手のひらの上で

山田ツクエ

(1)

 俺は席替えというものがあまり好きではない。


 俺の所属する2年6組では、2ヶ月ごとに1回のペースで、週1回のホームルームの時間に席替えをやることになっている。4月の頭に席替えがあったので、今日で2回めだ。今俺がいる席は、横6列×縦7列の配置のうち、廊下側の一番端の列の、後ろから2つ目という、なかなかの好立地だった。授業が終わるとすぐ教室を飛び出すことができるのが気に入っていたのに。


 俺は頬杖をついてクラスメイトたちが席替え用のくじを引くのを眺めていた。ほとんどの人が笑顔で、自分が引いたくじを誰かと見せあってワイワイやっている。クラスの中に友達が多い奴からすれば、席替えで誰が近くの席に来るんだろうかとワクワクするんだろう。人付き合いが苦にならない奴ならば、席替えはこれまであまり話したことのない奴と関わり合うきっかけになるからワクワクするんだろう。しかし残念なことに、俺はどちらのタイプの人間にも該当しない。このクラスに友達はいないし、人見知りなのでよく知らないやつと絡みたくない。だから俺にとって席替えの時間とは、何の益体もない虚無のような時間だ。


 生徒が和気藹々と席替えをするさまを、担任の池川は窓辺にもたれかかって眠そうな顔で眺めている。学活が始まるなり紙袋を教卓の上に置いて、唸るような声で「今日は席替えだ。日直に任せる」と言ったきり、一言も発していない。ところで、この間ふと気になって調べてみたのだが、中学校のホームルームというのは、学校教育法施行規則と学習指導要領で、1学年で35時間分行うことが決められているらしい。ただし、ホームルームで行う内容については明確な規定はない。例えば、委員会活動や体育祭や文化祭など、学校全体で行われるものに関連してクラスの中で話し合うべきことがあればそのために使うことができる。余った時間は、担任の先生の裁量で何かゲームをしたりディスカッションをしたりすることもできる。当然、法律の条文をいくら読んでも、「席替え」をしなければならないということは書いてない。何が言いたいのかというと、席替えとは、あまり準備しなくても時間がつぶせるし、生徒たち(俺を除く)は喜ぶので、学活の内容を考えたりわざわざ準備したりするのがだるい担任にとってとても便利な素材だということだ。


 つまり、他者とのコミュニケーションに喜びを見出せるスクールカースト上位層の奴らと、学活の内容を考えるのがダルい怠慢な教員の共犯関係によって成り立っているのが、この席替えという風習なのである。カースト最底辺の俺はその犠牲になっているのだ。なんて可愛そうな俺。神はいないのか。


 そんな風に席替えに対する呪詛を唱えているうちに、俺がくじ引きを引く順番が来た。席順にくじを引いていく都合上、俺がくじを引くのは最後から2番めだった。俺は席替え制度に対する抵抗の意志を示すため出来うる限りノロノロと立ち上がったのだが、クラスメイトたちは周囲の人と話すことに夢中になっており、俺の様子を見ているやつはいないようだった。


 黒板の前に立っていた日直の太田おおたが、爽やかな笑顔を浮かべ紙袋を差し出した。太田はバスケ部で、すらっと背が高く顔の良い男子で、塾の成績がめちゃくちゃいいという噂を聞いたことがある。背が高くて顔が良くて頭が良いなんて、人生イージーモードだろうな。俺は心のうちで太田にヘイトを唱えながら紙袋に手を突っ込んだ。


 紙袋の中には、1から42までの数字が書かれ、4つ折りになった紙片が入っている。残りは俺の後ろの席の分と日直の分だけで少ししか入っていないので、選ぶ意味はあまりない。袋の中から何も考えずに引いた紙をまともに見ずに太田に差し出した。太田は大きな手で紙をひらき、札の内容を読み上げた。


「木下、17番」


 それを聞いたもう1人の日直の上村うえむらが、黒板上の座席表に向かった。上村は物静かな女子で、部活に入っているとかは聞いたことがない。俺は勝手なイメージで文芸部とかに入っているんじゃないかと思っていた。黒板上には、日直が予め座席表を描き、その中に1から42までの数がランダムに記入されている。今引いた紙に書かれている数に対応する番号が俺の席になる。上村は17番と書かれたところにやや丸みを帯びた字で「木下」と書き込んだ。


 俺が引いたのは窓側から3列目の前から3つめの席だった。教壇から見ると微妙に目立つので、授業中に余計なことをすると見つかりやすい位置だ。やっぱり席替えは嫌いだ。

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