると魔女と呼ばれ、場合によっては迫害されるから人には言わないけどね。


「失礼します……」


恐る恐る入って来たのは……、天使だった。


美しい肌、美しい黒髪、真っ赤な唇。まだ幼なさが残るものの、間違いなくわたくしより美しい。


可愛い! 可愛すぎるわ!


「初めまして。マルガレータ・フォン・ヴァルデックです。先ほどは本名を名乗らず失礼致しました。みんなから白雪と呼ばれており、本名で呼ばれる事がないものですからうっかりしておりました。ご存知かと思いますが、この国の姫です。今までご挨拶出来ず申し訳ありませんでした。結婚式にも参列したかったのですが、体調を崩してしまって……。お噂通り、とてもお美しいですね。今ならお話できると聞いてとても楽しみにしておりましたの」


礼儀も完璧。お辞儀は角度も時間も美しく、歩く時は背筋をピンと伸ばして凛としている。


ああ……この子には敵わない。


わたくしはもう、世界一美しくなんてない。


現実を突きつけられ、ショックで意識を手放しそうになったら、白雪がわたくしを支えてくれた。


「あの……大丈夫ですか? お、お母様……」


スギュウン!

なんて愛らしいの!


そうよね、わたくしはお母様。この子の母親になったのよね!

急激に発生した母性と闘う。


落ち着け、落ち着くのよ。

抱きしめて頭を撫でたい。でも、わたくしは継母だし初対面。そんな事したら嫌われてしまうかしら。


あら?

わたくしさっきまでこの子が憎くてたまらなかったのに……。


『こんな可愛い子、憎むわけないでしょう?!』


そうよね。その通り!


『あれ、白雪って名前……、それに鏡って……ここはまさか……童話の白雪姫の世界?!』


何よそれ。さっきから自分の中に別の人格がいるみたいだわ。


『継母って……最後に焼けた靴履いて死ぬまで踊らされるやつじゃん!』


は?

なんでそんな残酷な事になるのよ。


「あの……? お母様、大丈夫ですか?」


「大丈夫よ。ありがとう白雪」


「みんなからはお母様は厳しい方かもしれないと言われたのですが、お優しい方で良かったです」


『あー……白雪姫可愛いっ!』


分かるわ。可愛い。それはともかく、さっきからわたくしの中で囁く声はなんなのかしら。


頭が割れるように痛い。


「お母様! 大丈夫ですか?!」


「……大丈夫……だから……」


初対面のわたくしをこんなに心配してくれるなんて、なんて良い子なのかしら。ああ、泣いてるじゃない。涙すら美しい。


わたくしはその日、生まれて初めて鏡を見ずに美しいと感じる事が出来た。

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