第17話 ウェグザムの奇跡

 3日目以降は、主に「魔法書」と「説明書」の熟読に時間を費やした。ルーカスが著した2冊の「魔法書」はとても読み応えがあり、下位魔法、つまり初級魔法から上級魔法までがほとんど網羅されていた。魔力量が少ない「モノ」でも使えるよう、消費魔力を抑えながら、魔法を使用する方法も書かれており、めちゃくちゃ感動した。


 一方、アホ女神作成の「説明書」で、この世界 ―厳密には「ベテルスピカ」という惑星― の地理や歴史、産業、魔獣・魔物などについて理解することができた。さらに、転生者は魔力量が非常に多い状態で転生させられるため、「説明書」には上位魔法、つまり超級魔法から創始魔法までが多く記載されていた。


 「魔法書」と「説明書」をセットで読むことで、この世界の魔法の神髄に、少しだけ触れられた気がする。モルガンさんやトゥーリには、本当に感謝しなければならない。


 「魔法書」と「説明書」を何とか読み終えた俺は、もう1週間「幸福亭」に泊まることにした。モルガンさんとトゥーリは、歓喜の声をあげていたが、果たして、俺には金を落とすこと以外にできることはないのか。「モノ」への差別や偏見をなくすために、他にできることは・・・。う~ん・・・。



 「というわけなんですけど、どう思います?」

 「さぁ?急に言われても、何のことか、さっぱりなんですが・・・。」


 俺の問いかけに、エルマさんは「コイツ、いきなり何言ってんだ?」という表情で答えた。


 ・・・うん、まぁそうなるよね。この前の「5分帰還編」(ネーミングは俺)で、好感度がMAXまで上がったと思っていたんだけど・・・。異世界もそう甘くはないか・・・。残念。


 「幸福亭」での食事代・宿泊代や衣服・生活用品代、銭湯の入浴料などで、所持金が心許なくなってきたため、再び「都立日雇い斡旋所」に来たというわけだ。


 「あの、よく分かりませんが、今日は日雇いの斡旋をお願いしに来たのではないですか?」

 「あっ、まぁ、はい。そんなところです。」


 仕事をテキパキとこなすエルマさんにとって、俺との雑談タイムは不要らしい・・・。いや、悲しっ!


 「では、今から可能な日雇いの仕事をいくつか見繕ってきますね。」


 エルマさんは先日と同様に、依頼関係の書類や契約書などを取りに行った。俺は、手持ち無沙汰な感じで、指遊びをしながらエルマさんを待っていた。


 すると突然、建物の外から大きないくつもの爆発音が、時間差で聞こえた。


「「「「「キャー!!!!!」」」」」

「「「「「ど、どうした!!!???」」」」」

「「「「「な、何が起きたんだ!!!???」」」」」

「「「「「は、早く逃げないと!!!!!!」」」」」

「「「「「ど、どこに逃げるんだ!!!???」」」」」

「「「「「おい、邪魔だ!!そこをどけ!!」」」」」

「「「「「うるさい!!お前がどけ!!」」」」」


 斡旋所内は職員も含めて、一気にパニック状態に陥った。恐怖、不安、戸惑い、怒り、憂いなど、様々な感情が入り混じっている感じだ。ここまで混乱するということは、ウェグザムの人々にとっても、かなり想定外の事態が起きたのだろう。


 「い、一体、何が起きたんですか!?」


 顔をこわばらせながら走ってきたエルマさんが、縋るように俺に聞いてきた。だが、俺にも何が起きたのか、全く分からない。


 ・・・爆発音だけでは、事故なのか、事件なのか、判断がつかないな。よし・・・。


 「すみません、自分も何が起きたのか、よく分かってないんです。だから、少し外の様子を見てきます。」

 「え、だ、大丈夫ですか!?危険では!?

 「大丈夫ですよ、遠くから見るだけなので。」

 「わ、分かりました・・・。お気をつけて!」


 爆発音の正体をこの目ではっきりと確かめるため、俺は急いで斡旋所を出た。そして・・・


 「おいおい、嘘だろ・・・。こんなことって・・・。」


 俺は眼前に広がる光景に愕然とし、しばらく固まってしまった。俺の真横を、逃げ惑う人々が次々と通り過ぎていく。そして、彼ら彼女らは口々にこう言う。「火事だー!逃げろー!」と。

 

 そう、ウェグザムの街のいたるところから、火の手が上がっていたのだ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 俺は、「ヴォルフライト」をすぐに使用し、斡旋所の上空からウェグザムの街を見下ろした。斡旋所の東西南北、あらゆる方向で黒煙とともに、大きな火柱が上がっている。メラメラと燃え盛る炎によって、木造の建物・家屋が次々に灰燼に帰しているのが分かった。教科書やテレビで見た、かつての日本の空襲被害を思い出した。


 「マジかよ・・・。」


 上空からざっと数えると、合計で16か所ぐらいから火の手が上がっている。これは、事故ではない。間違いなく、人災だ。もっと言えば、同時多発テロに近いものだろう。放火だとしても、質が悪い。


 「これは、早く何とかしないと・・・。」


 炎上している建物の中には、逃げ遅れた人が何人かいるかもしれない。ウェグザムの消防車がサイレンを流しながら、何台も出動しているのも見えるが、何せ燃えている建物が多すぎる。きっと全てを消火させるのには、時間がかかりすぎるだろう。他にも、水属性魔法を何度も使い、自分たちで消火作業をしている人々もいるが、燃え盛る炎が強すぎて、あまり近づけないようだ。 


 このような状況で、何もできないようでは、「モノ」への差別をなくすことなど、絶対に不可能だろう。


「よし!!俺も、全力で消火活動にあたるか!」


 俺は、悪目立ちしたくない。できれば、穏やかにひっそりとスローライフを送りたい。ただ、この悲惨な状況を見過ごせるほど、俺の人格は破綻していない。それに、「魔法書」と「説明書」を熟読して、ほとんどの魔法を必死で覚えたのだ。今、その成果を発揮しないで、いつ発揮するというのか。


 「さてと、まずは・・・『インビジブルザラーム』!!」



 最初に、俺は闇属性の超級魔法「インビジブルザラーム」を唱えた。この魔法は、自分の存在を相手から見えなくする魔法だ。ただし、相手が自分の存在を認識した状態で、この魔法を使用した場合は意味がない。今は突然の同時多発テロで、誰も俺のことなど眼中にないため、魔法の効果は抜群と言える。

 

 とりあえず、不可視魔法で、俺が悪目立ちすることはなくなった。


 「次に・・・『レイジングブーラスク』!!」


 続いて、水属性の超級魔法「レイジングブーラスク」を使用した。この魔法は、任意の場所に短時間、大量の激しい雨、つまり驟雨を降らせることができる。そこで、俺は目視で確認した火事現場全てに、にわか雨を降らせた。超級魔法ということもあり、各地の火柱や燃え盛る炎はあっという間に消え、無事に消火活動を終えた。


 「よし、これで火は全部消せたかな。最後に・・・『エクセレンテクラーレ』!!」

 

 俺は仕上げに、光属性の上級魔法「エクセレンテクラーレ」を詠唱した。この魔法は、怪我による身体への損傷を治癒する回復魔法だ。俺は、火事現場やその周辺全てを対象にこの魔法を使用した。燃え盛る炎や爆発などで即死していなければ、全員無事に救えるだろう。


 そういえば、「魔法書」に『魔力消費量逓増の法則』という自然の摂理があると書いてあった。使用する魔法の対象が増えるごとに、指数関数的に魔力消費量も増加していくという法則らしい。ただ、人外の魔力量をもつ俺には何ら支障はない。ステータスカードを見ても、減少は微々たるものだ。ちなみ、この世界では魔力が減少すると、個人差はあるが、自動で回復していくらしい。


 「ふぅ・・・。まぁ、こんなもんだろ。あとは、行政に任せるのが一番だな。」


 地上では、消防車だけでなく、ウェグザムを管轄する警察隊と、救出・救命・搬送などを専門的に行う救急隊も続々と集結していた。俺は、人が全くいない路地裏に静かに着地し、「インビジブルザラーム」を解いた。


 「何とか、一件落着だな。」






 後日、城郭都市レミントンの知事が正式な記者会見を行い、火災事件について語った。ウェグザムにおける「同時多発火災事件」の死者数・怪我人は、炎に包まれた建物のほとんどが全焼していながら、まさかのゼロであったと。この事実は、世界各地で大きな話題となった。


 一方、火事現場の周辺にいた人々全員が、「突如、火の手が上がっている建物だけに豪雨が降り始め、雨が止んだと思うと、淡い光が怪我人たちを包んで、傷を癒した」という趣旨の証言をしたため、複数人の「ウィザード」が合同で魔法を使用したと判断された。そこで、レミントンとウェグザムの警察隊は、火災を起こした犯人たちだけでなく、そのウィザードたちを見つけるために、総力をあげて捜査を開始した。


 なお、レミントン知事は「同時多発火災事件」に関する記者会見の最後に、「誰一人として傷つかなかった」という衝撃的な事実について、簡潔にこう述べた。

・・・「ウェグザムの奇跡」と。

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