海の底にて

 夜の海を歩く。

 揺らめく波間から差し込む月明かりの下で、魚たちは海藻のベッドで眠りについていた。

 それを横目に海底を進むと、砂地が姿を現した。足の裏から、さらさらとした砂粒の一つ一つの感触が伝わってくる。

 私は砂地に横になった。

 海面のスクリーンには、ゆらゆらと輪郭が溶けた満月が映し出されている。それを眺めていると、自然と涙が零れて海水に混じった。

 私は、海に沈んだ世界で暮らしている。いつからだったのか、私はもう覚えていない。かつては誰かと同じ時を過ごしていたような気もするし、生まれた時から海の下にいたような気もする。

 私の肺は、ひんやりとした海水で満たされている。陸上に憧れて水面から顔を出したこともあるけれど、私には息ができなかった。

 ふと目を遣ると、海面に何かの影が浮かんでいた。それはコルクの栓がされた透明なビンだった。中には手紙が入っているようだ。

 月の光で満たされているかのように、ガラスのビンは輝いているように見えた。

 私はそっと起き上がり、水をかき分けて水面へと近付いた。そして、それをゆっくりと掌で包み込んだ。ゆっくりと、割れないように。



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