第10話 謁見と思惑

「エスメラルダ、城から手紙だよ。年明けになったら、学校が始まる前の日に城に上がるように、とのことだ」

家族水入らずで過ごしていた冬休みのある日、エスメラルダの元に父がそう告げた。アシュクロフト伯爵宛ての手紙には、この度の婚約破棄について伯爵親子の話を聞きたいから登城するようにという内容が書かれている。

「ドレスの用意は大丈夫だよね?」

「はい、新年のパーティーのためにと誂えていただいたドレスでお城に上がれます」

「そうだったね。誰かとの約束は?」

「いえ、今は大丈夫です。ガブリエラとはお泊りがしたいと思っていましたが、まだ明確な約束はしていませんから」

母と刺繍をしていた手を止めた娘の言葉に、伯爵はうんうんと頷いた。

「何かあっても、僕が守るからね。僕のかわいい娘なんだから」

エスメラルダが知っている父は狼犬のグレンにも下に見られる『親馬鹿伯爵』なのだが、娘の肩に手を置いてそう言っている姿は少しだけ頼れそうに見えた。

(そういえば父様は、戦争の英雄だったそうですわね……)

『風の精の使役』という《力》を活用して、一人で軍船まで沈めたとかなんとか。いつもはよい風を呼び寄せて作物の実りをよくする程度にしか使っていないその力を、攻撃の意思で使えば恐ろしいことがいくらでもできるのだろう。だが、エスメラルダはあまり直接父親に聞いたことはなかった。当人が嫌がっているかもしれない、と思っていた。この話を授業で少し触れた時、母方の実家……戦争相手の国の大人たちが父を見て時折驚いていた姿に納得したものである。

 ただの、平時の伯爵、親馬鹿伯爵と呼ばれている人のままでずっといてほしかった。

「……あなた、エスメラルダは都に行かないといけないんですか?」

「僕とこの子をお呼びなようだから、行ってくるよ。お土産も買ってくるから楽しみにしていてね、僕のかわいいダイラ」

エスメラルダの両親は戦争の講和に伴って組まれた、融和の証としての政略結婚の夫婦の一組だった。だがお互いによく話をしたことで仲良くなった、と幼いころから言われていた彼女は、逆にアルフレッド王子に対してろくに会話をしないで過ごしていた。そうすることで、仲良くならないで過ごせると思っていたから。その代わりに新しい愛しい人を見つけたというなら、彼女としては罪悪感が紛れる。

「父様と母様は、本当に仲良しですね」

「最初は大変だったけど、僕がダイラに惚れこんじゃったからね」

「新婚旅行と称してあちこち連れていかれた後、戻ってきたらあの硝子の温室庭園ができていた時は、さすがに驚きましたがね……」

にこにこと笑う父の笑顔は柔らかくて、妻の無聊を慰めるために彼女の故郷の植物を集めた硝子張りの温室庭園をぽんと作ってしまったという話も嬉しそうに聞いている。

 その顔は、戦場に行っていたという話はやはり嘘ではないかと思ってしまうほど、平和なものだった。


***


『愛しいアンジーへ

元気にしているかな。先日、そちらの孤児院の様子を見ました。王家から補助は出していたはずですが、子供が多いとやはり大変そうでしたね。

お城に上がるようにと父上から手紙が来ると思うのだけれど、その前に城に上がるためのドレスを誂えてもらう必要があります。

俺の懇意にしている仕立て屋にお願いしているから、年末の祭りの日の前、お昼に店に来てください。

綺麗なドレス姿を見られることを、楽しみにしています

愛をこめて アルフレッド』

アルフレッドは書き終えた手紙を見直しながら、これでいいものだろうかと考えていた。今まで学校でしていたちょっとした一筆箋でのやり取りとは違い、正式な手紙をアンジーに書いた経験はあまりない。しかもあの手紙は、アンジーの読み書きの様子を見るためのものであって、アルフレッドからこうして誘いの手紙を出すことはあまりなかった。

(エスメラルダに書いても、お断りされたしな……)

一番好きな、薄青に花の透かし模様の入った紙。少し紺色を混ぜた黒いインク。最上級とされる羽で作られた羽ペン。それらは普通に買おうとすればかなり高価なものなのだが、アルフレッドにとっては趣味の一環だった。『平時の王子として、平和な良い趣味』と人々に言われているのも、アルフレッドは知っている。おかげで最近は、謁見に来る外国の商人などがこの国で出回っていなに文房具を持ってくることもあった。

 白い紙に書いて没にした手紙達を丸めて捨てた、屑籠を見る。こんなに沢山の言葉を考えて、相手の言葉が聞きたいとなったのは久しぶりだった。エスメラルダを最初に茶会に誘って、丁寧に断られた時以来だろう。

「……アンジーのおかげだな」

手紙をくるくると丸めて、窓の外に飛んできた小鳥に言づける。

『孤児院……大鶏のバア様がいる建物の、紅茶色の髪に蜂蜜色の目の女の子に渡してくれ』

『アルフレッドの番ね! わかったわ!』

『ま、まだ番じゃないから!」

小鳥がからかうようにさえずって、空を飛んでいく。その姿を見ながら、アルフレッドは色よい返事を祈っていた。

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