強くなれ



◆強くなれ



 下北沢の駅前で2人と待ち合わせし、吉祥寺へ。

 コンビニでお酒やお菓子を買い込んでメルの部屋におじゃまします。


「絹繭メルさんに食べてもらって」

 と龍田さんが用意してくれた揚げ野菜や唐揚げ(えげつないと形容すべき量)をテーブルに広げて、

「カンパーイ!」

 ボクはジュースだったけど、乾杯って初めてした。


 前に、マイコの狭い店内に10名ほどの高校生がやってきて、文化祭の打ち上げをしていたことがある。カレーを食べて、ジュースで乾杯。同い年くらいの彼らを、ボクはどれほど羨ましく思ったことか。


 かんぱい、カンパイ、乾杯ってすごく楽しい。

 メルの部屋が散らかっているのもぜんぜん気にならなくなるくらいに。

 3人で、少々ぎこちなくはあるが、宵の宴を楽しんだ。


「えっ? 王冠をとられた?」

 昨夜のことをボクが明かすと、メルは珍しく取り乱した。

 怒られるかなと思ったら、逆だった。

「大丈夫だったの?! レベル99が2人もいて負けたとか。キルコはケガなかった?!」

「うん。HP高かったおかげかな。レヴナも守ってくれたし。でもその代わり2人が傷ついて」

「そんな強いヤツが……。王冠なんかいいよ。どうせニセモノなんだからさ」

「うん……」

 ボクにとっては本物だったんだけど。

「闇黒騎士のキロピードね……。オリジナルの聖剣神話には出てこなかったキャラだ。闇黒三美神もしかり。ってかあの3人、実はそんな強かったのね」


 後ろで足音がした。


「さっき乾杯って聞こえた気がしたぞ~?」

 隣の部屋から盗賊のあー子が現れた。「頭いて……」と呟きながら、テーブルの缶ビールを開けて飲む。苦いお薬みたいに勢いよく喉へ流し込んでいく。

「ぷはーっ! 生き返ったー! やっぱ二日酔い治すには迎え酒に限るわぁ~」


 そういえばあー子にはメルの護衛を頼んでいたはず。お店には顔を出さなかったけど、もしや今日一日ずっと寝ていたのかな……?

「なんか2人で毎日お酒飲んでウーバー頼んでネトフリ観たりしてたらさ、すっかりあー子は飲んだくれになっちゃって。アハハ」

 勇者を酒浸りにしておいて笑うメル。ある意味で悪魔だ。


「そりゃ生きがいの盗みを封印されちゃ酒浸りにもなるっての~」

「初日なんかさ、すれ違う人たちのスマホ盗んでくのよ。何回「落ちましたよ」って届けに追っかけたことか」

「だってみんな持ってんだもん。なんであーしはないのよ。欲しくなるってぇの」

「よそはよそ。うちはうち」

「なーんだよ。あーあ! 毎日張り合いがナイったらナイわァ。スリ全国大会とかあったら絶対優勝できんだけど。そんで賞品ゲット」

「飲んだくれにできるかー?」

「できなかったら賞品を盗めばいいっしょ」

 外で聞かれたくない会話だな。

「あっ、唐揚げうまっ……。つーかさー、そこの2人はなんなの? なにをギクシャクしてんのさ? 探られて痛い腹でもあるような。ほら、ほれほれ」


 あー子がフォークでボクとやべこを交互にさした。ブスッとじゃなくて、指し示した。

「おのれの非力さにうちひしがれていたのです」

 やべこは苦い顔をした。するとあー子が舌打ち。

「なんだよ、単純なことじゃん。んなのはレベル上げすればいいじゃんよー」

 あー子は早くも2本目のビールに手を伸ばす。

「待ってよあー子。レベル上げったってさ、やべこもレヴナもレベル上限の99に達してるんだよ? これ以上どう強くなるってのよ」

 顔から笑いを引っ込めてメルがきく。


「そんなのはあんたが好きなゲームの話。やべこなら分かるっしょ? キルコの眷属になって、自分の力が遥かに強くなった感覚」

「ええ。しかしそれが? 強くなった結果、私はキロピードに遠く及ばなかったですよ」

「誰があんたのレベルを上げるって言ったよ」

「はい?」

「レベルを上げるのは、あーしら眷属の主たるあんたよ、あんた」

 あー子がボクをフォークでさした。ぶすっと、おでこあたりを。


「いたぁー!!」

 加減のない刺突攻撃の苦痛に椅子から転げ落ちる。床に転がっていた……何のか分からない空き瓶が肘にゴリっとなって悶絶。


「痛いのはあんたの盾になった2人と、これからそうなるかもしれない手下共だよ」

「ちょいちょいあー子! やりすぎだよ」

「だってそうでしょー? 魔族御用達の隷属魔法による能力値アップは、術者がどれだけ強いかが重要なカギなんだから。ジョーシキじゃん」

 え…………?

「なにさその顔。まさか知らなかったっての? それでも魔族か! 魔王かこら!」

「ボクの、ボク自身のレベル上げ……」

「あーしを恨まないでよねェ? 他に言うやつがいないからこうしてあーしが言ったんだからさ! 嫌ならせめてあーしの盗みを解禁しろ! スマホを持たせろ!」


 駄々っ子みたいに暴れ出したあー子をメルがなだめる。

「ボクが弱いから、2人が負けた……?」

「そう。分かったらさっさと魔力だせよ。もっと強くて濃い魔力出せよ!」

 早くも悪酔いしたあー子がボクを押し倒してまたがる。

「まぁまぁまぁ!」

 メルは止めるようなことを言いながら本気で止めてくれない。

「キルコ様、その……」

 やべこがボクの顔色をうかがうように口を開く。

「ううん。ボクが知らなかったのが悪いんだ」


 遠い記憶を探ると、たしかにお父さんたちがそんな話をしていた気もする。だけどボクにはまだ先の話だし、それに眷属を使うほどの立場になるとも思ってもいなかったのだ。そうか、そうだったのか。


「ボク、強くなるよ。ならなきゃダメなんだ。王として、みんなのリーダーとして」

 あー子の下敷きになりながら、ボクは言った。

 ぴたりとメルとやべこが動きを止める。

「やべこ。それにレヴナや、あー子も、みんな。何も知らないボクに闘いの方を教えてください」


 そうだよね。人にやらせておいて自分は何もしないなんて、何も苦労しないなんて、とんでもないことだ。

 そういう上司はいるにはいる。偉くなったらラクできる。けれど、逆の立場だったらと想像すると、ボクはそんな人を尊敬できない。

「キルコ様……」

「あーしが教えられんのは盗みの腕ぐらいだけどねぇ~?」

 あー子がボクの上からどいた。

 盗みでもなんでもいい。とにかく色々習得するんだ。


「ダメかな、やべこ……?」

「ダメなことなどありません! このやべこからもお願いいたします。キルコ様の修練に私もお付き合いさせてください!」


 やべこは律儀に椅子から立ち上がり、ボクに頭を下げた。

「ありがとう」

「よしっ!」メルが大きく手を叩いた。「キルコの修行が決定しましたところで、気を取り直してまた飲み直しましょ!」

「ちょっと待って。レヴナが気にしてるかもしれないから、先にレヴナと話しておきたいな」

「なるほど。じゃ、ウチのゲームから向こうに行ってよ」


 メルの部屋からは、旧魔王城しか行ったことがなかった。

 向こうで試したところ、都合よく転移の魔法……瞬間移動的な芸当はできなかったので、あらかじめメルにゲームを起動してもらい、ダートムアまで移動してもらった。


「誰もいないんだね」

 ゲーム画面で、本来キャラクターを動かすはずだけど、メルのテレビ画面には村人以外に誰もいなかった。ただ画面がズレてマップを移動していくだけ。

「アタシのパーティリーダーのやべこはここにいるしね。他のみんなはどこ行ったのやら」


 マップがダートムアに着いたところで、ボクは聖神世界に転移した。

 やっぱり、テレビ画面にその土地が映っていないと、いまいち向こうの世界のどこに飛びたいのかが定まらない。聖神世界に飛んでから移動するんじゃ、世界のスケールがゲームとは異なるので、遠出する時はこんな感じでやるのがベストだろう。


「なんかボク、知らないことばかりだね」

「キルコ様は毎日遅くまでアルバイトをされてます。1時間で十数万円も稼ぐ立派なお仕事を」


 ジェニー換算すると、なるほどそれぐらいになるのか。

 なんだか可笑しい。


「お忙しいお体ですので仕方のないことだと私は思います。聖神世界のことを学ぶのが後回しにもなります」

「そう言ってもらえるとと気が楽だよ」

 知りたいこと、やりたいこと、いろいろがバイトによって邪魔されている。拘束時間も12時間以上だし、さすがに疲れる。


 ダートムアには明かりが灯っていた。

「おう、キルコ~」

 仲間達と木製ジョッキを傾けていたドウジマさんが手を上げた。


 また仲間が増えているのが、ぱっと見でも分かった。

「知る人ぞ知るハグれ勇者たちの難民キャンプみたいになっちまってな。レヴナの……いや、憑依してるオヤジの指示でよ、宿場町にするために宿を建てまくってんだ。従業員たちの寝泊まりはおかげで大丈夫そうだが、このペースで増え続けたらマンションでも建てなきゃヤバいな」

「ちゃんと休んでますか?」

「おう。下の奴らがやる気を失わないように、レヴナ……の憑依してるオヤジがばんばん指図してるからな。今んとこ不満は一つもない。むしろキルコと契約したやつぁ腰痛肩こり膝の軋み、慢性疲労が抜けて喜んでらぁ。新規契約希望者がたまってるから近いうち頼むぜ」

 ボクの魔力は温泉なのかな?


「それなら良かった。でもホントに、お金はケチったりしないでみんなをねぎらってあげてね」

 こうまで大勢の人が動くと、ボクの利益だけ考えていられない。

「分かった。そうさせてもらうよ」

「ねぇ、レヴナ……の本人に話があるんだけど」

「んなら、向こうで1人で酒飲んでるよ。誘っても、来やしねえんだよ。なんでもよ、役に立ってるのは自分じゃなくて、憑依してるオヤジだって言うんだ。名前はなんつったかな。ワタヌキキヨシとかなんとか。珍しい苗字だよな」

「レヴナ、そんなことに……」

 ここで不満があるとしたら、レヴナか。

 というか、ワタヌキって苗字、ボクと一緒だな。ボクの、戸籍と。

「ちょっと話してみるね」

 ボクはレヴナがいるという方へ歩いていった。


 彼女は建て途中でまだ屋根のない建物の梁に座っていた。

「おつかれさま」そう声をかけると、

「俺は何もしてねえよ」と返ってきた。

「お願いがあるんだ」

「今度は誰を呼べばいいんだ?」

「呼ばなくていい。レヴナ自身にお願いしたい」

「……なんだって?」


 ボクは思いの丈を全て話した。あー子に言われたこと。ボクの力が及ばなかったがために、ゴートマの右腕、キロピードに辛酸を嘗めさせられてしまったこと。ボクが強くなり、みんなに強くなってほしい、傷ついてほしくないこと。言葉につかえながら、たくさんのことを話した。


「そうまで言われたら断れねェ」レヴナは梁から飛び降りた。「捨てないでくれてありがとな」


 レヴナは安堵したみたいにため息をついた。

「ボクからも、逃げないでくれてありがとう」

 彼女と、稽古をつけてもらうことを約束した。


 強くなるためのスタートラインに立っただけなのに、大きく一歩前進できた気がした。

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