4-9 ギミー、リストラクション!

 週明け、まずは仁輔じんすけに連絡を取る。

「仁にどう向き合っていいか分からないから、あたしらのことをミユカに話してもいいか」という頼み方だ。仁輔を助けたいから結華梨ゆかりに……という理由よりも、あたしの心情を軸にした方が彼には通りやすい。

「お前がいいなら俺は構わん」という返答だった、これで最低限の根回しは完了。


 そして結華梨に「まとまった時間を作って相談に乗ってほしい」と頼む。火曜日、結華梨の部活が終わった後、一緒に帰ることになった。


「久しぶりだね、義花よしかと二人で帰るの」

「ね、こっち来てから放課後は時間合わなくなったし」

 あたしと結華梨の家は、学校から見ると大体同じ方向にある。徒歩でも十五分くらいの距離なので、遊びに行きやすい。


「ところで義花、どこかで座った方がいい話?」

「う~ん……そうだね、あそこの公園寄っていいかな」

 前に千波ちばくんと話した場所でもある。人の耳もお金も気にしなくていい、野ざらしが気にならなければ良い密談の場だ。


 ベンチに腰掛けて結華梨と向き合う。

 ……やっぱ緊張するな、色々。


「あのね」

「うん」

「ミユカには、あたしと仁が恋人だって伝えてたじゃんか」

「そうだね、この前ケンカしてたとは聞いたけど」

「確かに恋人になる手続きはしたんだけど、今の実態は結構違ってます」

「……はいはい?」


 結華梨の目の色が変わる。彼女の世界にとっても大事な前提だったのだろう。彼女は何か言いかけつつ、あたしに先を促す。


「仁と付き合った後にね。あたしは同性が好きってことに気づいたの」

「……好きとは、ラブの?」

「ラブです、レズビアンという括りで合っているはず」


 結華梨は血相を変えてあたしに詰め寄る――距離を取られる心配ばっかしてたけど、こっちはこっちで勢いが怖い。


「待って待って、津嶋つしまくんもそれ知らなかったんだよね」

「……うん、あたしも気づいてなかったからね」

「津嶋くんにはなんて言ったの」

「同じことを。だから男と恋人っぽい行為は難しいって」

「じゃあ、別れようって?」

「それしかないけど、踏ん切りがつかないから……ミユカに、相談に来た」


 結華梨は数秒ほど沈黙した後、右手を振り上げる――あ、ぶたれる。

 避けられそうだし、どうして殴られるのかよく分からなかったけど、受けなきゃいけない気がして目を閉じた。


 しかし、覚悟していた痛みは襲って来ず。


「――ああ、もう、もう、なんで!!」


 結華梨の喚き散らす声。目を開けると、そこには叫びながら地団駄を踏む結華梨の姿があった。お手本みたいな地団駄である――ってそんな場合じゃなくて。


「あの、ミユカ、なんで泣いて」

「お前のせいだよバカ!!」

 泣き顔で猛烈に罵倒された。相当に怒っているらしい。


 ひとまず、結華梨が落ち着くのを待つこと数十秒。彼女は荒く息を吐きつつ、またあたしの隣に座った。


「……ひどいこと言って、ごめん」

「それはいいけど」

「殴ろうとしたのも、本当にごめんなさい」

「うん、顔に当たってたら結構困った」

「当たってもおかしくなかったよ、最悪だウチ」


 一転、結華梨は激しく自分を責めていた。それでは話を進めにくいので、背中をさすってみる。

「それだけミユカを怒らせるようなことしちゃったんでしょ、だから聞かせてよ」


 結華梨が怒っている理由――今になって見えてきた。あまりに、あたしにとっては都合が悪い心情。


「うん。あのね……これは、黙ってた結華梨も悪いんだけどね」

 潤んだ結華梨の瞳が、じっとあたしを見つめる。

「結華梨、ずっと、津嶋くんに片想いしてたの」


 ……だよなあ。

 そういうことに、なるよなあ。

 相当キツいぞ、これは。


「ミユカ、あたしの主張を聞いてもらえるかな」

「どうぞ」

「何回も確かめたよね、仁のこと好きなのって」

「イエスって言えるわけないじゃん」

「言ってくれたら、あたしは仁と離れたよ」

「義花がどう思ってようと、津嶋くんには義花しか見えてなかったからだよ。結華梨の入れる隙間なんてどこにも無かったし、その仲を引き裂く女になれるわけないじゃん」


 仁輔の一途さ、周りにもそう見えていたらしい。その前提があれば、結華梨が踏み込めなかったのも納得できた。苦い後味しか残らない告白になってしまうなら、しない方がいい。


「そっか……仁の想いの強さを全然分かってなかったのは、明らかにあたしの反省です」

「ほんとに反省してよ……結華梨はただ外から片想いしてただけでも、津嶋くんが可哀想すぎる」

「だから、仁をあたしから解放したいの」


 思わぬこじれ方を経たものの、本題にはつながった。

 しかし、結華梨に頼める役回りではない。


「あたしが考えていたのはね。仁にとってあたしが大きすぎて視野が狭くなっているから、第三者の女子に説得してもらうことです。仁を好きになる女性は未来にもいるからって。ただ、結華梨も当事者だって分かったから、巻き込みにくいって今は思ってる」


 だから別の方法を考えねば、と天を仰ぐあたしの顎を。

 結華梨の答えが思いっきり打ち抜いていった。


「分かった、じゃあ結華梨は津嶋くんに告白します」


「……待って、なんでそうなるの」

「津嶋くんにとって、それが一番説得力あるでしょ」

「けど、ミユカは振られちゃうかも」

「もうそんなこと気にしてられないんだよ!」


 悲鳴のような、結華梨の決意。


「私はそうじゃないけど、好きになってくれる女子はどこかにいますってさ。結華梨だって振るときには使う言い訳だよ。男子の知り合いが振られたときに掛けたりもしたよ。けどそんなの99パー方便じゃん。そんなその場しのぎの定番ワードで、津嶋くんに響くわけないじゃん!」


 反論できない。仁輔の立場になればそれが最善である。

 しかし、結華梨の立場は。


「……ミユカ、失恋したら苦しいでしょ?」

 咲子さんに現在進行形で失恋しているのがあたしだ。冷血なあたしでもこれだけ苦しいなら、結華梨だって。


「自分が動かないことで津嶋くんが絶望してる方がずっと苦しいよ。津嶋くんが前を向けるためなら、結華梨の失恋なんて安いよ……結華梨にとって津嶋くんは、そういう人だよ」


 結華梨が覚悟を決めているのは伝わった、そうらしいことは理解できた、けど。


「どうして、そんなに? 仁が立派な奴なのは知ってるけど、結華梨がそこまで心を捧げられる理由まではつながらないよ」


「……義花はずっとそうだったから、もう分からないかもだけどさ」

 結華梨がこんなに低くて尖った声を出せるなんて、ずっと知らなかった。

「津嶋くんは、彼氏として理想的すぎるんだよ。結華梨の知ってる男子となんて、全然違う」


 息継ぎの間に、結華梨の声は塗り変わる。ときめきと愛しさに彩られて、それでも隠しきれない陰を滲ませて。


「強くて逞しい体して、けどそれを余計なところで振りかざしたりなんてしないで。

 礼儀正しくて、けど打ち解けると明るくて。すごく努力家で、けど謙虚で」


 あたしもよく知っている、仁輔の良さ。


「何よりね。義花が嫌な思いしないように、義花が心地いいように、ずっと頑張ってきたじゃん。そばに立って、周りに目を配って……義花が望まないことなんて、絶対にしないままでさ。あんなふうに守ってくれる人がいたら、生きやすいでしょ。安心して伸び伸び過ごせるでしょ」


 あたしが知っているつもりで、きっと全然分かっていなかった、仁輔の献身。


「義花は他のカップルのことなんて知らないだろうけど。すごく贅沢なことなんだよ、それは。頼り甲斐も、気配りも、理解も、全部できる男子なんてさ。そんなにいないんだから」

「そっか。その理想の彼氏に、あたしは釣り合わないって?」


「釣り合うとかそういう問題じゃないんだよ。だって義花、津嶋くんの前で無理してる? 自分作って、色々計算して、好きでいてもらおうと努力しながら過ごしてきたの?」

「……してないね。ずっと素だった」

「それがどれだけ幸せかって話だよ、結華梨にとっても眩しかったんだよ……いつか結華梨もそんな人と会えるって信じたくて、ずっと二人を見てきた。津嶋くんの彼女になりたかったけど、義花とのハッピーエンドが見たかったのも本当だよ」


 あたしにとっての当たり前が、結華梨にとっては奇跡だったこと。

 自分に都合の悪いことを思考から外していく、あたしの悪い癖。


「とにかく結華梨はね、津嶋くんがどれだけ素敵な……女子にとっての彼氏として良い人なのか、義花と違ってちゃんと知ってる。だから全力で伝える。それを津嶋くんが叶えてくれたらそんなに幸せなことないし、ダメでも津嶋くんが自信持ってくれたらいい。

 義花の知らないところでもね、津嶋くんは結華梨を支えてくれたんだよ。だから今度はね、津嶋くんを助けたい」


 あたしに結華梨を止める理由はない。ない、けど。


「ねえミユカ、聞きたいんだけど」

「どうぞ」

「これからもあたしと友達でいてくれるかな。仁を苦しめてきたって知っても」

「……もし津嶋くんが立ち直れないくらい傷ついてたら絶交もありうるけど、そうはさせない」

「頼んだ。じゃあ、あたしが同性を好きってことについては」

「別に誰が好きでもいいよ、もし結華梨を好きになられたら断るの辛いけど」

「多分それはない、年上趣味っぽいのよあたし」

 ここで咲子さんの話をしたら間違いなく絶交されるし。とりあえず軟着陸。


「へえ……けど、ちょっとドキドキしてくれたら嬉しいかも」

「そういう強気なところ推せるけど、本気で誘惑しないでね?」

「津嶋くんに冷たく振られたらワンチャンあるよ、女の子を振るのって男子相手とは別の快感ありそうじゃん?」

「百合に落とされるフラグみたいな台詞なんだよそれ」

「へへっ」


 結華梨は勢いをつけて立ち上がると、ぐ~っと背伸び。

「ねえ義花、仁くんを落とすにはどう攻めたらいいと思う?」

「あいつは女子への性的なアプローチが苦手……というか抵抗感があるから、受け身で待ちじゃなくて正面から行った方がいいよ。真剣さには応える奴だから」

「了解……もしかして、義花のことしか好きになっちゃいけない、とか考えてた?」

「あり得る。親世代が色々あって、あたしらに結婚してほしいって圧が強かったのよ」

「そういうことか……ああ、うん、つまり十七年分の運命的な空気をひっくり返すのか、鬼難度じゃん」


「大丈夫だよ、結華梨はあたしより可愛いし」

「それは義花のこと好きな津嶋くんに失礼」

 結華梨に頬をつねられる。


「人の可愛さの基準は人それぞれだよ、義花が一番可愛いって気持ちも結華梨は分かるよ。

 ただね、誰かに可愛いって思ってもらうための努力の量とスキルの高さなら、結華梨は自信あるんだよ。他の誰かと比べてどうかじゃなく、自分に」


 天賦ではなく努力、相対評価でなく自信。そういうところはやっぱり、あたしの好きな結華梨らしさだ。


「やっぱり格好いい女だよ、箕輪みのわ結華梨は」

「気づくの遅いぞ」

 ……彼女が本気で落とし来たら惚れちゃいそうだな、マジで。


「じゃあ、頼んだよミユカ。あたしの大事な友達を救ってくれ」

「了解。津嶋くんのハートを奪ってくるよ。そしたら、ちゃんと仲直りしようね」


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