1-2-2. 静かな空間(灯子Side)

 私は体育倉庫の裏のスペースで一人で弁当を食べていた。雨が降っていない限り、昼休みの際には必ずここに足を運ぶことになっている。


 今日はよく晴れている。雲一つ無い青空の下で、私は騒がしさから切り離された静かな空間を満喫していた。きっと今頃教室では、クラスメイトがよく分からない話で盛り上がっているんだろう。「誰と誰が付き合ったらしい」とか、「別れたみたい」とか、そんな感じで。


 先週みたいに、章悟や謎の女子が来ることもない。あれはいつもと違ってここに来たのが「朝」だったからかもしれない。


 そんなことを考えていると、いつの間にか弁当箱が空になっていた。私は口の中で章悟が作ったしいたけの煮物を転がし続ける。程良く甘さとしょっぱさと旨味が混じり合ったこの料理を最後に食べるというのが自分の中でのルールだ。


 しかし、そのタイミングで猫の鳴き声が聞こえてきた。一回や二回じゃない。人間の乳児みたいな声で誰かに呼び掛けているような気がする。盛りのついた猫が異性の気を引こうと鳴き続けているのかもしれない。


 辺りを見回しても、猫と思われる影は一切見当たらない。体育倉庫と多くの木々が目に映るだけ。他に誰も来ないと思っていたのに、まさかあんな小さな生き物に邪魔されるなんて。


 その声がいつまで経っても止まりそうにないので、私はバッグからCDプレイヤーとイヤホンを取り出し、耳に装着して楽曲を再生し始める。小学生の頃から今まで何度このCDアルバムを聴いてきたか、自分でもよく分からない。


 ヒットチャートによく出てくる日本語のラブソングはあまり好きじゃない。でも、このアルバムの楽曲の歌詞は全部英語だから、そういう点を気にせずに聴くことができる。また、ギターやベース・ドラムが複雑に絡み合っているのに何だか穏やかな感じもあって、今私がいる静かな空間に結構合う。


 どうせなら目もつぶってしまおう。このまま寝て次の授業を飛ばしてしまおうかな。


 いや、やめておこう。担任に目を付けられたら面倒なことになる。そんな気がする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る