19話 ヤバいやつが一番ヤバい

「こっちこっち、海堂かいどうくん」

 指示通り大学に向かうと、いつものカフェテラスのいつもの席に二本のコーラと多喜たきさんが待っていた。


「お疲れ様。予言時間ピッタリだったね。そっちは大丈夫だった?」

 ずずいとコーラをこちらに滑らせながら多喜さんが尋ねる。

「はい、大丈夫でした。事故現場なんて初めてだからビックリはしましたけど」

「あー、わかるわかる。すごい音するもんね。通行止めの方はどうだった? 誰か来た?」

「時間直前に知り合いが一組来ましたけど…………なんとか食い止めました」

「もしかしてわたしが教えたヤツやった? 効果あったでしょ」

ええ、それはもう。ドン引きされるくらい効果ありましたよ。


「やっぱりねー。わたしも色々試したけど、あーいう時はヤバいヤツになりきるのが一番効果あるんだよ。こいつとは関わり合いになったらダメだって思わせたらもう勝ちだから」

 本当に勝ってますか、それ。

「恥ずかしがっちゃダメだよ。演劇部なら全身全霊でヤバいヤツになりきらないと。わたしなんてこんなことばっかりやってきたから、今日だって何も言わずにただ立ってるだけでみんな道を変えていったよ」

 ヤバいヤツすげー。


「ほらほら、コーラ飲んで。仕事の後の一杯だよ、海堂くん」

 自分の発言のヤバさも気にせずに、ヤバい先輩はヤバい笑顔でコーラを勧める。

「あの、多喜さん。いつもそうやってコーラ奢ってくれますけど、僕あんまり奢られるのが好きじゃなくてですね」

「はー。真面目だねー、海堂くんは」

「別に真面目とかじゃなくて」

「ばーかばーか。あーほあーほ」

「何ですか、急に」

「罵倒してごめんね。慰謝料として百六十円、コーラで払うよ」

 なるほど、そう来たか。

頭の回転が速いのは役者のせいか、それともスーパーヒーロー活動のおかげだろうか。仕方なく侮辱の謝罪を受け入れ、乾杯を交わした。


「よーし、何はともあれこれでこの予言も無事解決っと。順調順調」

「……本当に順調なんでしょうか」

 盛り上がりに水を差すつもりはなかったけれど、予言ノートに嬉々としてカラーマーカーを引く多喜さんを見ていたら、思わずそんな言葉が毀れた。

「ん? 何が?」

「あ、いや、その……」


『18日11時12分 危ない 田中健司の車が危ない危ない ぶつかるよ なんでスマホ見てるの オンボロ橋のガードレールに突っ込んだ 危ない危ない』

 

 この予言が出たのは昨日の夜。

ここまではっきり明記された以上、田中健司さんが交通事故を起こすことはもう確定だ。

本人を特定する時間もないので、巻き込み事故をさけるため現場を見張るのが大学生にできる精一杯の対応だろう。それはわかるのだけど。


「可哀想だったなって、田中さん」

「ああ……」

 失礼ながら外見から判断するに、田中さんのご実家は突き抜けて裕福というわけではなさそうだ。あの車は親御さんにポンと買ってもらったわけではないだろう。

おそらく必死で働いて買った物のはず。それなのに。


「あの、多喜さん。前も聞いたかもしれないですけど、今回のケースって事故自体を防いだらどうなるんですか?」

「どうやって?」

「そうだな、極端な話、あの車を事前に爆破して完全に乗れない状態にするとか」

「爆破! 可哀想、田中さん!」

 椅子に座ったまま多喜さんがぴょんと跳ねる。

「あくまで例えですよ。どうなります?」

「うーん、やってみないとわからないけど、今回降ってきた予言はそれで回避できると思う。でも、また近いうちに似たような予言が来るはずだよ。今まではそうだった」

「似たような予言ですか」

「うん、誰か別の人の車に乗った時に事故るとか、新しい車を買った時に事故るとか、バスに乗って事故るとか?」

指折り数えながら物騒なことを言う多喜さん。どちらにしろ事故の被害は増大している印象だ。


「一度明記された予言は変えられないってことですか。じゃあ、やっぱり予言自体は回避せずに被害を低減させる今のやり方が一番確実だし、楽なのか」

「楽……じゃない場合もあるけどね」

 ふっと多喜さんの顔色が陰った。黙って多喜さんの言葉の続きを待つ。

「大きすぎる予言はね。一回くらい低減させたくらいじゃおっつかないみたいでさ。同じことを何回も繰り返さなきゃいけないことがあるの。そうなると割と………きつい」

「えっと、ごめんなさい。どういう意味ですか?」

「例えばさ、次の予言で海堂くんがイカれた女にナイフを心臓で刺されて死ぬって出るとするじゃん?」

「例えばですね?」

「例えばだよ。そしたらわたしがイカれたふりして小道具のナイフで海堂くんの胸をチクってするでしょ? そしたら多分、その回の予言はそれでセーフになると思う。でもまた似たような予言が降りてくるはずなんだよ」

「え、刺されてるのですか? 何で?」

「わからないけど多分予言と結果が釣り合ってなさ過ぎるからだと思う。チクってやるのと心臓を貫かれるのって全然違うじゃん。それくらいのダメージじゃ低減が小さすぎるからじゃないかな。多分」

「それじゃあ僕は心臓を貫かれるしかないんですか?」

「ううん、だから何度も繰り返すの。予言が来る度にチクチクやり続ければ蓄積されてそのうち予言のダメージも低減されるはず」

「『死ぬ』が『大怪我を負う』くらいにはなるってことですか?」

「そうそう。そっからまたチクチクやってけばいつかは切り傷くらいまでいけるじゃないかな、理論上は。やり切ったことはないからわからないけど」

 えらく気の長い話だな。


「だから、田中さんの車もさ、見つけ出してガードレールのきれっぱしをぶつけ続けたら、いつかは事故も防げるかもしれないけど……」

「さすがにやってられませんよね」

「そうなんだよー。わたしが過労死しちゃうんだよー。ばたんきゅー」

「……過労死」

 おどけてテーブルに突っ伏す多喜さんだったが、一緒に笑うことはできなかった。

「あの、多喜さん。仮に過労死とか病死とか、そんな予言が来ちゃったら、さすがに止めようはないですよね」

「…………」

 テーブルに頬をつけたまま、一瞬多喜さんは黙り込み、

「そうだね、多分打つ手はない。まだそんな予言は見たことないけど」

 同じ姿勢のまま笑って答えた。


まだ見たことがない。

それはつまりこれから見る可能性があるということだ。こんなことを続けていれば、いつか多喜さんは近しい人物の不可避な死の予言を目にする日が来るんじゃないだろうか。

そんな時多喜さんは、今みたいに笑っていられるのだろうか。


「おーはよー!」

「いた! 何ですか、急に」

 眉間をミニカーで強襲された。

「えへへへ、なんか難しそうなこと考えてそうだったからさ。もう行こう、そろそろお昼だよ。お姉さんが奢ってあげましょう」

「いいですって、だから。先輩だからって奢りまくるのやめた方がいいですよ」

「うっせー、ばーかばーか。童貞! 低能! 大根役者!」

「ちょっと! 奢る方便にしたって辛辣すぎるでしょ」

「はい、行くよ。今日のダブルチョコレートは北売店でーす」


 弾むように笑いながら多喜さんの背中がひらひらと遠ざかっていく。もしかするのこの薄い背中は見た目以上に大きなものを背負っているのかもしれない。


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