40話 理由

「……さてと、これからどうしよう」

一人中庭に残された僕は、鐘突き堂の丘を見上げて独り言ちた。


せっかく大学まで出てきたのだから授業だけは出ておこうか、そんな気持ちで教室に向かったけれど、講義の内容などろくに頭に入ってこなかった。

チャイムが鳴っても、教科書を開いても、頭の中心にはずっと多喜たきさんが居座っている。

 

「……どうすればいいんだろう」

教科書をめくりながら呟いた。

多喜さんはテコでもスーパーヒーロー活動をやめようとしない。恐らくもう仲間に入れてくれる気もないだろう。


いったいなぜ、多喜さんはあれほど頑なに予言を受け取ろうとするのだろうか。

謎を深めたのは伊鶴いずる先輩の発言だ。多喜さんは二百万円ものお金をどこかに募金したという。

多分、競馬で当てたお金だろう。森田先輩の証言と額も一致する。やはり多喜さんは馬券を買っていたのだ。おそらく興味本位で。そして、得た金額の大きさにビビッて丸々全部募金した。ビビりのくせに好奇心だけ強い多喜さんなら大いにあり得ることだ。


では、多喜さんが予言を受け取り続けるのは、また競馬で大きな当たりを出して募金するためだろうか。


「……いや、さすがにそれはないか」

授業終了のチャイムと共に呟いた。

実際のところ、今朝まで僕は多喜さんのスーパーヒーロー活動は一種の罪滅ぼしなのだと思っていた。予言という不正な手段で大金を手に入れてしまった多喜さんは、同じ予言を使ってその金額に見合うだけの奉仕活動をしようとしていたのだと。

でも、競馬で勝ったお金を丸々募金していたのであれば、この仮説も成り立たない。


「……やっぱり、わからない」

校門をくぐりながらまた呟く。

多喜さんはどうして鐘突き堂に上るのだろう。


『……わたしが、ビビりだからかな』

『全部自分のためだもん』


以前多喜さんが口走った二つの理由は両立していないように思うけれど。

「………やっぱり。わからな――」


「危ないっ!」


三叉路を横断しながら呟こうとしたら、背後から服を引かれた。

バランスを崩して倒れそうになり、誰かの胸板にもたれかかる。


その瞬間、見覚えのある何かが猛スピードで目の前を通り過ぎていった。

直後にブレーキ音が鼓膜をつく。

「大丈夫ですか?」

丸刈りの学生に肩を揺すられた多分一年生だろう、フラフラと車道に出ていこうとした僕を引き留めてくれた人。


「大丈夫ですか?」

急ブレーキをかけたドライバーも同じ言葉を発して外に出てきた。

「え、あ? 大丈夫です。す、すみません。ぼーっとしてて」

ようやく状況が理解でき、精一杯平静を装って返事をしてみたけれど声も手も止めようもないほど震えていた。

ドライバーは僕の無事を目視で確認すると、

「やっぱりここ信号いるよなあ」

 ボヤキながらまた車に乗り込んで走り去った。


何やら見覚えがあるフォルムだと思ったら、あのポルシェだ。

 毎日毎日独特の挨拶と共に額に突っ込んでくる、多喜さんのミニカーと同じポルシェ。

毎日毎日僕を轢いていた、あのミニカーと同じポルシェ。


「――――っ」


その瞬間、頭の中で雷光が閃いた。

世界が一瞬凝縮し、また拡大する。

「じゃあ、俺も行きますんで、先輩。お大事に」

「うん、ありがと」

うわの空で命の恩人の一人である一年生に手を振った。


その手はまだ震えていたけれど、震源は全く別のところにあった。

全身の毛穴からジワリと汗が噴き出してくる。心臓が狂ったように早鐘を打っていた。


「そういうことだったのか………」


 頭の中で、全ての謎が繋がった。


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