第24話 領主の憂い


「このような貧相な場所にお連れして申し訳ありません。……一応、人払いはしましたが……」


 やって来たのは領主館だった。住居も兼ねているというこの館は所々塗装が禿げた古い二階建ての店舗の様な外観で、この東部一帯を取り仕切る主が住んでいるにしてはみすぼらしい。華美な装飾品など何もない、最低限のテーブルとソファーがあるだけの応接室。領主手ずから入れてくれたお茶を前に、アリアベルは「ありがとうございます」と答えると、目線をスッと上にあげた。

 気持ちを新たに領主と向き合う。さっきはつい狼狽えてしまったが、神託として告げた内容通りにする為には今後は領主である彼の存在がとても重要だ。人嫌いだからといっておどおどしている場合ではないとアリアベルは思ったのだ。その意気込みに気付いたのかは知らないが領主が緊張気味にゴクっと小さく喉を鳴らす。早速本題を切り出した。


「……それで、ですが……再三同じ事を聞くようで申し訳ありません。神託では……その、神は本当にこの東部の解放と自由を望んでおられるのでしょうか?」

「はい。それが神託です」

「……ですが、ここは長年に渡り帝国の監視下にありました。ハラマンの墓場と呼ばれるほど昔から忌み嫌われてきた場所ですし……現状、囚人の檻とも化しています。そんな曰くつきの場所に住む私たちが果たして自由という権利を手に入れられるのか……ましてや帝国からの独立など夢の中のまた夢のように思うのです……」

「いいえ、夢ではなく現実になりますし、私もそうなって欲しいと思っています。だって、ここはもう神の祝福で溢れているのですから」

「……っ、ですがっ……」

「それに、ここには本当の囚人はほとんどいないのではありませんか? 領主様も含め、多くが無実の罪を着せられた者だと思うのですが」

「……! ご存知、でしたか……?」

「はい。私は視たのです。この地に宿る歴史の記憶を……」


 おもむろにアリアベルが手を振り動かすと無数の絵画のようなものが現れた。その数は何百枚にも及ぶもので一瞬にして部屋が覆い尽くされる……。アリアベルは先日視た残留思念を領主にも見える形で再現したのだ。枠の中にいる人物たちは実際に生きているかのように自由自在に動き回り、それぞれが違った時代の、異なる風景を鮮明に映し出している。


「……っ! これはっ……」


 立ち上がり、領主はハッと目を見張った。それが偽りのものでない事は若かりし頃の自分の様子もまた絵画の中に映っていたのですぐ分かる。そして驚きも束の間、映し出された光景がどれもこれも惨たらしいものばかりなのですぐに苦しそうな表情になる。


「……これが過去500年に渡るこの大地の記憶です。このように原住民の方が迫害され酷い仕打ちを受けてきましたし、汚名を着せられ流刑になった人々の怒りや苦しみはあまりに凄まじいものでした。何の罪もない皆さんがこれだけの犠牲を払ってきたのですから、そろそろ報われるべきではないでしょうか」

「…………」

「神は領主様にも祝福を与えております。あの場で言ったように、今後は領主様の了承なしには食べ物は勝手に持ち出せませんし、強引に奪い取ったり、領主様が少しでも嫌な思いをすればたちまち消えてしまいます。ですからそれを存分に利用なさってはいかがでしょう?」

「……ですが……」


 領主はどうも浮かない顔だ。固く握り締められた拳。眉間にはシワを寄せ、何かを憂いているようだ。その様子にひとまず絵画を引っ込めたアリアベルはクイっと首を傾げて聞いた。


「……領主様?」

「……っ、……あのっ、私はっ……」

「……どうかなさったのですか?」

「……っ、……私には想像がつかないのです! 皇帝は頭が回る卑怯で卑劣な男です! 私に有利な手札が出来たとはいえ、そう簡単にはっ……」

「大丈夫ですよ。自信を持って下さい」

「……っ、……呪いがかけられているのです! この身にとても危険な呪いが! 私が何か事を起こそうとすればっ……もし皇室に歯向かう事があればここにいる全員の命が危ないのですっ……私の大事な人たちが死に至ってしまうのです!」

「……呪い、ですか……?」

「……間違いなく兄の、皇帝の仕業でしょう。ここに追いやられた時にかけられたものです。禁忌とされる闇の魔術を崇拝した名高い呪術師がかけたもので……私の子孫にも影響を及ぼし続けるとても危険な呪術です。しかもすでに術師が死んでいるのでもう解呪は不可能です。永遠に呪いは解けません」

「……え? ……はあ。……そう? なのですか……?」


 すると、ずっと黙って聞いていたライが突然「ブッ!」っと吹き出した。面白おかしそうに羽を広げてパタパタし、初めて領主に喋りかける。


「おい領主! 深刻そうに何を言うかと思えば気は確かか! 一体誰にそんな話をしてるんだ!」

「……えっ!?」


 領主は目を点にした。人の言葉を喋る鳥などこれまで一度も見た事がない……。


「ちょっとライ! 領主様に失礼じゃない!」

「あの程度の呪いでどうのこうの言うからだ!」

「……と、鳥が喋って……」

「我は只の鳥ではない! この世界で最も高貴な――」

「ライ! 領主様すみません。この鳥は神の遣いの鳥なので人の言葉を喋るのです」

「……はあ、」

「フン! とにかく口を出さずにいられんな! 全くもって取るに足りぬ! 魔界神の呪いが100だとすればそんなもの、1にも満たぬ未熟さよ!」

「……それはどういう……」


 分からないという顔をする領主の前、アリアベルは軽く指を擦り合わせた。その瞬間イメージとして見えたのは心臓に絡みついていた幾重もの鎖が跡形もなく消えるもの……。正直に言えば通常はアリアベルと一緒に過ごすだけで自然と勝手に解けてしまう、対面した時点ですでに解けかかっていた呪術なのだが、これで完全に領主の呪いは消えてなくなる。


「はい、もう大丈夫です。領主様の呪いは解けました」


 あっさりとそんな事を言うアリアベルに領主は思わずポカンとした。だが、何か違和感に気付いたのか探るように胸をなで、慌てて服のボタンを外し――、


「……っ! まさかそんなっ……消えている! 腕にあった呪の刻印がっ……胸の大きな痣も全部っ……!」


 今日聞いた中で一番の大きな声を響かせた。よほど信じられないのか領主は何度も何度も触って確かめ、その様子にアリアベルは「良かったですね」と、ライは「当たり前だ!」と口にする。


「……信じられないっ……まさか本当にこんな事がっ……!」

「念の為、もうどんな呪いにもかからないようにちゃんと予防も致しました」

「……!? 魔術師様っ……あなたは一体っ……」

「はい、私は魔術師です。神の祝福を受けた魔術師ですのでどんな呪いでも解呪できます」

「……! ……ありえない……」

「それより、これで安心できましたでしょうか? もう何も心配事はありませんね?」


 にこっと微笑むアリアベル。ところがてっきり頷くとばかり思っていた領主が何故かピタッと動きを止める……。またも複雑な表情を滲ませながらアリアベルに切り出した。


「……実は、人質を取られていまして……」

「……ええ!?」

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