第7話 ラウンド1、FIGHT!!


 最後に無事、美郁へ気に入ってもらえたプレゼントを渡せて安心する。ネックレス代で少し予算オーバーしたのでディナーは手頃なイタリアンで済ませ、そのまま帰路につく。

 その間美郁は終始上機嫌で俺の手を繋いだまま離そうとしなかった。


 そんな俺達が最寄り駅に到着し、家に歩いて帰る途中だった。まるで待ち伏せしていたかのようにあの女が立っていたのは。


「あっ、ミクちゃん、楽しそうだね。今日はリョウくんを置いて彼氏とお出掛けかな?」


「「えっ!?」」


 俺が思わず上げた声と美郁の声が重なる。


 どうやらこいつはカフェで美郁には気付いていたみたいだが、相手が俺だとは気付いていなかったらしい。まあ、髪を切った直後は美郁すら分からなかったのだから当然か。


 ただ、それとは別に、わざわざ美郁を待って棘のある言い方で煽るのには何の意図があるのだろう、やっぱりこいつは理解出来ない。


「こんばんは伯東さん、僕とは、ただの買い物帰りですよ」


 しかし美郁は意趣返しとばかりに、わざと「お兄ちゃん」部分を強調して答える。しかも記憶ではお姉ちゃんと親しみを込めて呼んでいたのに、今は伯東と名字で呼んでいた。


「えっ、もしかしてリョウくんなの?」


 いまさらながら美郁の彼氏と思っていた人物が俺だと気付き驚きを超えて驚愕の表情をする。


「そうですよ。ですから僕はお兄ちゃんを置いてではなくて、お兄ちゃんとにお出掛けしてたんです」


 ふっふっんと少し勝ち誇った感じで美郁が答える。


「ふっ、ふーんそうなんだ。ミクちゃんリョウくんと仲直り出来たんだ、良かったね」


「別に喧嘩なんてしてませんでしたから」


 美郁は冷たく遠ざけるように話を切る。どうやら美郁は今の彼女のことは好きではないらしい。折角の楽しい雰囲気が台無しだ。

 俺としても一緒に帰りたくは無いが、家が近所なので必然的に帰り道が同じになってしまう。


「そうなの? まあ良いや、実はね私も二人と同じでお買い物に行ってたんだよー彼氏とね。さっきまで一緒だったんだよ、でも最寄りが違うから駅でバイバイしちゃってさー、でもでも『家まで送っていけなくてごめんね』ってあやまってくれて……」


 うーん、惚気けたいがためにここで俺達というか美郁を待っていたのだろうか? それとも本当に、たまたまだったのか分からなくなる。

 ただ、自分が悪いわけでもないのに隣の美郁が申し訳さそうな顔をしていた。

 だから俺は話を切る意味でも、俺の本音をそのまま伯東に伝える。笑顔を添えて。


「へぇ、順調そうで良かったじゃないか、俺も遠くで陰ながら応援してるからな頑張れよ!」


「えっ、あっ、うんありがとう」


 なぜか俺の応援に微妙な顔をする。この女は俺に何を期待していたのだろうか? 

 さらにその横で美郁が驚いた顔をして俺を見ていた。


 俺的に変なことは言ってないはずなのだが、二人の反応が本当に理解出来なかった。


 ただ美郁の方はひとり頷くと何か納得したようで、醸し出していた剣呑な空気が和らぐ。


「そっ、それよりリョウくんたちは何を買ったの?」


「ああ、服がメインだな。今着てるのとか、ミィに選んでもらったんだ」


「どうですか伯東さん、お兄ちゃん見違えたでしょう」


 俺に追従して、まるで自分のことのように俺を自慢する美郁。


「うん、そうだね。でも前も個性的で良かったよ」


 あの諒也のファッションセンスを個性的と評価する伯東。もしかしたら諒也はこの幼馴染の影響であんなセンスになったのかもしれない。


「そうですか? でもお兄ちゃん今の服も気に入ってくれたようなので前に戻ることはないと思いますよ」


 美郁の言うとおり、俺としては二度とあんな格好をすることはないだろう。


「そっか、でもリョウくんならどっちでも似合ってるよ、それよりミクちゃん綺麗だね……そのネックレス、カワイイし、ちょっと見せて!」


 俺達と話しながら美郁の首元で光るネックレスに気が付いた伯東は、そう言って無造作に美郁の首元に手を伸ばす。


「触らないで!」


 聞いたことのないほどの激昂した美郁の声が響く、諒也とギクシャクしていた時でさえここまで嫌悪感を示した表情は記憶になかった。


「あっ、えっと、ごめんねミクちゃん」


 伯東としては全く悪気なく、興味本位でネックレスを見ようとしただけなのだろう。でも美郁からすればそれは無神経な行動で……美郁の逆鱗に触れるのと同意だったわけで。予想し得ない反応に、さすがの伯東もビックリして後退っていた。


「悪いな、買ってやったばかりでさ、他の人に触ってほしくないんだと思う」


 すかさずフォーローして美郁と伯東の間に入る。

 美郁はそっぽを向いて俺の腕を掴む。

 伯東はさすがにバツが悪そうにして、少し間を開けて俺達に付いてくる。


「そっか……み…ちゃ…、り……く…から、あん…すて…なプ……ン…もら……ゃう…だ」

 

 伯東は何やらブツブツと独り言を呟いていたが、こちらに話しかけてくることはなかった。

 そこからは無言のまま伯東の家の近くまで来る。気を取り直した伯東が「じゃあね」と別れ際に挨拶し「さよなら」と俺が応える。


 伯東がようやく離れた事で美郁が大きく溜息を吐くと俺に向かって頭を下げた。


「ごめんねお兄ちゃん、素直になるって約束したのに、やっぱり嫌な子のままだった」


 どうやら美郁も断るにしてもあの態度は悪かったと思ったらしい。


「いいさ、ミィにも理由があったんだろう」


 俺は美郁が嫌がらないのを良いことに頭をポンポンする。


「うん」


 俺にポンポンされながらも美郁は俯く。


「そんなに気にするな、もともと伯東とは距離を置くつもりだったしな、これで気不味くなったとしても問題ないさ」


 俺的には極力関わり合いになりたくない人物なのでかなり本音の部分が出る。


「そっか……本当にお兄ちゃん、吹っ切れたんだね」


 美郁は嬉しそうで、でも、どこか寂しそうな複雑な表情を見せる。まあ美郁としても伯東は幼馴染なわけだから俺には分からない繋がりがあるのだろう。


「そういうことだ。さあ帰るぞ、母さんが心配する」


「うん、お兄ちゃん。今日はありがとう」


 そう言って首元に光るネックレスを大切そうに握る。どうしてあそこまで美郁が怒ったのかは分からない。でも大切な物へ遠慮なしに触れようとする人物に苛立つ気持ちは俺にも分かる。

 それだけ美郁にとって今日贈ったネックレスは大切な物になったのだろう。そう思うと少しだけ俺も嬉しくなった。



 家に帰ると、さっき迄友人と呑んでいたらしい美子さんが上機嫌で迎えてくれる。ケラケラと笑い上戸になった美子さんが、今日の出来事を根掘り葉掘り聞いてくる。さすがに伯東の事は言わなかったが、俺と美郁が楽しく一日を過ごしたことが伝わると、終始良かった、良かったと言って、泣き上戸になってしまった。

 とどめとばかりに美郁がネックレスを見せて御礼を言うとますます涙を流しながら「ミーちゃんもリョーちゃんもよかっだよぉ」と言って二人して抱きしめられた。

 どうやら美子さんも母親として諒也と美郁の関係に心を痛めていたようだ。

 期せずして異物のはずの俺が繋ぎ止めた兄妹の絆が、図らずも母親を笑顔に出来たのなら俺としては及第点だろう。まあいまの美子さんは泣いてるけど……世界が変わっても家族の笑顔は良いものだと実感した。


 

 

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