【カイリ】のアカウントの炎上について、かなたんさんとマキビシさんにそれぞれメッセージを送ったら、「皆で相談しよう」とパソコンでチャットツールを使って会議をすることとなった。

 一応学校の授業で行うものの、日常だとあんまり使わないチャットツールにアワアワとしていたら、それらの使い方をスマホのメッセージアプリでかなたんさんが逐一解説してくれたおかげで、どうにかセット完了した。


【カイリさんのアカウントを確認したけれど、あれはカズくんのファンのやっかみだねえ】



 かなたんさんが心底同情したように言う。実際にスマホのアプリでも、私が連絡した途端に心配そうに【大丈夫?】【自分のアカウントが炎上するのはしんどいよね】と気遣いの文章と一緒に何個も心配しているスタンプを送られてきたから、文章だけでも充分こちらに寄り添ってくれているのが伝わってくる。

 一方マキビシさんは冷静だ。


【でもこのままだとカイリさん、次の動画上げられないでしょ。一応コメント欄を見えなくするツールもあるから、それを使ってコメント欄を遮断して動画をアップするという方法もあるけど】

【それはカズスキーさんから聞きました。ただ、それでカズスキーさんのファンは納得するのかなと思います】

【嫉妬はねえ……被害者って基本的に自分が一番可哀想だから、加害者側に立った人に対してはなにをしてもいいって思っているから厄介なんだよ】


 この辺りは前にオフ会で会った際にも、かなたんさんと一緒にさんざん愚痴っていた話だったから、ものすごく思うところあるみたい。

 私は思わず尋ねてみた。


【マキビシさんのときは、どうやって対処したんですか?】

【自分? 訴訟した。弁護士通して相手アカウント選んで、アカウント情報請求してから、これのせいで逃げたクライアント分の被害の賠償請求の訴え起こした】


 話が大き過ぎて、私は文章を打ち込むこともできずに固まっていたら、萩本くんのほうからツッコミが入った。


【俺たち現役高校生に、裁判起こせっていうのは、いくらなんでも無理ですよ。できないこともないでしょうけど、俺たちが高校生の内に決着付けられるかわかりませんし】

【そうだねえ、だいたいは荒らした犯人のひとりを吊し上げで訴えたら、それ以上はごめんなさいしてコメントやアカウントを削除するから、それでだいたい仕事しやすい環境は取り戻せるけど】

【高校生に大人の本気を見せつけないでくださいよ。そういうのを、大人げないって言うんですよ】


 かなたんさんからもツッコミが入って、私は少しばかり上がった動悸が治まるのを感じた。こういうことができないと、これからも歌を歌うことはできないのかと怖くなったから。

 マキビシさんは【それじゃあ】と別の提案をしてきた。


【原因がカナタさんとカズスキーくんの同時にアップした動画なんだから、カズスキーくんが声明を出すのが一番かなと思うけど。カズスキーくんは大丈夫?】

【大丈夫ですよ】


 萩本くんが割とあっさりとそう言ってくれたのに、私は拍子抜けした。

 ……萩本くん、自分のことを好きな女の子たちが勝手に争って勝手に周りの空気を悪くしていくの苦手なのに、自分からそれを言うんだと、申し訳なくなる。

 それにマキビシさんが指摘した。


【君、すごーく図太くって、ネットやっていくのには向いているけど、ファンにすぐ喧嘩売るから。言葉にはちゃんと気を付けなさい】

【あれって、ファンなんですか? 俺のファンって言っておきながら、俺が好きって言ったカナタさんのアカウントを滅茶苦茶にして。意味がわかんないんですよ】

【ほーらー! すぐそういうこと言うから! 駄目だからね。普通に誹謗中傷はやめるようにくらいに留めないと!】


 私はふたりのやり取りをぼんやりと眺めている中。スマホのほうにかなたんさんからメッセージが入った。


【ごめんね。私たちが依頼したばかりに、おかしなことに巻き込んでしまって】

【いえ。かなたんさんもマキビシさんもちっとも悪くないです。私の要領が悪かったんで】


【私の高校生の頃、そんな大人な対応取れなかったかも。もっとうろたえてアカウント消して終わりだったと思うよ】


 それは多分。私も萩本くんがいなかったら、かなたんさんが言ったことをそのまんまやってたんじゃないかな。

 結局話し合いの末、【カズスキー】さんのアプリのアカウントで声明を出してから様子見ということになった。

 訴訟は困るっていうのは、私も家族にアプリのアカウントで歌い手をやっていることを言っていないから、それがばれたらものすごく面倒臭くなるというのがある。炎上したのが原因で、私にとっての箱庭であるアプリのアカウントを奪われたくなかった。

 自分のアプリのアカウントに、未だに戻れない。沈静化ってどれだけかかるんだろう。私は歌いたくって歌いたくってしょうがないのに。

 パソコンの電源を落としてから、私はベッドで大の字に寝そべる。今日はお風呂で長風呂して、思いっきり歌おう。それだけを心に決めた。


****


 私がアプリのアカウントのことでひとり悶々としている中でも、現実はやってくる。

 教室に入ろうとすると「おはよう」と声をかけられたのだ。清水さんだ。


「おはよう……この前はありがとう」

「別に。萩本くんとは、その後大丈夫?」

「あ……」


 そもそも私と萩本くんの関係って、清水さんにはどう見えているんだろう。まさかふたり揃って歌い手をやっているなんて言えないし。そもそも清水さんのご家族が警察関係者なんだったら、歌い手ってどういう風に見えているのかよくわからないや。

 私はどう答えるべきかと視線をうろうろと彷徨わせていると、清水さんが溜息をついた。


「別に言いたくないんだったら言わなくてもいいけど」

「ご、ごめん……」

「ただ、ああいう子たちって、他人の人間関係を引っかき回すだけ引っかき回して知らんぷりするから、それだけは注意なさい。せめてあの子たちを黙らせるだけの言い訳くらいは、考えておいたら?」


 あの子たちというのは、私に普段掃除を押しつけたり、萩本くんの人間関係をつつき回している子たちのことだろう。

 私は「うん……」と溜息をついた。


「……他人のことって、そんなに面白いの? 自分の好きなことだけしてればいいのに」

「さあね。どうかしら。無趣味の人の趣味って、人間関係だから」

「それどういうこと?」

「誰かと誰かが付き合いはじめたとか、誰かと誰かが別れたとか。そういうのを面白がる趣味っていうのがあるらしいのよ」

「……不毛だね? なにか完成する訳でもないのに」

「そうね……なにかつくるのが趣味だったりするの?」


 そう清水さんに尋ねられ、私は返答に迷う。

 今の質問って、誘導尋問だったんだろうか。それとも。考え込んだ末に、ぼそぼそと口にしてみる。


「歌うのが……好きだから」

「ふうん。歌手になりたい、とか?」

「あ、そういうのは特になくって……ただ、歌を歌うのが好きで、なにかになりたいとかじゃなくって、ただ歌ってたいというか……」

「まあ、そりゃそうね。絵を描くのが好きだからって誰だって画家になりたい訳じゃないし、料理が得意だからって皆が皆料理人になりたい訳じゃないでしょうし。そう……私も歌は好きよ」

「え……」


 清水さんはもっと固い人なのかと思っていた。思っていることが顔に出てしまったのか、清水さんは唇を尖らせる。


「なあに、私が普段そういうのに興味がなさそうと?」

「……ご、ごめんなさ、もっと家で、クラシックとか聴いているのかなとばかり……」

「私、クラシック聴いてると、だんだん眠くなっちゃうのよね」


 その言い方がなんだかおかしくって、私は思わず「ぷっ」と噴き出してしまった。それに清水さんは釈然としない顔をした。


「それなら、今度一緒にカラオケに行きましょう。私、懐メロしか歌えないけど」

「わ、私も、有名な曲はそんなに歌えないけど、それでいいなら」


 普段だったら。私にカラオケを教えてくれた萩本くんと一緒に歌の練習をしていたのに。今日は清水さんとカラオケだ。

 久々に友達とカラオケに行くのが嬉しいというのと同時に、萩本くんに対しての申し訳なさが募る。私は教室でちらちらと萩本くんの席を見た。でも。

 今日は来ていなかった。普段だったら、どちらかが席に着いたときに互いにちらっと目を合わせるくらいはするのに、それもできない。

 昨日、私のアカウントの炎上問題を一緒にチャットツールで話をしたんだから、いたと思うのに……でも。

 チャットツールだとカメラもマイクもないから、あのときの萩本くんの様子がわからない。体調が悪かったとか、なにかあったとか。

 ……それこそ、近所の女子校の女の子の話は、未だに聞けてないのだから。

 授業が終わってから、私と清水さんでカラオケ屋に行くことにした。意外だと思ったのは、清水さんはカラオケ屋のアプリ会員になってきっちりポイントを溜めていたことだった。日頃からそういう習慣がなかった私にとっては、意外過ぎるものだった。


「……すごいね」

「そう? よく行くから。うちの親戚一同に絡まれないようにするためには、マイクを離さないようにするのが一番だから」


 警察一家だと言っていた闇を感じるなと思いながら、私は聞かなかったふりをしていると。私たちと同じ自動ドアを可愛い制服の女の子が通っていった。地元で一番有名な女子校の制服は、どことなくイギリスの寄宿学校を思わせて華やかだ。

 なにげなく見とれている中。


「あ、和也くん」


 そう言って可愛らしい声で手を振った。制服だけでなく、ゆるふわに仕上げたセミロングのハーフアップといい、はにかんだ笑みといい、まるで少女マンガからそのまま抜け出たような子だなと感心していた視線の先を見て、私は思わず固まった。

 今まで見たことない、有名スポーツメーカーのシャツにデニムという出で立ちで立っていた萩本くんだった。顔にはしっかりと黒いマスクで覆っているけれど、これだけ揃うと顔が見えなくても格好いいとわかってしまう。

 私が固まっているのに、清水さんは怪訝な顔で、可愛い女子校の子と萩本くんが並んでいるのを見ていた。


「萩本くんと彼女さん……? あと山中さん大丈夫?」


 心臓が痛い。ずっとギシギシと嫌な音を立てている。それに。

 私の隣を擦り抜けていく萩本くんは、ちらりとも私のことを見なかった事実が苦しかった。

 当たり前なことに気付いた。

 私が清水さんとカラオケに行けるように、萩本くんだって誰かとカラオケに行けるんだっていうことに。

 私にとって幸せだと感じていた、私と萩本くんがカラオケルームに入って一緒に歌うというのは、萩本くんにとっては誰とでもできることだったんだって。

 目尻から涙が出そうになるけれど、係員の人に呼ばれるまで、私は必死に耐えていた。こんなところで泣いて、萩本くんを困らせたくはなかったから。

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