闇黒三美神



◆闇黒三美神



 電車が下北沢駅に到着した。ひと気の少ない西口の改札から外へ。ホームから降りた階段を、地上へ向けてまた上がる際、誰かがボクにぶつかった。


「すいませんっ!」どちらかと言えばぶつかられたんだけど、反射的に謝る小心者。


 相手は階段の下でボクらを振り返った。

「なーんだァ。とりあえず盗んでみたけど、お金もないし、アイテムも価値が無さそうだし。ネェ? あんたってホントに魔王なのー?」


 身軽な服装、頭にバンダナを巻いた彼女は、つまらなそうに手に持った本をめくる。


「お気をつけてください、キルコ様! 彼女、勇者です」


 メルの部屋で少し読んだ聖神の攻略本の内容を思い出す。

 聖神は勇者をさまざまな職にすることができるシステムだ。主人公勇者は戦士職。職業紹介の欄にイラストがあった……彼女は『盗む』のスキルを持つ、


「盗賊! 盗まれた!」


 ボクは彼女が持っている、メルから借りたばかりの攻略本を指さした。


「ご名答~。当たっても何もあげないけど」


「随分と余裕だな。キルコ様の物を盗んだ罪の重さを把握していないようだ」

 やべこは既に剣を抜いていた。


「余裕なのはそっちじゃない?」盗賊は階段の上を指さした。


 敵に背を向けるのは危険だったけど、上の方から、

「えっ? ほんとうに行くのっ? こんなところでっ?」

 などという話し声につられて振り返ってしまった。


 夏の空を背景に3つの人影が立っていた。


「さぁさぁハデにいこうか陽気にいこうか!」威勢の良い声だった。


「いやいや地味にいこうか陰気にいこうか」こっちは涼やかな声。


「われわれ極悪非道な魔王様が遣わし強者」おどおどした声。


 息の合った動きでポージング。


「炎熱かわずリビエーラ!」

 ハデな色合いのレオタード姿。肉感的な太腿のそれぞれに拳銃をさげた美女が声を張りあげる。


「氷雪おろちプルイーナ……」

 爬虫類を想像させる全身網タイツ。蛇柄の長いマフラーを体中に巻きつけた麗人が呟く。


「雷電かつゆエクレーアっ」

 スクール水着をまとい、でんでん虫みたいに特大サイズの殻を背負った美少女が続く。


 爆炎を背景に、


「「「我ら、闇黒三美神!」」」


 あ…………。

 正直なところ、とてつもない変態さんが束になって現れたと血の気が引いた。気を抜かずに剣を構えるやべことは裏腹に緊張感のカケラもないメル。


「ヤバい! 新キャラきた! まさか聖神の新キャラに出会えるなんて……! うっ、ううう……泣ける」


 えっ……泣いてるの? 好きなこととなると情緒が不安定な人だ。


「さっ、囲まれちゃったよー」盗賊が口笛を吹いた。


「キルコ様、今こそお力を発揮する時です」


 やべこの言葉にぎくりとする。「お力……」さっきメルが話していたことか。


「このままでは他の方の迷惑になります! 最悪の場合、電車の運行ダイヤにも影響しかねません! キルコ様、『異界創造』を!」


 気にするところが運行ダイヤのやべこ。


 そうだよね、関係ない人に迷惑かけちゃいけないよね。どうやるか分からない。聖神世界の行き来は、行きたいとか帰りたいって気持ちでなんとかなったけど……。


「そうだぜ。無関係なヤツらをケガさせたくない」

「慰謝料を請求されかねません……」

「人に見られてたらキンチョーしちゃいますしっ」

 変な悪の幹部だ。


 ともかく、ボクは意識を集中した。

 迷惑はかけたくない!


「異界乱造!」


 感覚はあった。何かが変わったという。

 しかし周りの景色はいくらかドット調になっただけだった。


「成功です。さすがキルコ様!」

「これで?」

 やべこの言葉を信じるなら、世界は変わったらしい。


「これで存分に力を振るうことができます」やべこの剣に炎の渦が発生した。「焼け焦げろ『フレイムブレイズ!』」


 火災報知器がえたたましく鳴り響いた。それもそのはずだ。やべこが炎の奔流となり闇黒三美神に向けて突進したのだから。


 闇黒三美神の悲鳴が聞こえた。


「ねぇ、ダメ魔王。あーしのこと忘れてるっしょ」


 背後の声にボクは振り返った。


「遅いってーの。『ジェニースニッチ』からの『アイテムスティール』!」

 目にも止まらないスピードで盗賊は短いダッシュを反復した。ボクの懐やリュックから金品をかすめていく。


 そして、

「アタリ~~! 王冠げっと! やりぃー」

 嬉しそうに笑う盗賊。王冠を小脇に抱えて無邪気にピースサイン。


 実はメルのコスプレの小道具である王冠だけど。


 でも、たとえニセモノだからって、盗られたくなかった。メルは「ニセモノは目くらましになる」と笑って持たせてくれたけど、ボクにとってその価値は大きかった。盗られたら、ムキにもなる。


「返せドロボー!」

 ボクは最強の不意打ちである尻尾を伸ばした。


 メルの予想は正しかったようだ。尻尾の先にやべこの時と同じ感触を覚える。盗賊が力なく倒れた。一撃で、倒したのだ。


「やっぱ勇者勢に尻尾は有効みたいだね」メルも感心したように頷く。


 尻尾の先っぽには「ああああああ」という文字がついていた。


「これが名前……?」

「テキトーにつけることもあるよ」

「そうだ! やべこは?!」


 ボクは地上に出た。「うわっ……」思わずため息が漏れる。


 数えきれない魔物がそこかしこで牙を剥き、唸り声を上げていたからだ。


 建物の上、若干黒く焼け焦げた闇黒三美神……の炎熱かわずのリビエーラが高笑い。


「勇者さんよぉ、さすがにコイツらは凌ぎ切れねえだろうよ!」

「私たちの出る幕が無いですね…………」氷雪おろちのプルイーナが呟く。

「へいきかなっ? あの人すごくつよいよっ。へいきかなっ?」雷電かつゆのエクレーアがおろおろと。


 なんて数だろう。完全に囲まれている。

「逃げよう……」ボクはそう口にしていた。


 けれど、やべこは余裕の表情だ。

「ご心配なく、キルコ様。すぐに済みますよ。それから遅れてしまいましたが、メルさん。私をここまで育ててくれてありがとうございます」


 やべこの剣が光を纏う。リーチが伸び、大きさも増した。彼女はそれを軽々と掲げる。

「キルコ様の『隷属魔法』のおかげで、限界に達していたはずの力が次の境地へと達しました。私のレベルは99の限界を突き破ったのです。こんな雑兵、ひと薙ぎです!」


 魔物たちがやべこにまとめて飛びかかる。


 一瞬だった。

 彼女の周りで光が瞬いたかと思うと、次の瞬間には宙に無数のコインが出現。ワンテンポおいて、それらが一斉に地面に落ちる。


 お金なのだと理解した。だから、それらが地面を跳ねる音と言ったら、もう……たまらなかった。


「じゅる……」ヨダレも垂れるわ。


 お金の雨! 胸の高鳴りを抑えられない。呼吸が荒くなる。でもボクは魔王! みんなの前で地面に這いつくばって小銭を拾うわけにはいかない。平静を装うと、逆に高圧的になってしまった。


「これが魔王であるボクの力だ。消し炭になりたくなければ、さっさとボスのところへ任務失敗の報告にいくんだな」


 驚愕によってポカンと口を開けた闇黒三美神。


 メルがうっとりと嘆息。

「やべこサイコーにかっこよかった……。でもやっぱり一番はキルコたん……」


 闇黒三美神が我にかえった。

「今日のところはこのへんにしといてやる。命拾いしたな!」

「戦略的撤退…………という言い訳」

「どうしよっ、ゴートマさまにお仕置きされちゃうっ! どうしよっ!」

 闇黒三美神は建物の屋根を伝って、どこかへと姿を消した。


「なんか、たくさんお金を落としたね……。これって現世で使えたりしないかなぁ……?」


 ボクはそれとなくコインを2、3枚……ではなく水を掬うように拾った。それとなく、欲望に負けて。銅貨、銀貨、そしてキラッキラの金貨を掬った。


「聖神世界のジェニーです。向こうの通貨ですよ。キルコ様が拾ったのだけでおおよそですが…………2千ジェニーほどでしょうか」


「ふ、ふ~~ん?」


 たったこれだけで2000円?! 1時間ちょっとの時給分ある。辺りには、まだまだジェニーが拾って欲しそうにこちらを見ている。


「私が拾っておきます。お二人は盗賊の様子を」

「わかったよ」


 臨時収入、臨時収入!


 盗賊の女の子を『隷属魔法』にかけるのは難なく出来た。

「あー! やっとあいつの苦しい隷属から解放されたよー。ありがと、魔王さま。まぁ? あーしがお礼できるのは、盗んだ物を返すぐらいだけだねー」


 盗賊の彼女には、「ああああああ」なるぞんざいな名前があったけど、それじゃ発音しにくいので、あー子と呼ぶことになった。


「じゃあ、あー子。メルの護衛を頼んだよ」

 関わってしまった以上、メルの身の安全も考えていたところだった。


「メンドーだけど了解~」

「よろしくね。でもうちのモン盗んだら怒るからね?」メルが釘を刺す。

 盗む物の選別も大変そうな部屋だったけど。


 戦闘用ご都合空間から出る。「出るんだ!」と思ったら出られた。


 やべこの分析曰く、異空間のデザインは、目にしている景色がそのまま採用されたのではということだった。きっとこれから造る空間も、見えている風景と同じになるだろうな。敵の目の前でゆっくりデザインなんてしてられない。


 メルとあー子とは駅前で別れた。

 もともとメルはボクの衣装を作るのに必要な素材を買うためにここへ来ていた。コスプレの聖地として、そういうお店があるらしい。あー子はテキトーそうだけど、上手い具合にメルと性格が合ってそうでよかった。


 ボクの衣装……だけが気がかりだ。


「それにしてもやべこ、レベル99なんて、とっても強かったんだね!」

「お褒めに預かり光栄です。今後も魔王であるキルコ様のお役に立てるように精進いたします」

「よろしくね!」


 そのあとボクは行きつけのスーパーでいつも通りの安い買い物をした。やべこは一晩うちに泊まったわけだし、うちの経済状況はいくらか判っているはずだ。ここで高い買い物をするのは、それこそ貧乏性丸出しな気がして控えた。


 ボクは魔王だ。いじきたないマネはできない。あくまで、そう、人前では。


 部屋に帰り着き、「では戦果ですが」とやべこが懐を探った時、ボクは飛び跳ねたいほど嬉しかった。やべこはジェニーを全て拾ってくれたのだ。そしてなんとも都合のいいことに、ジェニーは現世に移動した際、現世のお金に変わった。


 さぁ、いったいおいくら万円になるのだろうか!


「こちらです」


 でも、彼女の手のひらに乗った日本通貨を見て、自分の顔の前に2つついている丸いものを疑った。ボクの視力がおかしいのかな? 何度も何度も、見間違いに違いないと目をこする。


「しめて505円でございます」

「ごひゃっ!」


 おかしい。そんなはずない。だって、ボクが掬っただけで2000ジェニーだったのに!


「50500ジェニーを拾ったのですが、どうやらこちらで1ジェニーは0.01円のようですね」


 あまりの衝撃に呼吸が止まった。でも無様な姿は見せられない。

 だって、魔王だから……。


「キルコ様! なぜお泣きにっ!? 私……なにか粗相を!?」

 魔王なのに……!


「いや、やべこは大丈夫。狩られた魔物たちにも家族がいたんだなと思うと、いや、仕方ないんだよ? 仕方ないんだけど悲しくって」

「キルコ様…………なんと慈愛に満ちたお方」

「夕飯、焼きうどんでいい……?」

「大好物でございます!」


 このお城での定番メニューの1つ。3玉100円のうどんと、バイト先から貰ってきた野菜の端材を使った焼きうどん。一食、約30円の貧乏飯。


 ボク、魔王なのに…………。


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