追憶の、ヨルワタリ

寿 丸

プロローグ

第1話「未来から来た少女は姪だった」

 黒いロボットに乗っていたのは、十代の少女だった。


 時計の針を模した巨人と戦い、無慈悲に破壊したとは思えないほど——あどけない素顔だった。


「久しぶりだね、おじさん」


 ロボットから降りてきた少女は、黒地に青のラインのヘルメットを外してそう言った。


「わたしのこと覚えてる? 夢月むづきだよ。夢に月と書いて、夢月。ほら、おじさんの姪の」


 どこかで見たような顔立ちだった。


 頬はゆるやかに膨らんでいて、唇は薄い桃色。目はぱっちりと開いていて、髪を頭頂部でひとまとめにしている。首から下はパイロットスーツを着ていて、細い体のラインがはっきりとわかる。腰には拳銃、太腿のベルトにはナイフを装備していた。


 思い出したのは姉のことだった。


 若い頃の——高校生の頃の姉にとても似ている。雰囲気さえも。ロボットに乗っていなければ、スーツやナイフ、拳銃がなければ、姉が若返ったとしか思えないだろう。


「おじさん、聞こえてる?」


 不安げな声に、光一はかろうじて応えた。


「ああ、聞こえてる……」

「よかった。詳しい話は別のところでするから、今すぐヨルワタリの手に乗って」

「ヨル、ワタリ……?」

「この子の名前だよ。おじさんがわたしの友達に名づけてくれたでしょ? そこから拝借したの。それにこの子、おじさんが考えて造ったものでしょ?」


 光一はますます混乱した。


 友達とは?


 ただの養護教諭である自分が、このロボットを造った?


 そもそも——この少女は何者なのか? 


 初対面で『おじさん』呼ばわりの上に、不可解なのは、この少女が自分のことを『姪』だと言い、しかも『夢月』と名乗ったことだ。


 光一の姪と同じ名前だ。まだ四歳の……。


 姪と同じ名前の少女はヘルメットをかぶった。


 今は膝をついているロボット——ヨルワタリの胸部から垂れているタラップに足かけ、コクピットに乗り込んだ。間を置かず、「さぁ、乗って」と機械仕掛けの手を差し出してくる。


 光一はためらいつつも、その手に足を載せた。


 恐怖心はある。油断させて、殺してくる可能性もある。


 だが、どうせ死ぬのなら状況を把握してからだ。何も知らずに命を奪われるのはごめんだった。


「しっかり掴まっててね」


 言われるままにヨルワタリの指にしがみつく。冷えた金属の感触が、不覚にも昂ぶった頭と体には心地よかった。


「じゃ、行くよ」


 ゆっくりと起き上がり、機体の全高を超える大きさの翼が左右に広がる。ヨルワタリの足が地面から離れ——大空へと舞い上がった。


 すさまじい風圧が全身に浴びせかけられる。街が小粒に見えるほど、遠ざかっていく。視界が白く染まったかと思えば——あっという間に雲の上へと到達していた。


 星と月とで彩りを加えられた、夜空が目の前にある。


 空を飛んでいる——


 光一にとってその感覚は、夢にまで見ていたものだった。ロボットに乗って、空を飛ぶという子供の頃の夢。


 しかし、想像していたものとはまるで違っていた。


 すでに遠くにある、理不尽に焼かれた街。そこで失われた多くの命。それを思えば、とても手放しで楽しめるような心境ではなかった。


 人が目の前で死んだ。


 無残に、理不尽に、殺された。

 

 なぜこんなことに、という困惑と疑問。


 そして——怒り。

 

 あんな風に死んでいいものか。あんな風に命を奪われていいものか。

 

 自分の生き死には、自分で決めるものではないのか。

 

 光一は我知らず、ヨルワタリの指を掴む手に力を込めていた。

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