魔王はどっち



◆魔王はどっち



 8月6日の朝、ダートムアでみんなと顔を合わせる。ボクらのための集会所だ。エアコンとウォーターサーバーもコーヒーメーカーもあってとても居心地が良い。


 ルートが開通してから、勇者とは別の、聖神世界の住人たちが大勢集まっていた。町は朝から活気に満ち溢れ、実に賑やかだった。みんなのおかげだ。


「王冠を返すことにしました」


 そう言っても、誰も反論はしなかった。

 新魔王城への伝令を出す必要がある。ボクは4時頃までバイトだから、時間と場所を指定するための。


「俺が行くよ」と、レヴナが買って出てくれた。

「ありがとう。でもバイトが終わるまで待たせるなってキレたりしないかな、ゴートマ」

「じらしてやれよ、あんなやつ」

「私が思うに……」プルイーナが手を上げて発言した。「むしろ時間を指定した方が落ち着くでしょうね…………」

「そうそうっ。でも指定時間に遅れたら怒ると思うよっ!」


 怪盗の勇者も「時間に正確なお方」と言ってたっけ。


 緊張感たっぷりに働く。

 5時に取引。

 ゴートマが来るのだろうか。それともキロピードか。はたまた一緒にか。

 考えるほど緊張感が高まっていく。

 王冠を渡した瞬間、鉄砲でズドン……なんてことになっちゃったりとか?


 バイトが終わると真っ直ぐ帰った。

 まず、聖剣神話2のゲームを起動。そしてゲームの世界へとジャンプ。

 精霊の渓谷。玉座に置いていた王冠を手に取った。

「お父さん、ごめんね」

 2度も手放すことになるなんて。

 現世に戻る。ゲーム機の電源を落とし、聖剣神話1のカセットに替える。


 ダートムアを映している画面。コントローラーを操作し、画面をずらして、ずらして、ある村に合わせる。取引に指定した場所の近くにある村だ。ボクはそこへジャンプ。

 未だにテレビ画面で見当をつけないと聖神世界に移動できない。

 目印などがないとイワフネと同じで、とんでもない場所にいってしまう。不便だ。いやいや、それは勘違いかな。まず世界を移動できるなんて便利過ぎるんだから。


 待機していたレヴナと合流。彼女をダートムアに戻らせなかったのには理由がある。もし追手がいたら、新魔王城からダートムアに直帰するとボクらのアジトがバレてしまうから。


「レヴナありがとう。無事でよかったよ。ゴートマは場所の指定に納得した?」

「あぁ喜んでたぜ。早いってさ」

「メルは?」

「残念がってたぜ」

「なんで?」

「早いってさ」

 異世界を堪能してたわけだね。

「キルコ様、いらして早々ですが、そろそろ向かいましょう」

「……うん」


 ボクは王冠をかぶった。

「行こうか」

 いっそ今日、ゴートマと直接対決できたなら。

 けれどそれはかなわない。

 ゴートマにはまだまだ力が及ばない。それは事実だ。

 でも魔王でなくなったって、ボクはゴートマを倒すことを諦めない。

 高レベルの勇者たちを引き連れ、取引場所へと向かった。


 セルリアの丘。

 見晴らしのいいなだらかな丘が取引場所だった。色とりどりの花が咲いており、ところどころに大きな木が生えている。暮れかけた空とのコントラストが実に牧歌的なロケーション。

 しかし実は至る所に狩人や射手など、遠距離攻撃を得意とする勇者を忍ばせている。こちらから仕掛ける気はないけど、念のためだ。


「ん? いつのまにこんなの置きやがった」

 その丘に、ある異質なものがあった。

 巨大なカプセル状の石だ。

「昼間のうちに持ってきたのか。ゴートマが転移の目印に使ってるスタチューだよ」

 転移の目印。

 そうか、目印があればボクにも聖神世界を自由自在に跳び回れるかもしれない。

 目印を調べる。キロピードから感じたような禍々しいニオイがした。


「そろそろですね」やべこが神妙な顔をした。

 レヴナやあー子、ドウジマさん、ハナコさん、プルイーナにエクレーア、他の高レベルの勇者たちの間に緊張が走る。


 鐘の音がした。近くの村にある時計塔が5時を報せたのだ。

 音が鳴り止む直前、キノコ雲のような煙が突如として上がった。


「これはこれは、ずいぶんと大人数でいらしたのですね」


 空が落ちてくるようなプレッシャー。

 毒々しい紫色の煙からゴートマが姿を現した。キロピードもいる。牛頭と馬頭の人型の魔物もいて、2体で駕籠を担いでいた。


「メルはどこ?」

 声がふるえないよう気を強く持ち、ゴートマにたずねた。

 ゴートマが手を少し払うと、駕籠のすだれがスルスルとひとりでに巻き上がる。

「メル!」

 メルは気を失っているのか返事をしなかった。

「ご心配なく、キルコ坊や。アナタの大事なお友達は眠っているだけですよ」

「どうして眠ってるの」

 ボクの問いに、キロピードが答える。

「まるで子供のようにはしゃぎまわってな。あまりにうるさいので眠ってもらったのだ。さてその王冠、今度は本物であろうな? 前魔王よ」

 ボクらの一番後ろからエクレーアが抗議した。

「ほんとはニセモノって知ってたくせにっ!」

「おかしなことを言う。そんなはずがあるわけなかろう」

 キロピードは鎧兜の中で笑った。


「さぁ、取引といきましょう! その王冠をこちらへ!」

 ゴートマはボクの頭の上に乗った王冠を指差した。目は炯々と輝き、血走っている。

「メルをこっちへ!」

「いきなさい、牛頭! 馬頭!」

 メルが入った駕籠を担いで、2体の魔物がやってくる。

「キルコ様。私が」

「気をつけて」

 ボクはやべこに王冠を渡した。やべこがゴートマへと歩み寄る。

 王冠がゴートマの手に。

 メルがボクのもとに。


 声を上げたのは同時だった。


「キルコ坊や! この王冠は不完全だ!」

「ゴートマ! メルが起きないぞ!」

 ボクとゴートマはお互いを睨み合った。

「キルコ坊や! 王冠の残り半分をどこへやりました!?」

「なんのこと?! それよりゴートマ! メルはなぜ起きない!」

「真名を奪ったのですよ。取引の保険としてね。正解でしたよ。まさか王冠の力を吸い出すなんて」

「ボクは何もしてない」

「見え透いた嘘をッ! ここで皆殺しにしてあげてもよいのですよ」


 ゴートマの前に水晶玉を薄く伸ばしたようなモノが現れた。

「出でよ、渦巻く風よ」

 人差し指を立てると、その先に小さくも激しく吹き荒ぶ竜巻を作った。それだけで眉間に銃口を向けられているような気分だった。

「ゴートマ様、もしや王冠の力は前魔王の中に吸われてしまったのでは?」

「いいえ、キロピード。どうやらこれは違うようですね」


 ゴートマは竜巻を吹き消した。

「キルコ坊や、貴方自身が王位にしがみついているからでしょう。キルコ坊やの存在がワタクシへの王位継承を阻害している」

「なるほど、ではやはり――――」


 目の前が暗くなった。違う。黒くなった。視界がキロピードの巨躯で遮られたからだ。


「前魔王を消すしかないようですね」

 剣が振り下ろされる。

「させはしない!」

 やべこが不意打ちを防いでくれた。

「ほう……あれから力を増したようだな」

「よしなさい、キロピード」


 その一声で、キロピードはゴートマのそばへと戻った。重そうな鎧を全身に纏っているのに、前回の闘いの時と同様に素早い。


「少々取り乱しましたが、考えてみれば焦る必要などないのです」


 ゴートマが王冠を眺め、撫でる。

 角付きの被り物を脱ぎ捨てると、おもむろに、緑の禿頭に王冠を乗せた。

 太陽が逃げるように沈んだ。暗雲が空を覆い、あたりに闇を降らせた。

「アア、素晴らしい……! 不完全とはいえ、さすがは王の証! 力がみなぎります」

 ゴートマは喜びに打ち震える自らの肩を両腕で抱いた。

「ワタクシは魔王になるのです。ようやく……ようやくッ!」


 強大な魔力が肌を焼くようだった。

「おお、ゴートマ様、なんと美しい!」

 キロピードがひれ伏した。

 ゴートマは高笑いする。

「キルコ坊や、ワタクシから最後の慈悲です。本来の取引の期限まで待ってあげましょう」

「……余裕だね」

 そう言うボクには、ちっとも余裕がなかった。

「王冠を乗せて解ったのですよ。魔王となったワタクシに敵う者はこの世に存在しないとね」

「おまえは魔王じゃない」

「虚勢は痛々しいですよ、キルコ坊や。そうそう、墓地はお父上と同じがよろしいでしょう? かつての魔王城を決戦の地として指定します。お仲間をたくさん連れてくることですね。ワタクシも魔物の軍勢を総動員し、迎えることとします」


 ゴートマは現れた時と同じ濃厚な煙を上げて、キロピードたちと共に消えた。


『楽しみですね。キルコ坊や』


 あたりに遠雷のような声を残して。

 ボクの身体から一気に力が抜けた。駕籠の中のメルを眺める。


「ごめんね、もうちょっと待ってね」

 返事は当然、ない。


「キルコ様……」

「キルコ」

 勇者のみんなが集まってくる。

「みんな、魔法は解けた?」

「いいえ。ゴートマが言っていた通り、王位は完全には移らなかったようです」

「そうなんだね」

 空を見上げると、暗雲が散り散りになって、星明かりがボクらを照らした。


「勝たなきゃ」

 そんな言葉が口をついた。


「時間を与えたことを後悔させてやるんだ。魔王なんてやめても良いと思えたけど、やっぱり魔王にならなきゃ。強い魔王にならなきゃ」


 ボクもなりたい自分になるよ、メル。


「我こそが魔王なり」


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