第18話 地下牢にて ②


「……なんだか嫌な雰囲気ね」

「彼が苦しんだ場所ですから。思念が残っているとすれば、おそらくここをおいて他はないでしょう……」

「……それで、どうするのだ? 我が手伝う事はあるか?」

「いいえ、大丈夫よ。ここからは私一人でやるわ」


 そう言うとアリアベルは一人、前に出る。そこで一番存在感を放っている装置の所へ移動した。厚く土埃を被っているそれは上部がくぼんだ卵型のカプセル式の物で、これが500年も前にあったとは信じられないほど今見ても目新しい最新鋭の機器に思える。アリアベルは軽く埃を払うとその装置に手を置いた。すでに何か感じ始めているが、それに触れるとそこに宿る残留思念がすぐに当時の様子を伝えてくれる……。


「――――ぐあ゛あああああッッ……!!」


 初っ端聞こえてきたのは言葉にならない叫びだった。それを皮切りに波紋状に色が広がり、まるで500年前にタイムスリップしたかのように場景が変わる。物に宿る当時の記憶が鮮明にその有り様を映しだした。


(……! まさか……これがエルヴィンさん、なの……?)


 見た瞬間ショックを受けた。装置に入れられているエルヴィンは既にそれが普通の人間の姿ではない。カプセル内には水が充満しており、それが錬金術師が作った生ける屍にする為の特別な薬品なのか表面の皮膚が溶けており、剥き出しになった筋肉は青緑色に変色している。切断された手足の切り口からは根っこのようにたくさんの繊維が伸びていてそれが太い鎖と癒着していた。


(……なんて酷いっ!)


 そこに歩き回る人影を捉える。あくびをする軽薄そうな男が例の錬金術師なのだろう。何の罪悪感も無さそうな顔。男が更に魔道具を作る為にとエルヴィンの目や耳、鼻まで切り取り利用する姿が次々に並行して映し出された。


「――――ぐあ゛あああああッッ……!!」


 またも聞こえる大きな叫び。水に入れられ舌も切断されていたエルヴィンが発するには無理があるのでこれは心の叫びだろう。いくら道具にされたとはいえ心はまだそこにあったのだ。誰であってもけして奪い取れやしない思いの部分。例えそれが狂気に満ちた感情だけであったとしても……。

 恨み、怒り、悲しみ……。その声から感じ取れるのは暗然たるものだった。付随して僅かに感じるものもあるがこの三つが特に強い。


「エルヴィンさん! エルヴィンさん!」


 その姿に声をかけずにいられない。もうとうに過ぎ去った日々の、ましてや物に宿る記憶を見ているだけなのだから何も出来ないのは分かっている。だが何もせずにはいられないのだ。


「エルヴィンさん! リコナさんは無事です! 今は安全な場所にいるので大丈夫ですよ! しばらくは泣いてばかりだったけれど、最近はやっと少し笑えるようになったんです!」


 すると何となくエルヴィンがこちらを向いたような意識の反応が感じられた。ハッとするアリアベル。この世には説明出来ない不思議な事が多々あるものだ、だからこそ奇跡を期待したアリアベルだったのだが、次の瞬間に打ち砕かれる。


「ははっ、ほんとお前は最高傑作だよ! まさに逸材だ! この魔力抽出器になる為だけに生まれてきたんじゃないのか?」


 聞こえてきたのは嘲笑う声。すぐ真後ろに錬金術師が立っていた。やはりこの場では何も出来ないのだと意気消沈するアリアベル。一方、見た目には変化がないエルヴィンだが、どす黒い感情は一気に大きく膨らんで――、


「――――あ゛ああぁぁぁッ!! ぐふッ……ぐぬ゛ううぅぅッ!! 憎いッ! 憎い憎い憎いッ! 貴様らけして許さんぞォォォッ……!!」


 爆発的な怨みの念が放出された。忿怒の声はビリビリとアリアベルの体を突き抜ける……。


「エルヴィンさん!」

「――――あ゛あ゛ああぁぁッ……!! 許さんッ! 許さんッ! 許さんッ……!!」

「エルヴィンさん! どうか落ち着いてっ……!」

「――――ゔぐあ゛あああああッッ……!! 許さんッ! 許さん許さん許さんッ! 許さんぞォォォッ……!!」


 そうして叫びはしばらく続き、次第にゆっくり遠のいた。色褪せてゆく周りの景色、埃っぽい古びた臭いがアリアベルの意識を現実へと引き戻す……。


「アリアベル!?」

「アリアベル様!?」


 気付けば座り込んでいた。口を半開きにぼーっとするアリアベル。声にあてられたせいなのかうまく頭が働かないし、何よりエルヴィンのあの狂おしい程の叫び声が耳の奥でまだ反復しながら聞こえている。


「どうしたのだアリアベル! 何があった! 大丈夫か!」

「…………え? ……あ、うん。大丈夫……」

「本当に大丈夫なのですか!?」

「……ええ。……ふう。待って、今やっと……だんだん元に戻ってきたわ」

「無理するな! それで、一体どうしたのだ!?」

「何かお言葉は聞けたのですか?」

「……ああ、言葉。……言葉、は……」


 言いながらゆっくり立ち上がる。今一度視線を装置へ向けると溜め息と共に背を向ける。力なく首を横に振った。


「……残念ながら、リコナさんに対しての言葉は聞けなかったわ。ここにいる間、エルヴィンさんの心は強い憎悪でいっぱいだったの。その念が強すぎて、それ以外の言葉は全く聞く事が出来なかったわ……」

「……そうか」

「……それは、残念でした」

「それにしても酷い状況だったわ。聞くのと実際見るのとでは大違い。人間ってどこまでも残酷になれるものなのね」


 苦々しい気持ちを抱えたままアリアベルたちはそこから立ち去る。その後は森の茂みにて身を隠し夜を明かしたのだった。

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