第15話 同業者のかたが横取りしにいらっしゃいましたわ~



 生存者の有無を確かめたわたくしたちは、家の外に出ました。

 メルクルディさまがメイスを肩に担いで、周囲を警戒しておりました。

 

「誰も生きておりませんでしたわ」

「残念ですぅ。ライゼさん、元気を出してください」

「ううう……うう~~~~~~!!!」


 ライゼさまがうなりながら、気絶している死霊術士ネクロマンサーさまに飛び掛かりました。

 両手で首を絞め、がくがくと揺さぶっております。死霊術士ネクロマンサーさまの顔が真っ赤になりました。

 ライゼさまの両手の親指が、喉に潜り込んで血泡が出ております。


 ボキン!


 骨が折れる音がして、頭ががくりと垂れました。あらあら、剣呑ですこと。


「ッ……!」


 ライゼさまはナイフを取り出し、指で裂け目のできた喉に刃を当てました。

 思わず目を背けてしまいましたが、粘液質な噴出音とナイフが何かを切る音が聞こえました。


「フーッ……フーッ……」


 吐息だけが聞こえます。目を開けてみますと、死霊術士ネクロマンサーさまの首と胴体が離れておりました。熱い血潮が地面に広がっております。


 ライゼさまは見事に復讐を果たされました。

 泣きはらして、無力で、何もお持ちでないライゼさまが義務を果たされたのです。

 お家のなかで見つけてしまったライゼさまの親族から作られたゾンビが、ここまでの憎悪を作り上げましたの。


「依頼達成ですわね」

「うう、はい……死体はどうやって運びますぅ?」

「野営地に引きずってゆくのは大変ですわね……メルクルディさま、一度野営地にお戻りになって、馬をこの村に連れてきていただけまして?」

「わかりましたぁ」

「わたくしはその間に、村をもう一回りしてまいります。死霊術士ネクロマンサーがお造りになったゾンビがまだ残っているかもしれませんし、ところで術者が亡くなった後でもゾンビは動きますの?」


「ふつうは術者が死んだら動かなくなりますけどぉ、死体に悪霊が乗り移る場合があるので、危ないですぅ」

「それはどのように対処するのでしょう?」

「首を斬ればいいだけですぅ。胴体だけじゃ目が見えないので、危なくなくなりますよぉ」

「それでは、メルクルディさまが戻ってくるまでに、壊し残しがないか見回っておきますわ」

「はいですぅ」


 わたくしはメルクルディさまがお戻りになるまでのあいだ。村々を回ってアンデッド化しそうな死体を探しました。

 わたくしたちが戦ったゾンビは十分に壊されておりましたので、死霊術士ネクロマンサーさまがお使いにならなかった村人の死体を、清めて埋葬します。


 一番大きな家──おそらく村を治めていた騎士の家に、すべて死体が集まっておりましたので、作成途中の縫合ゾンビも処分するために火をかけました。

 不浄な家は一度灰にしたほうがよいと存じます。

 血で湿っていた家はなかなか火が付きませんでしたが、一度温度が上がると、しみこんだ脂にも火が回り、盛大に燃え始めました。 


「亡くなられたかたがたも、きっと天に召されましたの」

「……」

「くぁん! くぁん!」


 涙の枯れた目で、呆然と炎を眺めていらっしゃるライゼさま。

 燃える光景が楽しいのか、興奮している灰黒狐。

 急に疲れが押し寄せて、座り込んでしまったわたくし。


 三者三様で村の結末を見守っておりました。


「ただいまですぅ。煙が見えたので、急いできたですぅ」

「おかえりなさいませ。確実に死体を浄化するために、燃やしましたの」

「なるほどですぅ。あっ、お隣の家にも燃え移っているですぅ」

「まあ、まともな家が、全て燃えてしまいますわね。お掃除しても死の臭いは取れませんし、燃やしてしまったほうが確実に浄化されますわ」


「ギルドに燃やした理由を聞かれないですぅ?」

「初めから廃墟だったとお伝えすればご理解いただけますわ」

「さすがですぅ」

「さ、馬に死体を乗せましょう。メルクルディさまもお乗りください」

「私も一緒に歩くですぅ」


 馬は死体を背中に乗せると嫌がりましたが、鞍に死体をしばりつけ、あぶみに脚を縛ると、おとなしくなりました。

 ただ、首から上ががありませんので、デュラハンに勘違いされる可能性もありますわね。


「首は股のあいだに結わえておきましょう」

亡霊騎士アンデッドナイトみたいですぅ」

「重度の酔っぱらいにも見えますわ」


 酔ったまま騎乗して、手綱を握ったままうつむいて眠っている方や、逆に限界まで仰向けにのけぞっているかたを、何人も見た記憶があります。

 この死体も遠くから見ればだらしない酔っ払いに見えるでしょう。

 近くで見ると言い訳できないほどの死体ですが……。


「では戻りましょう」

「はいですぅ」

「ライゼさまも、もうよろしいですの?」

「……」


 ライゼさまはゆっくりと頷かれました。


 

   ###



 街まで残り半日でトラブルが起こりました。

 冒険者とみられる一団が、街道に広がって警戒線を張っていたのです。

 検問とは趣が異なり、語弊を恐れず表現いたしますと、野盗の待ち伏せに近いですわ。


「やっときやがった。俺たちが替わりに報酬をもらってやるぜ」


 威勢のいいお言葉を発するのは、軽薄そうなおかた。

 どこかで見た記憶があります。

 ああ、そうですわ! ギルドで絡んできて施療院送りにした冒険者さまたちです。

 みれば、赤毛のかたもいらっしゃいます。名前は忘れてしまいましたが、たしか、そのかたです。


「うわ、いやなやつらに会いましたぁ」

「お知り合いですの?」

「私をパーティから追放して、報酬を独り占めした連中ですぅ。こんな場所にいるなんて、きっと私たちの依頼を横取りする気ですぅ」


「そうだ。話がはえーじゃねえか。おまえらが受けた身の程知らずの依頼を、俺たちがかわりに報告してやるってんだ」

「まあ、ひどいお話ですこと」

「ひどい話だと? てめえ、あんときのことを忘れたとはいわせねえぞ! ふざけたまねをしやがって! 生きて帰れると思うな!」


 ふざけたまねとは心外です。ただ格上のかたを雇って、身体を躾けただけですのに、逆恨みも甚だしいですわ。

 わたくしだけではなく、メルクルディさまにもよくない縁があるなんて、あのかたたちはロクでもない連中ですわね。

 二度と悪さしないように、懲らしめて差し上げましょう。


 冒険者のかたがたは、行く手をふさぐように広がっております。

 全部で6人。前衛が3人、軽戦士がひとり、弓がひとり、魔法使いらしきかたがひとり。

 バランスの良いパーティですわね。ただ、おそらくですが、わたくしたちよりも弱いですわ。

 何日も街で暮らしていますと、相手の強さが徐々に判りはじめました。


 浅い階層のダンジョンにもぐっているパーティは、装備も安価な品物が多いです。

 兜だけが高価だったり、鎧の素材がまちまちだったり、縫合ゾンビではありませんが、統一性のない装備をしております。

 わたくしたちの目の前にいるのは、まさにそのようなかたがたです。


 前衛のかたたちは、武器だけが高価で、ギラギラとしております。

 反面、装備は金属製のものが少なく、斧を持った戦士様に至っては、布を何重にも巻き付けただけの防護策をとっていらっしゃいました。


「覚悟しやがれ」

「殺されるだけで済むと思うなよ」

「バラバラに刻んでさらし者にしてやる」


 みなさま、復讐の歓喜に濁ったお顔ですわ。

 わたくしたちを獲物だと思い込んで、あなどって──弱い相手を心ゆくまでいたぶりたいお気持ちが、あさましい表情となって現れております。


 まったく……血の気だけは多くて、恥をかかされたと思い込んだら、命まで取ろうとする。

 誰かを思い出しますの。

 そう、チクロさまですわ! 

 恥をかかされたと思い込まれて、わたくしのお屋敷を攻めたチクロさまのお顔ですわ! 


 きっと今は、暖かいお部屋でお酒をたしなみながら、わたくしを嘲笑しております。

 怒りがわいてまいりました。

 わたくしに剣を向けているこのかたも、切っ先をふらふらとさまよわせて遊び、わたくしを嘲笑しております。

 きっとチクロさまと同類ですわ。お笑いになるなんて、許せません!

 

「お死になさいませ!」

「げっ!」

 

 カッとなって投げた炎の槍が前衛のかたの腕を貫通して、その後ろにいた魔法使いさまのおなかに刺さりました。

 腕がぼとりと落ち、剣が乾いた音を立てました。

 魔法使いのかたが、槍に刺さったお腹を妊婦のように抱えて、くすぶりながら前のめりにうずくまりました。


「えげぇ……」

「やろう!」


 別の戦士さまが、わたくしに斬りかかろうとしたとき、紫のやいばが横合いから飛んで、そのかたの脚を傷つけます。

 体勢が崩れ、見当違いの方向に斧が振り下ろされました。

 メルクルディさまが魔法で妨害してくださいましたわ。

 その場所から飛びのき、


風融帯ウインドメルティックカーテン


 わたくしを狙っていた、弓使いさまを風の魔法で押さえつけます。

 倒れながらも矢を放ってきました。

 おそらく何らかのスキルが乗った炎の矢を、腕で受けます。


 うっ、熱いですわ! 痛いですわ! 


 縫合ゾンビに何度も殴られた手甲はかろうじて形をとどめて居るだけで、防御力がほとんどなくなっていました。

 矢じりが腕を貫通しましたの! 許せませんわ!


 最初の一撃で、数的優位は崩壊しました。次のもみ合いでは、あいてのパーティが壊滅いたしました。


 前衛の3人は地に伏しております。

 弓使いのかたは、抱擁されて失神いたしました。

 魔法使いのかたは、なんとライゼさまと灰黒狐が襲い掛かって、今、馬乗りになってナイフを何度も刺しております。


 最後に残った赤毛のかたは、背中を向けて街道を逃げだしました。


「逃げ足がおはやいですわ」

「馬で追いかけますぅ?」

「魔法が当たるか試してみますの」


 石礫砕ロッククラッシャーを作り出し、お空に向かって撃ちました。

 使用感がわかってきますと、ある程度の距離なら命中させれる自信がありますが、果たしてどうでしょうか?


 有効射程を超えてしまい、質量を減らして飛んで行く石礫が、赤毛のかたのお背中にすいこまれるように当たりました。

 粉が飛び散ります。

 赤毛のかたが地面に突っ伏しましたわ。


「命中ですぅ!」


 メルクルディさまがぱちぱちと手を叩いて祝福してくださいました。軽く頭を下げてお礼をします。


「わたくし、とどめをさしに行ってまいります。この場はお任せいたしますの」

「はいですぅ」

「……ッ!くッ……!」

「ライゼさま。そのかたはもう亡くなっておりますわ」


 ライゼさまはわたくしの声に頭をあげ、刃物を振り下ろす手を止めました。荒い息を吐きながら、心ここにあらずな表情で、わたくしを見返します。

 返り血を浴びて、白いお耳が赤く染まって、ねばつく血が頬を垂れておりました。


「お顔が汚れておりますわ。ぬぐって差し上げます。ああ、そうですわ。どうせ拭くのでしたら二度手間になりますし、そこに倒れているかたたちに、先にとどめをおさしになってください」

「……」

「捕まえて官憲に突き出しましょうよぉ」

「メルクルディさま、わたくしたちを暗殺しに来たみなさまですから、遅かれ早かれ戻っても縛り首ですわ」

「……」


 ライゼさまは無言で頷いて、腕と脚が一本ずつ焦げてなくなった冒険者さまのそばにかがみました。


「やめろ、たすけッえげぇ!」


 はって逃げようとなされていた冒険者さまに、容赦なくとどめを与えております。

 恐ろしいですわ。恐ろしいですわ。

 村での酷い体験をなされたライゼさまは、別の世界に行ってしまわれました。


 必要最低限しかお話にならなくなりましたし、臆病さのかわりにどう猛さが前面に出ていらっしゃいます。

 それでいて闇夜が恐ろしいのか、不寝番のときでも、わたくしやメルクルディさまのそばを離れませんし、寝付いたとしても泣き出して、粗相もなさっております。

 お心に深い傷を負っておりますわ。


 赤毛のかたは街道から這い出して、外れた木陰にお座りになっていらっしゃいました。幹に背中を預けて、嗚咽を漏らしております。


「まあ、お逃げになりませんでしたの?」

「うっ……ひっ……ひぐっ……脚がうごがないよぉ……」


 消えかけの魔法などあまり殺傷力が高くないと存じますが、背骨に命中したのかもしれませんわ。背骨が折れると原理は不明ですが、歩けなくなったり、腕が動かなくなったりしますの。


「ねえぇ、あたしが悪かったからぁ……助けてよぉ。ね、謝るから、殺さなくてもいいでしょ? ねっ、ねっ、お願い? 二度とあんたに絡まないからさぁ……」


 涙でべとべとに濡れたお顔で、赤毛のかたが懇願してきます。

 大粒の丸い涙が、顎を伝ってぽたぽたと落ちております。


「冒険者同士は助け合いが大切ですものね」

「それっ! ねえ……いいでしょ? 明日から心を入れ替えるから! 罪をつぐなう機会がほしいの!」

「仕方ありませんわね……見逃してさしあげます」

「いいのっ!? あり、ありがと! ありがと……!」


 こんなにも懇願されますと、許して差し上げたくなってしまいますわ。 

 襲ってきたのは許せませんが、あまりに哀れなお姿ですので、つい、慈悲になびいてしまいます。

 

 赤毛のかただけは見逃して差し上げましょう。戦いの場所に戻ると、すでに襲ってきた冒険者さまたちは、全員こと切れておりました。

 両手が血まみれのライゼさまが立っております。メルクルディさまは死体を街道脇にどけておいででした。

 何かお金になる品物はお持ちでしょうか?


「このかたがたが身に着けている品物は、いただいても平気ですの?」

「追いはぎするのですぅ!?」

「亡くなったかたには不要ではありませんか」

「そうですけどぉ……そうだ、ギルドカードを回収して、犯罪者としてギルドに告発するですぅ。犯罪じゃないってわかれば、お金の半分をもらえますぅ」

「そうですのね。この身なりではあまり期待はできませんが、ないよりはましですわね」

「それと、武器だけは持って帰ったほうがいいですぅ。付与がされている武器を放置したら危ないですぅ」

「では、回収して武器屋さんに売りましょう。そうですわ。ライゼさま、この中でほしい武器はありまして? 何かお使いになってはいかがでしょうか?」

「……」


 弓、杖、剣、槍、斧──どれを選ばれるのか眺めておりますと、槍を手に取られました。そのまま柄を抱きしめるようにすがりつかれました。

 大きさに安心感を覚えるのかもしれませんわ。


 残りの武器をまとめて縛って、馬に乗せます。死体はアンデッド化しない処置をしたのち、再び出発しました。途中で木陰にいる赤毛のかたに手を振ります。


「それでは、ごきげんよう」

「ちょ、ちょっと待ってよ! あたしも連れて行って! 怪我を治してくれるだけでもいいから! ねえ! ねえ──」

「どうしますぅ?」

「さあ? わたくしにはわかりかねます」

「連れてってよぉ!」


 無視して通り過ぎました。

 運がよければ通りかかったどなたかに、助けていただけるかもしれませんのに、わがままですわね。


「ちょっとかわいそうですぅ」

「どうぞ、お助けになってください。わたくしはお止めしません」

「うーん……でも治したら、また誰かを襲いそうだから……あの人、絶対反省してないですぅ」

「わたくしも同感ですわ。困ったかたですわね」

「うーん」


 メルクルディさまがお悩みになっているあいだに、どんどん距離が離れてゆきます。

 一本道の街道ですが、平坦ではありませんので、小さな森を曲がると姿は見えなくなりました。


「ねえ、ねえってば……まって、おねがいだから! ねえ……ちくしょう! 死んじまえ! くそ! 鬼畜! 死ねー!」


 背中に聞こえる罵詈雑言が遠ざかってゆきます。性根はすぐに変わらないと想像しておりましたが、変節がはやいにもほどがあります。


「うーん……」


 今日はいいお天気ですわね。

 遠乗りに出かけるには最適です。

 メルクルディさまはその日の夜まで悩んでおりましたが、すでに引き返すには遅い時間だとお気づきになって、「まあいいですぅ」とおっしゃられて、お悩みは終わりになりました。

 そうです。悩まれるほどの相手ではありませんの。所詮、どうでもいいお相手ですから。


 ただ、5人も殺して、ギルドの職員様は信じてくださるでしょうか。

 不安になってまいりました。


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