第19話 その頃、予見者の憂鬱

クリス・アシュクロフトは姉と父がいない間、一人で部屋に籠っていた。鍵のかかった引き出しの中の、さらに魔力で認証する式の最新の鍵がついた箱を開けて、大量の書付を確認しながら新しい書付を増やしていく。

「ゲームの設定資料集に会った情報と……ドラマCDの展開からすると、この世界はアルフレッドトゥルーエンドだから……起きるのはこっちで、でも……」

ぶつぶつと呟いているのは、かつて前世で遊んでいた乙女ゲーム……今いる、この世界についてのアカシックレコードの情報。自分が見た予知と、聞いた話と、前世の情報を照らし合わせる。ゲームの記憶がすべて適応できるわけではないことは、在学中にあった『クリスの介入・干渉なしに変わったイベント』や『原作と少し性格の違うキャラクター/人物』などで身に沁みていた。

「そもそも、父様が資料集だとここまで親馬鹿じゃなかったし、母様も違うからなあ」

アシュクロフト伯爵夫妻についての設定資料集情報、およびクリスルートの身の上話についての書付を見ながら、彼はそう呟いた。

 原作におけるクリスルートでも、最初は彼は予知能力者ではなく、親と同じ風霊使役者として登場する。父が風霊を息子につけて、能力を偽装しているのも同じだった。しかし、理由が根本的に違う。

 戦争から帰ってきたアシュクロフト伯爵は、本来なら長子でなく軍人として生きるつもりだったのに、爵位を継ぐこととなった。結婚相手も想定と変わることになった。先代伯爵と、戦地にいる間に爵位を継ぐ候補だった長男が、流行り病で亡くなっていたのだ。この病はあちこちの領地で猛威を振るい、身分の貴賤を問わず様々な人を死なせていて、婚約者も亡くなっていた彼の元に元敵国の娘との結婚の話が持ち上がった。

 和解の証として複数のカップルを結婚させ、それぞれの国に暮らさせることで両国の友好を計る。それが、即位したばかりの若い国王の決断だった。運悪く相手の国には『未婚の女性王族』がいないタイミングだったため、残念ながら姫君を迎えるとはならなかったが。その代わりに、アルフレッドの姉姫が国を挙げての豪華な輿入れをすることで王族同士の婚姻を果たしていた。

 嫁いできた妻を、アシュクロフト伯爵はうまく愛せなかった。子供は二人設けたが、あくまでその関係は契約に基づく愛のない関係。だからそれを見てきたエスメラルダとクリスも、『愛』を自分達のこととして理解できていない……というのが、原作だった。

 実際は、ほぼ同じ流れを辿りつつ、夫婦仲が極めて良好という違いがある。引き合わされた政略結婚の相手候補の一人目、ダイラ・クエンカ嬢に対して一目惚れ。あくまで『何人かいる政略国際結婚の候補の一人で、あと何人かと顔合わせしようと思う』と言おうとした国王に対して「クエンカ嬢以外は考えられない!!」と叫んだエピソードがあったそうだ。最初にクリスが城へ上がった時、笑いながら王当人から言われた両親のなれそめは色んな意味で衝撃だったものだ。原作では『誰でもいい』と適当に選んだ女だったというのに。

 アシュクロフト伯爵はダイラを妻に迎え、彼女のために故郷の花が咲くガラスの温室庭園と小さな川も与えて、ベタ惚れになって彼女に尽くした。よく話した二人は今でも仲が良くて、だからエスメラルダはその逆をアルフレッドに対して行う、という手段を取ったのだけれど。

「父様と母様のこともあるし、原作が参考文献程度にしないといけない。というか今のアルフレッドエンドだと、卒業式から結婚式まで一気に飛ばされるのが難点なんだよなあ……もうちょっと何があったか知りたいのに」

ぶつぶつと呟きながらメモをするクリスは、姉とこの国のことばかり考えていて……自分がどうするかはすっぽり抜けていることに、まだ気づいていなかった。

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