冬 ぼうしのかみさま

牛乳と豆菓子

 その日のおじさんの様子はちょっとおかしかった。

 2月2日の節分の日、私はお母さん手作りの恵方巻きを持っておじさんのところへやってきていた。魚沼くんもちょうど来ていて、私たちはおじさんのいれてくれたココアを飲みながらこそこそ話していた。


「ねえ、おじさんの様子おかしくない?」

「うん。なんかぼうっとしてるっていう感じだな」


 いつものようにカウンターの前に座り、膝の上に木の大黒を乗せて、難しそうな本を読む姿勢を取っている。でも、眼鏡の奥の目は本を見ていないし、さっきから何度もため息をついている。


「もう、うるさいわね! そんなにため息つかないでちょうだい! こっちまで幸福が逃げちゃいそうだわ!」


 ストーブの前で丸くなっていたぽん子がぎゃんぎゃん文句をつける。おじさんはすぐには反応しないで、一拍置いてから、ああと気のない返事をした。


「まったく……節分に期待しすぎよ。たぶん、何も起こらないっていうのに」

「節分って、何かあるの?」


 ぶつぶつ文句を言うぽん子に質問すると、ちらっとこちらに目を向けて、それからくるんと丸まって鼻先をお腹に埋めてしまう。


「さあね。節分は、人間の昔の年の数え方でいえば新年だから、ちょっと特別なのよ」


 ぽん子はそれだけ言って、目をつぶってしまった。隣の魚沼くんがココアを両手で抱えてぷるぷると震えている。


「も、もしかして、鬼が出るとか? 節分だし、豆まきしないと……」

「鬼なんて、堂々と道を歩いて現れるわけないじゃん」


 いろんな不思議なものにこの一年で出会ってきたせいで、いるわけないとは言えなかった。私はおじさんの横顔を確認する。

 おじさんは、木のかたまりの大黒をずっと撫でたまま、こちらのことなんて聞こえていない様子だった。何だかそれにもやもやして、私は熱いココアをぐいっと一気飲みした。舌の上とのどがひりひりするけど、そんなの平気って顔をして、おじさんの目の前にカップを置いた。


「おじさん、ココアのおかわりちょうだい!」

「……牛乳、まだあったかな」


 カップを手にとったおじさんはのろのろと立ち上がって、奥の部屋へ牛乳を探しにいった。でも、牛乳は切らしていたらしい。奥の部屋からおじさんが顔をのぞかせた。


「牛乳なしでもいいか?」


 私の目を見てそう聞いてくれたおじさんにほっとして、私が自分でスーパーまで牛乳を買いに行ってくるよと手を挙げた。そんなに牛乳がほしいのかとおじさんは財布から千円札を私に渡してきた。


「ついでにお菓子でも買ってきなさい」

「俺も一緒に行こうか?」


 ココアを飲んでいる途中だった魚沼君があちあちと言いながら、立ち上がろうとしたけど首を横にふった。


「一人で大丈夫だよ、そんなにいっぱい買うわけじゃないし。何か欲しいお菓子とかある?」

「……それじゃ、豆を使ったお菓子とか」

「はいはい。それじゃ、行ってきます」


 魚沼君は、さっきの節分の話をまだ怖がっているらしい。

 買うものは牛乳と豆のお菓子と頭にメモをして、マフラーと厚手のコート、買ったばかりの手袋をしっかりと身につけておじさんの店を出た。

 外に出たとたんぶるぶると体がふるえた。息を吐くと白くなって、もやもやと空へ上っていく。

 スーパーは表のとおりに出てすぐに見える。私は、入り口にある買い物かごを手にとって中へと進んだ。

 牛乳は大きなパックと小さなパックがある中で小さなパックを選んだ。そして、次にお菓子コーナー。豆せんべいというのがあったので、それを買い物かごに、それから私の好きなポテトチップスもかごにいれる。

 あとはレジでお会計をするだけだ。こんにちはと笑った店員さんにぺこりと頭を下げて急いでお店を出た。

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