37話 嘘ってなんだ。

『スーパーヒーロー活動は今日で終わりにする』

 A、ダークヒーロー活動を始めます。


『もう、鐘突き堂には上らない』

 A、鐘突き堂の下には入ります。


『もう、このノートも使わない』

 A、新しいノートを使用します。


『今までありがとう、海堂かいどうくん』

 A、どういたしまして。


『明日から普通の先輩後輩に戻ろうね』

 A、今日はいい天気だねー。


『バイバイ、海堂くん』

 A、今日はバイバイ。


 ……うわっ、嘘ついてないじゃん、多喜たきさん。すーげー。


「って、すげーじゃねーわ」

 思わず校舎の壁に両手をついた。


ありえない。二十歳超えた大人がこんな幼稚な嘘つくか? 

あははは、じゃないよ。思いっきり笑ってごまかしてたじゃん。

何、あのノート。二冊目? 

ってことは昨晩も鐘突き堂に上ったってことだよな。これからも上り続けるってことだよな。


なんのことはない。これってつまり、ただただ僕がスーパーヒーロー活動から弾かれただけじゃないか。


「……ありえない」

 眩暈を感じて額を校舎の壁に預けた。

上半身だけ壁に平伏するようなスタイルは、傍から見るとどのような姿に写るのだろう。


「うおっ、ヤベーやつがいる。避けて通ろう」


教室から出てきた伊鶴いずる先輩がしっかりと言葉にして教えてくれた。



「ほれ、まあ座ろうよ。あんた吸うっけ?」

 中庭の空いたベンチに腰を下ろした伊鶴先輩は、箱からキャメルを一本抜き取った。

「吸わないです。てゆーか、ここ禁煙です」

「マジか? じゃあ、さっさと済ませよう。時間ないし。話って、何? 芝居のこと?」 

「いえ、違います」

「だろうなー」

「あ、でも、関連とも言えるかな。多喜さんのことなんですけど」

「多喜かー。また何かやらかしたん、あいつ」

 頬杖を突きながら、未練がましくキャメルの煙草を指で弄ぶ伊鶴先輩、

「すみません。伊鶴先輩の頼みごと、僕には無理でした」

「……え?」

 その指がぴたりと止まった。頬杖をついたまま視線だけをこちらを向く。

「一応、出来る限りの手は尽くしてみたんですけど」

「そう……なんだ」

「やっぱり、どうあがいても多喜さんは深夜の自主練習をやめる気はないみたいです」

「……そっか」

「すみません、お力になれず」

「……うん」

 再び指で煙草をクルクルと回し始める伊鶴先輩、薄い唇に前歯を立て、深い思考に浸るような視線を校舎の向こうの丘に向けた。昨晩も多喜さんが一人で上ったであろう鐘突き堂の丘。

「ねえ、海堂」

「はい」

「さっきからずっと何の話してんの?」

ええ―――っっ!

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