なぜ、リビエーラ



◆なぜ、リビエーラ



「帰っちゃうの?」

「うん。闇黒三美神と下北沢の駅前で待ち合わせしてるんだ。やべこもボクの退勤時間にお店に来ちゃうだろうし、戻らないと」

 こういう時……なんて今までなかったけど、スマホが場所を選ばずに使えたら、さぞ便利だろうな。コード付きの掃除機がギリギリ届かない隅っこを歩いているって感じだ。

「それならあー子に言って合流してもらう? 今ちょうど下北にいるの。古着屋の知り合いのとこでアルバイト始めたのよ。で不便だしスマホ持たせたの。あの駄々っ子あー子に」

「えっ!」

「いいの、護衛してもらってるしね」

 その護衛があなたのそばにいないんですが!

 でも毎日飲んだくれるのも良くないか。

「ありがとう、いろいろ」

「いいよ。でもすごかったよ酔ったあー子は。ハニカミ横丁っていう飲み屋が駅前にあるんだけどさ、そこで床に転がってわんわん泣いちゃってね」

「え…………」

「欲しいー! 買って買ってー! って」

 自分のことのようで、血の気がひいた。公衆の面前で幼児退行するだなんて。

「盗むって生き甲斐をとっちゃったのがそんなにいけなかったんだ……。床を走り回れなくなったお掃除ロボットと一緒なのかな、ひっくり返るなんて」

「お、おう……」メルは目を逸らした。

「でも毎月お金がかかるのに」

「だからいいって。護衛と飲み友の月額料だと思うから。その代わりと言ったらなんだけどさ」

 メルは腰を折って手を合わせ、ボクと目線を合わせた。

「明日のチーズカッターズのライブに呼んでくれない? 闇黒三美神ちゃんず」

「えー、どうして?」

「可愛い子には目がないのでしてね」

「分かったよ。聞いてみるね」

「サンキュー! あれ? もしかして嫉妬しちゃった?」

 メルは、ふふん! となぜかのドヤ顔。

「ううん。1ミリも」

「がーん……」


 ボクはメルの部屋を後にした。

 聖剣神話2のカセットは、ボクが預かった。

 つい長居してしまったので、運賃を払って電車で下北沢へ。待たせちゃいけない。


 まずやべこと合流するつもりだったけど、その手間は省けた。駅前の広場にやべこはいたからだ。あー子もいる。2人は闇黒三美神と一緒だった。

「貴様らがキルコ様のお許しを得た? 実に見え透いた愚かな嘘だ。本物の王冠を手にするための謀り事のつもりだろうが、ずさんにも程があるな」

 こわい顔をしたやべこと、なだめるあー子。

「だからやべこ~、ホントなんだって。ほら? メルもLIMEで言ってるよ~」

「信じられないな」


 やべこは腕を組むようにしてマントの中に手を入れていた。人の目があるがいつでも抜刀できる体勢。

 一触即発だ。ボクは慌ててみんなに駆け寄った。


「キルコ様! お聞きください。この不届き者が――――」

「ホントなの。闇黒三美神はクビになったの」

 クビというワードに3人がガックリと頭をたれる。

「そうだよ、炎熱かわずだけに『FIRE』ってやつよ」

 やべこが怒鳴る。「誰が自虐ネタを言えと言った!」

「私たちは肩を叩かれた……というわけですね……」

 やべこが怒鳴る。「蛇に肩など無いだろう!」

「そんなに怒鳴られたら傷口に塩を塗られるようなものですっ!」

 やべこが怒鳴る。「なめくじらしくそのまま溶けてしまえ!」

「あ~あ、真面目にぜんぶにツッコミしちゃってやんのぉ~」

 あー子がへらへらと笑う。

「やべこ、勝手に決めちゃってごめんね」

「そんなことは……! 私はただ、キルコ様が心配で」

「メンドーだなぁ。キルコが許すって言ってんだよ? あーしら下っ端がぎゃーぎゃー意見すんのはお門違いじゃないのぉ? マッタク……とんだ駄々っ子~」

「あー子もスマホ買ってもらったんでしょ」

 泣きながら――――のところは言わなかった。

 指摘されるとあー子は頬を染めて、プイッとそっぽを向いた。

「では私から提案させてください。キルコ様、彼らと主従関係を結んでくれませんか?」

「隷属魔法か。たしかに裏切りはできなくなるよね」

 それなら話は早い、てやつだ。

 氷雪おろちのプルイーナが頷く。

「それで信じていただけるのでしたら……是非お願いいたします……」

「わたしもおねがいしますっ! もうお外で寝るのはイヤなんですっ!」

「エクレーアさん……あなたどうせ殻にこもるのだから屋内と屋外も関係ないのでは……?」

「あるもんっ! 安心感がちがうもんっ! ね? リビちゃんもお外はイヤだよねっ?!」

 エクレーアがリビエーラに詰め寄る。

「オレは…………できない」

 リビエーラは噛み締めるように答えた。

「ほう、キルコ様に忠誠は誓えぬと?」

「どうして? リビエーラ、ボクは主になったからって、無理難題を押し付けたりしないよ。約束する。ただもう王冠を狙わないとそっちにも約束してほしいだけだよ」

「そうです……。リビエーラさん、なぜですか……?」

「オレはダメなんだよ。スマン! でも2人のことは世話してやってくれねえか?! 頼む!」

 深々と頭を下げるリビエーラ。

「リビエーラさん……」

「リビちゃんっ」


 それから何度か問答をした後、ボクらとリビエーラは別れた。


 プルイーナとエクレーアとは主従関係を結んだ。2人は人の姿をしているけど正体は魔物であり、魔族の、しかも王であるボクとは簡単に契約を結べた。敵勇者たちのように心臓を貫く必要もなかったからボクはホッとした。


 夕飯はみんなで、ダートムアで。

 みな敵の幹部の登場に大きく驚いたけれど主従関係のことを知ると納得したようだった。三美神の下についたことのある勇者たちも、「理不尽なこととか言われなかったし、恨みはない」と口を揃えて言った。

 ただし、レヴナは違った。

「キルコ、俺に2人を三日三晩痛ぶる許可をくれよ」

 レヴナのその言葉に場が凍りついた。

「うそうそ。冗談だよ」

「なーんだ」

 冗談であってホッとした。

「ま、恨みは一生忘れないけどな」

 との呟きにまた肝を冷やす。心が寒暖差で病気になりそうだよ。


 食事を終え、軽く特訓をしてから、現世に戻る。

 0時を回っていた。闇黒三美神……の2人と、やべことの4人で寝た。

 2人は客間で、ボクとやべこは主寝室。


 目を閉じていると、プルイーナたちの話し声が聞こえてきた。

 ひそひそ声でも、壁が薄いから。

「屋根があってよかったねっ」

「ですから、あなたはいつも殻にこもるでしょう……」

「でも今は外に置いてるもんっ」


 エクレーアの巨大な殻は外の階段室に置いてある。ギリギリつっかえて入れなかったのだ。ドアや壁に傷をつけたら、この部屋を出る時に修繕代を請求されてしまう。


「なぜリビエーラさんは一人で行ってしまったのでしょう……」

「なんでだろうねっ……。まさかゴートマ様のところへ戻りたいのかなっ?」

「今となっては呼び捨てで構いませんよ……。私は違うと思います……そう信じています……」

「うんっ。ずっと3人でやってきたもんねっ。わたしたちよりゴートマをとるなんてないよっ」

「雨が降らないことを祈りましょう……、おや、なんですか……?」

「こうすると安心するからっ。だめ…………?」

「私の胸ならいくらでもお貸ししますよ……」

「やったねっ」

「あたたかいですからね……」


 それからは何も聞こえなかった。


 リビエーラはなぜ一人だけ別れてしまったのだろうか。あの2人が分からないことがボクに分かるわけないけど、ボクは目を閉じて彼女の無事を願った。

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