5-9 これからもずっと
確かに原作者の心に届いたのは嬉しい。
嬉しくて嬉しくて、たまらない。
だけど、これはあくまでたった一人の意見だ。
ここには原作ファンが五千人近くもいて、一人一人がどう思っているかなんて、想像すらできない。
確かな自信は、この鼓動が証明している。
だけど、アイリが強敵なのは何も変わらない訳で――。
「現在、月影アイリさんとLazuriteに一票ずつ入っています。これで残るは、客席の皆様の投票結果ですべてが決まりますね……!」
やがて、アナウンサーの進行する声が聞こえてくる。
どこか興奮した声色に釣られるようにして、客席のざわつきが増していく。
最後は、スポットライトによって結果が発表されるらしい。
再び「心の準備はよろしいでしょうか?」と訊かれると、侑芽夏は透かさず「はい」と返事をした。水琴もアイリもほぼ同時で、三つの声が重なり合う。
そこに、ピリリとした空気――は、存在していなかった。
まるですべてを察しているかのように、アイリの真紅色の瞳から温かな光を感じる。これは迷いのない自信なのか、はたまた別の何かなのか。
わからないままステージの照明は暗くなり、ドラムロールが流れてくる。
侑芽夏はただまっすぐ、客席を見つめていた。
緊張は極限状態のはずだ。自分がアニソンのオーディションにたくさん挑んでいた頃、このスポットライトに照らされることは一度もなかった。
言わばトラウマのようなものだ。
この瞬間ばかりは、心が苦しくなるのが当たり前だと思っていた――はずなのに。
隣には水琴がいて、憧れの先輩と胸を張って戦えている。
客席には自分と同じく『娯楽運びのニンゲンさん』が大好きな人がたくさんいて、その中には宗太や君嶋家の父親もいる。関係者席には自分の両親もいて、見学で来ているレーベルメイトもいて……。
ただそれだけで、胸が温かくなっていく。
あぁ、大丈夫だな、と思ってしまう。
決して、「負けても大丈夫」という意味ではない。絶対に勝って、皆を笑顔にするのだという前向きな気持ちだ。
どうしたって鼓動はうるさい。だけど、そこに苦しさは一切存在していなかった。
むしろ。
「……ぅえっ? あーっとぉ…………えぇっ?」
――いざ、スポットライトに照らされた瞬間が一番やばかったのかも知れない。
「……ユメ」
明るい。……というよりも、眩しいくらいだった。
そんな中で、水琴がこちらをじっと見つめている。
すでに瞳からは雫がポロポロと零れ落ちていた。と思ったら、一気に自分の視界まで滲んできてしまい、侑芽夏は慌てて目元を拭う。
「キミ」
名前を呼ぶのがやっとだった。
発表されたら鼓動が落ち着くと思っていたのに、そんなことはまったくなくて。今になって苦しくなって止まらないのは、いったいどういうことなのだろう。
どうやら、叶ったらしい。
自分の夢も、水琴の想いも、全部。
スポットライトの光と、客席の拍手と、アナウンサーの「おめでとうございます」という明るい声と、アイリの温かな視線。
一つ一つが心の中へと溶けていって、夢が現実へと変わっていく。
「…………っ!」
その瞬間、ようやく客席にいる宗太の姿を見つけることができた。
二階席の最前列にいるようで、遠くて表情まではわからない。でも、大きく手を振ってくれていて、その姿を見るだけで胸が熱くなってくる。
「わっ」
もしかしたら、水琴も宗太の姿を確認できたのかも知れない。
突然抱き着いてきたかと思ったら、涙でぐちゃぐちゃになっているのもお構いなしに至近距離に見つめてくる。
「ありがとう」
赤らんだ瞳に、震えを帯びた声。
ファンにも見せない姿なのに、水琴は気にする素振りなど微塵も出さなかった。ただただ必死に、言葉を紡いでくれる。
「諦めないっていう道を選ばせてくれて、本当にありがとう……っ」
まただ。また、視界が危うい。
こんなにも嬉しい気持ちが降り注ぐ瞬間があるなんて、侑芽夏は知らなかった。だって、最初はあんなにも絶望的だったのだ。
自分の中にあるもう一つの夢が叶うかも知れない。そんな風にはしゃぐ暇すらなくて、たくさん頭を抱えて……。
「キミが隣にいるから、私はここにいるんだよ」
今は、心の底からそう思える。
小っ恥ずかしくて、普段だったら絶対に言えないだろう。でも、今この瞬間だけは、言いたい想いが溢れて止まらなかった。
「だからありがとう、キミ」
すべての気持ちをその言葉に込めながら、侑芽夏は微笑む。
これから先、Lazuriteとしての活動も忙しくなるのだろう。
だって、自分達は『娯楽運びのニンゲンさん』のオープニングテーマを勝ち取ったのだ。Lazuriteにとって初めてのアニメソング。きっと、アニメがきっかけでLazuriteを知ってくれる人も多いだろう。いつかアニソンフェスに呼ばれる日も来るかも知れない。曲数が増えればワンマンライブだってできるし、ファンクラブだって夢じゃない。またアニソン戦争の話が来たり、オファーで主題歌を担当したり……そういう未来も、可能性としては充分ありえるのだ。
だから、これは決してゴールではない。
自分達はもう高校生ユニットじゃないし、高校生と大学生によるユニットという訳でもない。
古林侑芽夏と君嶋水琴の二人だからこそ歩める道が、これからもずっと続いていく。
――ここは、たくさん悩んだ先に辿り着いた、私達の新しいスタートラインだ。
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