アンパンマンは誰だ

タイダ メル

第一話

 実に困った。手がかりがないわけではないのだけど、それがなにを示しているのかがさっぱりわからない。

「センパーイ、たまには違うのにしません? 俺買い出し行ってくるんで。なににします? ミロ? ミルメーク? ココアでもいいっすよ」

「いつも通りコーヒーで頼むよ。コーヒーならまだ給湯室にあるから買い出しも行かなくていい」

「ええ……、よく飽きませんね。もう十杯目でしょ?」

 田島がぶつくさ文句を言い始めた。

 多分、自分が飽きたから私をダシに飲み物のレパートリーを増やそうっていう腹なんだろう。

 捜査資料に目を通す。もう何度も読んだものだけど、見落としや新たな発見があるかもしれない。

 被害者は田村栄子さん、主婦。夫は仕事、子供は学校、親世代とも同居していないので昼間は家に彼女しかいなかった。そこを狙われた。どうやら攻撃的な性格だったようで周囲との折り合いは悪く、聞き込みのたびに悪口を聞いた。独特なダミ声の持ち主だったようで、影でばいきんまんと呼ばれていたらしい。

 家の窓ガラスが割られており、外部犯の可能性が高い。第一発見者は学校から戻った田村家の一人息子、祐一くんだ。

 殺害方法は刺殺。頚動脈を切られている。不思議なことなどなにもない。誰にでも実行可能だから逆に犯人が絞れない。凶器も見つかっておらず、今は検死の結果と目撃証言が頼りだ。

 それからもう一つ、重要そうな手がかりがあるが、それがなにを指し示しているのかは不明だ。私はパソコンを開いて、動画のファイルを開いて再生を始める。

 画面の中で動画が再生され、賑やかな音楽が流れだす。

「何度見ても不気味ですよねぇ……」

 壁にもたれてうなだれている栄子さんの前で、人形が踊っている。汚れるのも構わず、血だまりの中で体を揺らして、愉快な踊りを踊っている人形は、風邪をひいたときに見る夢のようだ。

 特撮やアニメのキャラクター、動物のぬいぐるみ、ブロックのおもちゃなどなど、種類は多岐にわたる。ぬいぐるみの毛やソフビの塗料に血が付着しており、犯行に及んだ後で録画されたことがわかる。

 夫の田村雅之さんに確認を取ったところ、祐一くんが幼い頃に使っていたおもちゃで間違いないそうだ。一応調べたが、指紋などの手がかりは残っていなかった。

 最後に、画面が三体の人形にズームアップしていく。一つはウルトラの母、もう一つは犬のぬいぐるみ。最後にアンパンマンだ。この三体が順番にベシャッと血だまりに飛び込むようにして倒れ、画面が停止する。

 撮影者も撮影の意図も不明。一体なにがしたいんだ。

 人形を置いて写真を撮り、少しだけ動かしてもう一枚撮る。それを何度も繰り返して、少しずつ違う写真をたくさん用意し、それをパラパラマンガのように連続して表示することによって作った動画だ。

 作り自体は簡単だ。やり方さえわかれば子供でも撮れるだろう。

「殺人を犯した後にその現場で遊ぶ犯人って、どういう心理だと思う?」

「うーん、被害者を辱めたり貶めたりしたいとか? 嫌われてたみたいですし」

「現場に長時間残る危険を冒してでもか? 僕なら一刻も早く現場を離れたい」

「それだけ被害者が憎かったとか?」

「滅多刺しにしたり燃やしたりして傷つけるならわかるけど、憎い相手をここまで愉快に飾り立てるか?」

「愛憎入り混じってたんじゃないですか? 人間の心は複雑ですから」

「まあ、そういうケースがないではないけどなあ」

 確かにありえない話ではないのだけど、「これは愛憎に狂って常識の通用しなくなった者の仕業だ」と断定してしまうのは職務怠慢だろう。

 この動画は栄子さんのスマホから祐一くんのクラスの連絡用グループラインに貼られていたらしい。趣味の悪いことだ。

 電話が鳴った。対応している田島の顔が、だんだん青くなる。

「先輩、動画の意味、ちょっとわかったかもしれないです」

「おっ、何の電話だったんだ?」

「田村家の庭に犬の死体が捨てられてたそうで。これで、あの家では母親と犬が死んだことになります」

 動画の中で倒れたウルトラの母と犬のぬいぐるみが頭をよぎった。

「殺害予告だってことか……?」

「趣味の悪い犯人っすね。できれば会いたくないなあ」

「会えなかったら困るだろう。捕まえなきゃいけないんだから」

「そうですけどー」

 では、ここで問題だ。

 あのアンパンマンは誰を指し示しているのだろう。

 まだ殺されていないのであれば、守りに行かなければ。先回りして犯人を捕まえるんだ。

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