六月に入って最初の土曜日、つぐとももえは駅前にある大きなスーパーマーケットの軽食コーナーに二人でいた。

 食料品や日用品の他に衣類や家電用品などの売り場もあるその店は、以前は市内の中学生や高校生たちが放課後にゲームや軽食のコーナーなどに大勢たむろしていたような場所だったが、駅前にファーストフード店がいくつも出来たり、幹線道路沿いにショッピングモールが建って駅からバスで行けるようになってからは、すっかり寂れてしまっていた。つぐとももえは、塾や家庭教師の訪問がない日に時々、学校が終わると駅前まで歩き、この場所でおしゃべりをすることがあった。

「静かだから、ここの方がいいんだよ」と、初めてももえを連れて来た時に、つぐは言った。

 その日もそこには数組の親子連れとお年寄りがいる他は人影はまばらだったし、会話の邪魔にならないオルゴールの音楽が流れているだけだったので、二人はいつも座る隅のテーブルで落ち着いて話をすることができた。


「さて」と、つぐは言った。

「とりあえず、どうしたらいいかな?」

「そよちゃんちに行くのは続けよう。ノートのコピーとか課題を持って行ってあげたいし、先生にも様子を報告しなきゃいけないし。でも、それだけじゃ先に進まない気もする」

「先生はどうするつもりなんだろう」

「いまのところ、わたしたちの話を聞いて、状況が悪くなってもいないから落ち着いてる、って感じなのかな。でも、このままじゃ一学期が終わっちゃうよね」

「先生、のんびりだからなあ。二年の頃からそうなんだよ」

「つぐに、何かいいアイデアない?」

「えっ?」

 つぐは、ももえの言葉にびっくりして戸惑ったような顔をした。

「いや、正直に言うと、初めに先生に頼まれたとき、どうしたってわたしには荷が重いと思ったから、ももえに手伝ってもらおうと思ったわけで…」

「あら。頼りにされてたのかしら」

 ももえは目を細め、からかうようにつぐをじっと見つめた。つぐは今度は恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「でも、わたしはこっちに来てからまだあんまり時間が経ってないし、そよちゃんのことも良くは知らないから、つぐもちょっと考えてみてよ」

「わかった」つぐはうなずいた。

 ももえが少し自分を頼ってくれたような気がして、つぐは嬉しかった。


 翌週の火曜日、二人は先生から中間テストの写しを受け取り、そよに届けた。

「もちろん正式な点数にはできないけれど、自分で解答を書き込んでみたら、って。先生が」つぐは、薄い茶色の大きな紙封筒を渡しながらそよに言った。

「そよはずるしないだろう、って言ってたよ」

 つぐの言葉を聞いたそよは、はにかむように微笑んだ。

 その日は夕方から六月の早い梅雨が弱く降り始めていて、カーテンの隙間から覗くそよの部屋の窓からはどんよりとしたにび色の空が見え、時々、雨粒が窓に当たっていた。そよの母親が作ってくれた焼き菓子をおやつに食べながら、三人は勉強のこと以外にも色々な話をした。そよとももえは、雑誌を広げて流行りのファッションや音楽のことを話していた。つぐはなんとなく不思議に思った。学校でそよがそういうことを楽しそうに話している姿は、見た記憶がなかった。

 二人が初めて家を訪ねた時には、そよは気取らない部屋着のような恰好だったが、その後はいつも簡素だが小ぎれいな服装で部屋に居た。この日は薄紫色のカットソーに加工の入った細いジーンズで、髪の毛は頭の上でお団子のようにきれいにまとめて上げられていた。部屋に居るそよは学校を休む前よりもなんだか少しあか抜けたように見えたが、それはそよが眼鏡をかけていないのが理由かも知れなかった。つぐは、眼鏡をかけないそよの姿にすっかり慣れてしまったような気がした。

 中学校の制服を着たつぐとももえに私服のそよ、三人が小さなちゃぶ台を囲んでおしゃべりをしている様子は、もし誰かが見たらちょっと可笑しく思うのだろうな。

つぐは、そんな風に思っていた。


 いつものように二人は六時を過ぎた頃にそよの家を出た。

 ももえが持ってきた傘をつぐが左手に持ち、二人は肩を寄せ合って弱い雨の中を歩いた。

「ももえ、あのね」歩きながら、つぐが口を開いた。

「わたし考えてみたんだけど…」

 自分から話しを切り出したものの、つぐの声は遠慮がちだった。

「なあに?」ももえは少し甘えたような、つぐに次の言葉を促すような声色で言った。

「ちょっと、わたしの知っている人に相談してみようかな、と思って」つぐはためらいがちに続けた、「一つ年上で、同じ町会の、五中の卒業生なんだけど」

「うん」

 ももえはつぐの顔を覗き込んだ。ももえのまなざしは、話を続けてと、つぐに語りかけているようだった。

「その人ね、中学一年のときに学校に行かなかった時期が少しあったんだって」

 つぐは何かを探るように慎重に言葉を繋いだ。自分の提案が役に立つものかどうか自信が持てない様子だった。

「小学生のころには遊ぶこともあって、町会の行事とかで一緒になるとよく相手をしてくれて。学校に行かなかったのは二カ月くらいだったらしくて、わたしも後からお母さんに聞いたんだけど。そのこと、昨日思い出した」

「うん、うん」ももえは、いかにも興味深そうにうなずいた。

「だめかな」

 つぐは、やっぱり自信なさげに、ももえの目を見た。

 ももえはつぐの言葉をゆっくり噛み砕くように、少し間をおいてから言った。

「うん。いいじゃん。わたしも会ってお話してみたい」

 それからまたふざけた調子で「さすが!」と言いながら、右手の人差し指で、つぐの左の頬を優しく押した。つぐは褒められているのか、からかわれているのか分からなかったが、嬉しかったのは間違いなかった。

 そして、つぐがその人に連絡をすることを約束して、二人は別れた。


   §


 その人に会えることになったのは木曜日の放課後だった。

 その人は都内の学校に電車で通っていたので、夕方五時頃に、つぐがよく行くという駅前の喫茶店で待ち合わせをすることになった。つぐとももえは学校が終わるとそのまま歩いて駅に向かい、店に入って、入り口に近いテーブル席でお茶を飲みながらおしゃべりをしていた。

「つぐは趣味が渋いよね」

 ももえは店内を見回し、面白そうに言った。若者が集まるファーストフード店ではなく、駅前の雑居ビルの半地下にある古めかしい喫茶店は、ももえにとって新鮮な場所であるようだった。

「別に趣味ってわけじゃないんだけどね。小さい頃から家族でよく来てたってだけで」つぐは苦笑いしながら言った。

「家族で喫茶店で外食、っていうのも珍しいんだろうけど。でもおいしいんだよ」

 ナポリタンでしょ。ピラフに、サンドイッチに、グラタン…と、つぐがその店のメニューを指折りももえに紹介していると、入り口の自動ドアが開いて高校生くらいの少女が店に入ってきた。

「つぐ!久しぶりだねえ」

 鈴のように軽やかな、綺麗な声でその少女は言って、つぐとももえが座っているテーブルに歩み寄った。

「まりんちゃん、ひさしぶり」

 つぐは手を振って少女に応えた。〝まりん〟は、肩からかけていた黒い革のバッグを降ろして、4人掛けのテーブルのももえの隣の席に座った。

「はじめまして」と、ももえがにこやかに笑いながらまりんに挨拶をすると、まりんも同じように「はじめまして」と言い、微笑んだ。


 まりんは、上背はないが曲線的で柔らかな身体の輪郭で、豊かな黒い髪を肩の下あたりまでおろしていて、とても女性らしい艶やかさを見せていた。幅広のアーモンドのような形の目は常に少し潤んでいるように美しく光って見え、目尻が自然と下がって、どこか慈愛を感じさせるような温かく優しい印象を与える。その目を見開いて視線を逸らすことなく、同じく幅広で厚くはないが血色の良い、口角の少し上がった唇をきゅっと結ぶような表情で人の話を聞くのが特徴的だった。

 年が一つしか違わないのに大人びて見えるな、と、ももえは思った。しかし、それはまりんの容姿だけでなく服装も関係しているようだった。

「あの、制服…」ももえが不思議そうに言うと、まりんは笑いながら答えた。

「わたしの通っている学校、制服がないの」

 まりんは、高校の制服ではなく、薄いベージュで襟と袖がお洒落な形をしたブラウスにプリーツが入った藍色のワイドパンツを穿いていた。

「まりんちゃんは、東京の外国語の学校に通ってるんだよ」

 つぐが自慢げに言った。

「でもわたしは高校からの入学だから、英語が母国語のクラスではないんだけどね。小中高と一貫で通っている人が多くて、かなり努力しないと、ついていけない」

 まりんは顔をしかめながら言って、つぐに視線を送った。

 まりんは冷たいカフェオレを注文し、それから、ももえとまりんは、まりんが通っている都内の学校やその周辺の様子のことを話し出した。

 二人はすぐに打ち解けたようだった。ももえは誰とでも気安く話すタイプという訳ではないが、相手の話に合わせるのが上手だし、一度会話を始めれば仲良くなるのは早かった。口下手なつぐはそんなももえが少し羨ましかった。

「あのね、まりんちゃん」つぐは、二人の話が途切れたタイミングで言った。

「相談したいって言ってたことなんだけど」

「うん」

 まりんは、大きな目を見開くようにして、じっとつぐを見つめた。

 つぐは、そよが学校を休み始めてからのこと、自分たちが家を訪ね彼女と話を重ねていること、そよが本当は学校に行きたいと思っているのではないか、ということを、つっかえつっかえしながらも一生懸命に話した。まりんは目に優しげな光を湛えながら、時々うなずき、つぐの話に耳を傾けていた。

「それで、わたし、お母さんからまりんちゃんのこと聞いてたから…」

「なるほど」と、まりんは言った。

「わたしはね、中学一年生の一学期の頃に、学校に行かなかった時期があったの」

 まりんは、記憶を手繰り寄せるようにゆっくりと、喫茶店の天井を見上げながら話し始めた。


 まりんは小さい頃から絵本を読んだり絵画を見たり音楽を聴くのが好きだった。映画などは子供向けのアニメ映画だけではなく、両親が観ている旧い外国の名作も一緒に観たし、字幕が読めないような年齢の頃には父親が声に出して台詞を読んでくれたりもした。小学校に上がってからも、自作の歌を唄ったり映画の一場面を真似して一人芝居をしてみたり、絵を描いたりして過ごすことが多かった。

 まりんが中学生になってすぐ、学年全体で写生の授業を兼ねた校外学習があった。

「みんなで図画帳と絵具のセットを持って、学校から三十分くらい歩いて、大きな公園に行ったの。何百年も前にお城が建っていた跡地に造られた公園」

 つぐはうなずいた。その公園にはつぐたちも校外学習に行ったことがあった。

「先生が、好きな風景を描きなさいって言った。見えたものを好きな構図で描いていいよ、って」

 同じクラスの子たちは、公園の樹や花や遊具、あるいは友達が遊んでいる姿などを描いていた。まりんは公園の入り口に立っている小さな石柱のような車止めに腰を掛け、道路を隔てた向こうに見える空を描いた。F4サイズの画用紙の全体を水色の絵具で濃淡をつけて塗り、いちばん下の真ん中から右側に向けて、三本の線を斜めに引いた。黒い三本の線は電信柱の間を伝う電線だった。

 よく晴れたその日は、抜けるような青い空に不思議な形の大きな雲が幾つか浮かんでいた。その雲の一つが、小さいころに読んだ絵本に出てきた大きな恐竜そっくりに見えたから、まりんは青い背景の上に、ピンク色のもこもことした恐竜を重ねて描いて、先生に提出した。

 描き上げた絵は学校に戻ってから先生が一枚一枚見て、何日か後に寸評を書いたメモを貼って返してくれた。まりんの絵に貼ってあったメモには、よく描けました、とだけ書いてあったが、その日の帰りの会が終わった後、先生がまりんに近づいてきて、そっと耳打ちをするように言った。

「見えてないものを、描いちゃダメだよ」

 見えてないものを、描いちゃダメだよ。

「見えたのに」

 まりんは呟くように言って、少し哀しそうに微笑んだ。

 その表情は、つぐとももえをどきりとさせた。

「今思えば、先生がそんなに深く考えずに言ったっていうのは、分かるの」

 まりんの担任はとても真面目そうな三十代くらいの女性の先生だった。

「でも、その時のわたしは、見えちゃいけないものが見えてるんだ、って少し怖くなって、それから、学校へ行っても先生や友達とうまくおしゃべりができなくなってしまって」

 自分からコミュニケーションを上手く取れなくなったことで、まりんは余計にクラスの中で浮いた存在になってしまった。気にしなければそれまでのことだったのだろう。だが、小学校から環境が変わったばかりだったし、ただでさえ繊細なまりんは独りで考え込み、塞ぎ込むようなり、体調を崩しがちになった。

 そして、しばらくして、まりんは学校を休むようになった。


「そうだったんだね」

 つぐは、まりんを慮るような表情で言った。

 まりんとは町会が一緒で、お互いが小学生だった頃には遊ぶこともあったが、まりんが中学校に入ってからは町会の盆踊りや清掃活動などで顔を合わせるくらいで、彼女が学校に行けなかった時期があったのを知ったのはずっと後になってからだったし、その詳細な理由を知ったのはもちろん初めてだった。

「まりんちゃんは、どうやってまた学校に行けるようになったの?そよが学校に行けるようになるには、何をしたらいいかな」

 つぐはテーブルに手をついてまりんを真っ直ぐ見つめ、前のめりな、性急さを感じさせる声で訊いた。

「きっと、その子とわたしでは、理由が違うから」

 まりんは優しくなだめるように視線をつぐに向けた。

「だから、何をしたらいいかっていう答えは、わたしからはあげられないけど…」

 まりんは、つぐを見つめたまま言った。

「でも、わたしにもやっぱり友達がいたよ、あなたたちみたいな」


 まりんは友達が多いほうではなかったが、小学生の頃から特に仲良くしている子が二人いた。一人は歌が上手く歌うのが大好きで、中学校では合唱部に入っていた。社交的で明るく、常に周りに気を使い、周囲の人を笑顔にさせるような女の子だった。もう一人は、恥ずかしがりで目立つのは苦手だが、お芝居が好きで演劇部に入っている、とても優しい子だった。自然が好きで情緒が豊かで、ちょっとしたことですぐに笑ったり泣いたりしていた。個性の異なる三人だったが、一緒に時間を過ごすことが多く、まりんは二人の友達のことが大好きだった。

 まりんが学校を休み始めてしばらくすると、二人はつぐとももえのように、ノートのコピーやプリントなどを持ってまりんの家に来てくれるようになった。そして、ある日、二人がある提案をしてくれた。

「近くに…と言っても、バスで二十分くらいかかっちゃうんだけど、学校に行かない子たちが通う場所があって」

 そこは形としてはフリースクールと言っていいものだったが、歌が好きな友達はその場所を、遊び場みたいなところらしいよ、と言った。彼女の母親がその場所の事を友人づてに知っていたらしい。

 まりんがその場所に行ってみたいと言うと、二人の友達はためらうことなく付いてきてくれた。

「そこには色々な理由で学校に行っていない子がいたし、学校にも行きながら遊びに来ている子とか、週の半分だけ来ている子とか、すごく自由なところで」

 まりんは家で自習をしながら気が向いたらその場所に行き、そこにいる子供たちと勉強したり、遊んだりした。二人の友達もたびたび来てくれて、みんなで歌や簡単なお芝居を練習したりもした。

 その場所で、まりんには新しい友達ができた。


「二カ月くらいそこに通ってみて、気分がすっきりしたというか、わたしは学校で自分らしさを隠して過ごす必要はないんだということが解ったの。そこには、ほんとに色んな子がいたから」まりんはちょっと思い出したように苦笑いした、「わたしもそのままでいいんだって思えたの。それで、夏休み前からまた学校に行けるようになった。先生も心配して何度も家に来てくれていたし、学校へ行っても大丈夫だって思えるようになったの。その〝そよちゃん〟もね…」

 まりんはバッグからメモ帳を取り出して、何かを書きながら言った。

「もし、学校に行けない理由が彼女の内側にあるんだったら、学校以外の場所に行って、自分のことを振り返って見てみるのもいいかも知れないよ」

 まりんはメモ紙を一枚ちぎってつぐに渡した。

「さくらベースっていう場所」

「さくらベース?」

 つぐはいぶかしげな声で言った。

「正式にはさくら寮という名前の施設なんだけど、わたしが勝手に呼んでいただけ」

 まりんは舌を出して笑った。

「ベースは、基地っていう意味でしょ?そこはスクールっていうより子供たちが集まる秘密基地みたいなものだったから」

 つぐは渡されたメモ紙に目を落とした。そこには『さくらベース(寮)』という文字と、その場所の住所、電話番号が書いてあった。

 それから三人は少しおしゃべりをして、店を出た。まりんは近くのカフェに移って勉強をするらしかった。つぐとももえが丁寧にお礼を言うと、まりんは、また困ったことがあったらいつでも相談してね、と言って微笑みを浮かべた。


  §


 つぐとももえは、駅から家に向かう道を歩いて帰った。

 駅前の賑やかな場所を過ぎ、飲食店や洋服店が少なくなって住宅街に入った頃には、二人はどちらともなくいつの間にか手を繋いでいた。つぐは何かを考え込むような表情で口数も少なく、ももえはつぐに無理矢理話しかけることはなかった。

 それぞれの家へと向かう分れ道まで来ると、つぐがももえの方を見て言った。

「次、そよの家に行った時に話してみよう。さくらベースのこと」

 つぐは、そよがそこへ行ってくれたとして何が変わるのかは分からなかったが、試してみる価値はありそうな気がしていた。

 ももえは黙ってうなずいた。

「じゃあね。また明日」と、つぐは言った。

「うん。バイバイ」

 ももえは少し心細そうな顔でつぐに手を振り、歩き始めた。


 分かれ道から十分近く歩いたところに、ももえの住む家は建っていた。しっかりとした門構えに、綺麗に整えられた庭、車が二台分の頑丈そうなガレージ。薄い練色の外壁とえび茶色の屋根で、暖かみのある外見の大きな家だった。

 もう辺りは薄暗く、街灯がともり始める時間になっていた。ももえは門を開け、新聞受けを内側から開けて郵便物を取り出し、玄関の扉の前に立ち、ナイロン製のリュックサックのポケットから鍵を出して扉を開けた。

「ただいま」と、呟くように言うが、家の中は暗く返事はなかった。

 ももえの両親はどちらも東京の企業に勤めていて、平日は早くとも夜八時にならないと帰宅しないのが常だったし、サッカースクールに通う小学生の弟もまだ帰っていないようだった。

 リビングを抜け、キッチンの灯りをつける。黒曜石のようなつやのある大きな冷蔵庫を開けると、中には色とりどりの野菜の常備菜や、電子レンジで温めるだけで食べられるように一人用のボウルに入れたスープ、グリルに入れて火をつけるだけで完成する鮭のアルミホイル包み焼きなどが、バットに並んで入っていた。

 ももえはため息をついて、冷蔵庫の扉をそっと閉めた。そして、頼りない足取りで階段を上り、二階の自分の部屋へと入って行った。

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